【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #39.01
僕がどうしようもなく戸惑っていると、良いタイミングでミキモト君が戻ってきた。ナイスとしか言いようがない、もちろん偶然だけど。
「聞いてきました、聞いてきました」
膝に手を当て肩で息をする姿は、新種の動物のようにみえなくもない。いずれにせよ、彼の大げさな振る舞いには飽きつつも慣れてきた。
「どうだった?」
「ハァハァ、そうですね、あのキバタンなんですが…」
本当に苦しいのかもったいぶっているのか、急かしたいところだけど、ぐっと堪える。
「実は…ハァハァ、いつもの動物輸入業者から仕入れたって店長が言ってました…」
「それってどういうこと?」
「はい、普通にウチの店に入荷して、普通に売ってるってことです」
ドレラがどんな答えを期待していたのかはわからないけれど、僕自身は反応に困ってしまった。正直、予想も期待もしてなかった(というより、想像できなかった)から、ミキモト君の言葉をどう捉えていいかわからなかった。そのため僕はある種の思考停止に陥ってしまった。そんな中、ドレラが口を開いた。
「それってつまり、普通に商品として日本にやってきて、このお店で売られることになったってことだよね?」
「はい、そうですね。ここにいるペットはだいたいそうです。国内か海外からかの違いくらいで」
「じゃあ、悪い人とかから買ったりとかしてない?」
「当たり前ですよ、そんなことしたらお店潰れちゃいますよ」
「だよね」
ドレラの表情が緩む。そうか、正式に輸入され日本にやってきたってことは犯罪とか、そういうこととは関係なく、正式な取引(言い方は悪いけれど商品)としてやってきたということだ。ドレラが心配していたことの一つが解消されたわけだ。それでも、一体どういう道を辿ってビギーはこのペットショップに辿りついたのだろう。もしかしたら、途中では、ドレラの言う「悪い人」たちが絡んでいるのかもしれない。でもそんなことはドレラに言う必要もない。
「ねぇ、キネン君はどう思う?」
僕は咄嗟に思考を巡らし、答えた。
「うん、きっと逃げ出した先がいい人やいい所で、巡り巡って業者に渡って、ここに辿りついたんじゃないかな。めったに出会う動物じゃないし、高価だし、飼い方もわからないし、だったら動物園とかペットショップとかで扱ってもらった方がって皆考えるだろうし」
「だよね、だよね。うん、ビギーはきっと良い人に助けてもらったんだね」
「そうだと思う」
僕も良い方の可能性にベットすることにした。どんなルートにせよ、今ここにビギーがいるという事実が大事なわけだし、何よりドレラが喜んでいるならそれでいいに決まっている。
「他には?他には?」
ドレラがミキモト君をせっつく。
「そうですねぇ、今の所買い手は特に見つかってないそうです。ちょっと価格設定がねぇ、って店長も悩んでました」
「それはいい話だよ。ねぇ、キネン君」
わかりやすくはしゃぐ姿に嬉しくなる。
「そうだね」
「じゃあ、こうしちゃいられない。急いでビギーを救う方法考えなきゃ」
そう言って、僕ら二人を引き連れ、どこかに行こうとする素振りを見せた。
「ちょっと待ってよ、ど、どこいくの?」
「決まってるでしょ、作戦会議、作戦会議しよ」
僕らに確認を取ることなどせず、さも当然のようにドレラは歩き出した。ミキモト君も作戦会議という言葉の響きが気に入ったようで、すぐさま後に続いた。もちろん僕も行かない理由はなかった。少し歩いて僕たちは近くのファストフード店に入り、甲高い声で「いらっしゃいませ」を言い続ける男性店員に飲み物を注文し、それを受け取ったのち、テーブル席に腰をおろした。僕とミキモト君が隣同士になり、反対側にドレラが座った。
「ホットケーキにはバターでしょう」
突然ミキモト君が言い出した。驚いて二人で彼を見ると、慌てて、
「あ、いや、向こうのお客さんがホットケーキを食べてたもので」
「脅かさないでよ、ミッキー」
今度は僕一人が驚いて、ドレラを見た。
「なに、その、ミッキーって」
「ミキモトだからミッキー」
ミキモト君もまんざらでもなさそうに微笑んでいる。僕はちょっとムッとしながら、
「馴れ馴れしすぎるんじゃない、ちょっと」
「いやいや、ミッキーで結構」
ミキモト君はミッキーで、僕はキネン君、なんだか納得いかない。僕はコーラの氷を齧った。
「で、ミッキー、何か策はあるの?」
「僕を誰だと思ってるんですか、そんなものあるわけないでしょう」
やっぱりコイツは駄目かもしれない。
「キネン君は?」
呼び方が気になってしょうがなかったが、ぐっと堪える。
「そうだなぁ、まずはミッキー、いやミキモト君にお店の人と交渉してもらうしかないかな」
「交渉?」
「うん、例えばさ、分割払いができるかとか、後払いにしてもらうとか、お金が貯まるまで待ってもらうとか」
「どういうこと?」
「僕らがビギーを買うってこと」
「えっ、でも42万円もどうやって?そんなことしないで事情を話せばわかってくれないかな?」
「うん、でも、もともとは事件性のあった話だし、高いお金を出して買ったはずだから、話がややこしくなりそうではあるね。もし警察に押収されたらそれこそ1円にもならなくなっちゃうだろうし、さっきの話じゃないけど事件に巻き込まれたってなったらペットショップの評判にも響くだろうし。そもそも店側は通常ルートで仕入れてるから、できることなら普通に販売したいだろうしね」
確かなことはわからないけれど、盗難にあったキバタンに対してなのだから、何かしら引っかかる部分はあるはずなのは間違いないだろう。
独り言のような、問いかけのような、どちらとも言えない言葉がドレラの口から発せられた。
「どうすればいいんだろう」
(続く)