【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #21.0
もちろんそれは光栄なことだったけれど、僕で良いのかとも思うし、それよりもあまりの話に自分の思考がちょっと追いつけていない感じがした。混乱の中でもう一つの疑問が僕の中に生じた。
「ごめん、ちょっと待って、じゃあイギーは?」
「そう、これが自分でも不思議な、私の中の一番の疑問。イギーのことだけは思い出せるの。昔のことを思い出そうとすると、頭の中が霧がかかったみたいに真っ白になるんだけど、イギーのことははっきりと思い出せるの。何を見たとか、聴いたとか全部。でも他のことは全然思い出せない、例えば彼の音楽を聴いたそのときのまわりの風景とか、誰かがいたとか、そんなことは何もかも」
なんとなくだけど、彼女がイギーを好きな理由がわかった。いやむしろ心の拠り所なのかもしれない。途轍もなく大きな存在なのだろう。
「自分がどんな格好してたとか、どんなことを考えていたのかとかも思い出せない。ただただイギーのこと、イギーの音楽だけを覚えている。だからイギーは私が生きてきた存在証明でもあるの。自分のことは思い出せなくても、イギーのことを思い出せるってことが、それだけが私に過去があった証だと思えるの」
正直に言って、今すぐにでも彼女を抱きしめたかったけど、そんなこと僕にできるはずもなかった。ただただ彼女の話を真剣に聞いてあげることしかできなかった。
「キネン君は、こんな話信じる?」
不安そうに僕の方を見るドレラ。
「うん、信じるよ。話してくれてありがとう」
「ううん、聞いてくれてありがとう」
いつの間にかブランコの子どもたちはいなくなっていて、公園は僕たちだけになっていった。世界から僕ら以外の人間が消えてしまったように思えた。その世界で彼女が静かに言葉を紡ぐ。
「それとね、もう一つ。イギーのことがなくても、きっと私はキネン君に話しかけたし、記憶のことも聞いてもらったと思う」
「うん」
「それを知っておいて欲しかったんだ」
僕は馬鹿だ。イギーのゾンビ映画を僕に見せたかったなんて、きっと嘘だ。彼女はこのことを誰かに聞いてもらいたかったんだ。その誰かを探していたんだ。彼女はあんな風に言ってくれたけど、それが僕だったのは偶然かもしれない。最初に出会ったことも。でもそれでもいい。僕は勇気を振り絞って彼女に伝える。
「ドレラ、イギーに会おう、絶対に」
彼女は弾けるような笑顔とともに大きく頷いた。
遠くでサイレン音が聞こえる。どうやら世界は終わってなかったみたいだ。
「そろそろ帰ろっか」
彼女はそう言うと、ベンチから立ち上がった。
「そうだね」
「キネン君、ちゃんと聞いてくれてありがと」
「僕でよければいつでも聞くよ」
家まで送ろうかと言ったけど、彼女は大丈夫だと言って、僕たちは公園でさよならをした。最後に彼女はバイバイ、また明日と言って去っていった。彼女が去ったあとの公園は、いつもの何の変哲もない公園に戻っていた。
(続く)