【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #7.0
突然名前を呼ばれるとドキリとする。大抵はふざけ混じりに呼ばれることが多いのだけれど彼女の場合はそんなことは皆無で、純度100%混じりけなしで僕の名前を呼んでくれている。それがなんだか嬉しかった。
「じゃあ今からノルウェーに行く?」
「そっか!そうする?でもどうやって?」
完全にジョークのつもりで言ったのだが、真っ直ぐに本気な答えが戻ってきた。
「いや、無理でしょ、飛行機代とかお金もないし、そもそもパスポートもないよ」
「そうなんだ。じゃあどうしよう?」
明らかに彼女の表情が曇るのがわかった。こんなに喜怒哀楽のはっきりした子だとは思わなかった。近頃の女の子としても珍しいのではないだろうか。それとも僕が知らないだけで、女の子というのは好きなものに対してはここまではっきりと気持ちを出すものなのだろうか。
彼女は片手を真っすぐ伸ばしたまま、再びテーブルに突っ伏してしまった。かと思うと、そのまま首を捻り、顔を窓の方へ向けた。スマートフォンは文字通り彼女の目と鼻の先にあった。胸元に続いて、今度は彼女の項を目撃することになった。なぜか罪悪感が増幅していく。
僕はスマホを彼女のそばから慎重に取り上げ、再び捜索を始める。どうにもならないのはわかっていたけど、それでもなんとなくやってみることにした。彼女にいいところを見せたい気持ちが働いたのだ。
もっとリアルタイムの情報を手に入れるなら、ツイッターだろう。フェイスブックにも彼のオフィシャルアカウントのつぶやきが載せられている。フェイスブックから簡単に移動はできた。
こちらは日本語にならないので、内容がいまいちわからない。が、本人のつぶやきなどはほとんどなさそうで、リリース情報とか、他人のイギーに関してのなにかしらのつぶやきをリツイートしているものがほとんどだった。
「うーん、ツイッターもあんまり情報ないね」
彼女は窓に顔を向けたままぴくりとも動かない。石化してしまったのかと思うほどだ。
そこまで落ち込む意味もわからなかったが、そんな簡単にわかるわけもない。仮にも世界的に知られたアーティストの居場所が簡単にわかったり、会えちゃったりした方が問題だろう。僕は彼女を傷つけないように説得と励ましを行った。
「そんな簡単に会う方法が見つかったら、それこそヤバくない?みんなイギーに会いに行っちゃうよ?彼は世界的ミュージシャンでしょ?」
もぞもぞと謎の生物のように動く彼女。
「そうだけどー、秋葉原に行けば会いにいけるアイドルだっているわけだしー」
いろんなことは知らないくせに余計なことは知ってやがる。そんな悪態をつきそうになるがぐっと堪える。
「じゃあ、次日本に来た時にライブ会場で出待ちするとかさ・・・」
「次があるかなんてわかんないし」
完全に不貞腐れて、また石化してしまった。僕はかける言葉をなくしてしまった。仕方なくツイッターに目をやる。すると何十何百ものツイートの中にいくつか不思議なものが目についた。
「ねぇ、オウムがいるよ」
微かに彼女に反応があった。
「ビギーポップ」
一言だけ、謎の言葉を吐き出した。どうやらこのオウムについて知っているようだ。
「ビギー?」
「そう、イギーが飼ってるオウム」
そんなことも知らないの?という思いが精一杯乗った科白が返ってくる。知るわけがない。イギーのことだってほとんど知らないんだから。もちろんそんなことは彼女には言わない。
「へぇー、へんな・・・いや、面白い組み合わせだね」
どうやらイギーはこのオウムが大好きらしい。そしてファンにも彼(でいいのかな?)、ビギーのことはかなり知られていて、有名なようだった。度々ツイッターにも登場するし、ビギー名義でインスタグラムまで開設していて、数万人のフォロワーを持つ人気アカウントになっていた。
「ねぇ、ビギーについて教えてよ」
「仕方ないなぁ。かれこれ数年前、イギーがフロリダを訪れたときの話よ」
仕方ないと言いつつ、表情はとても嬉しそうだ。彼女の話をまとめると、こんなことだった。イギーがツアーかなにかでフロリダを訪れたとき、人里離れた場所で行商人が鶏と一緒に幼いオウムを詰め込んでいるのを見かけ、救い出そうと、その場で彼を引き取ることにしたそうだ。なぜイギーがフロリダの辺鄙な場所を訪れたのか、その理由までは彼女は知らなかった。ただそれ以来、ビギーはイギーにとっての最高の友人であり家族であり続けている。彼女いわく「彼はビギーにたくさんの愛を受け、また与えている」そうだ。
彼女の話を聞きながら、ビギーのインスタグラムを眺めてみる。彼女の話の通り、イギーとビギーはとても仲が良い。イギーが弾くギターに合わせてビギーがダンスしていたり、かと思えばアメリカの大統領選挙の投票を促したり移動型の野生動物病院についてのプロジェクトを支援する動画をイギーと上げていたりする(彼はイギーをお父さんと呼ぶ)。なんでもありのロックンロールスピリットあふれるオウムのようだ。
これは後から調べたことだけど、ビギーはオーストラリアに生息している体長50センチほどの大型のオウム、キバタンという種類のオウムらしい。性格はとても明るく、好奇心が旺盛。とても賢いため、人間に懐くと色々な遊びを覚え、おしゃべりやダンスなどの芸を披露してくれる。ビギーもまさに当てはまっている。オーストラリアでは野生でもいるしペットとしても飼われている。けれど、寿命が長く、飼うとなるとそれはやっぱり家族の一員くらいの気持ちでいなければならない。イギーはそのことをわかっていてビギーを引き取ったのだろうか、それはわからない。
(続く)