【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #16.0
「うん、『2001年宇宙の旅』の」
僕の部屋に唯一貼ってあるポスターは『2001年宇宙の旅』の有名なあの宇宙ステーションのイラストのものだった。ただ、このポスターには自分で言うのもなんだけど「曰く」が付いている。
「そう、中学生のときにフリーマーケットで買ったんだ。でも、ホントは同じキューブリックの『時計じかけのオレンジ』のポスターを買ったつもりだったんだけど、店のおじさんが何故か間違えてたみたいで。くるくる丸まった状態で渡されてさ、家に帰って広げて見たら、これだったんだ。ま、実はこれを手にするまでこの映画を観たことなかったし、同じ監督の映画だってことも知らなくて。めっちゃ腹立てたんだけど、逆に気になっちゃって映画を観たんだ。そしたらめちゃくちゃ面白くてさ。むしろ僕には『時計じかけのオレンジ』より合ってるんじゃないかって思うほどで。そんなわけで今ではフリーマーケットのおじさんに感謝すらしてる。ちなみにこの2つがどちらもキューブリック作品だと知るのはもっとずっと後なんだけどね」
話終えてから、一気に後悔の波が押し寄せてきた。自分の趣味の話を早口でまくしたてるなんてまさにオタクのやることじゃないか。いや、僕はオタクに偏見は持っていない。むしろそちら側にいる人間だと思ってる。いや、問題はそこではなくて、今この瞬間話を聞いている目の前の彼女がどう思ったかだ。僕は恐る恐る彼女を見た。
「すごい。めっちゃ早口だし、今までで一番キネン君がしゃべってくれた。好きなことはいっぱい喋るんじゃん、すごい楽しそう」
いたずらっぽく笑う彼女見て、気恥ずかしさで爆発しそうだったけど、彼女はとても感心してくれたらしい。僕はほっとするとともにフリーマーケットのおじさんに再び感謝した。そしてキューブリックにも。キューブリックもフリマのおじさんと並べられても困るだろうけど。
「ねぇ、今度私も観てみたい、この映画」
「うん、どこのレンタル店にもあるだろうし、配信もしてるんじゃないかな」
「キネン君てやっぱりわかってないね」
「え?何が?」
彼女は座る場所を探し、机の椅子に座る場所を定めたようだった。椅子を跨ぎ背もたれを前に、ちょうどジョッキーが馬に乗るようなスタイルで椅子に座った。この部屋に椅子は一つしかないし、ソファだってない。僕は少しだけ考えてテーブルを挟んで正面に腰を下ろすことにした。
「男の子の部屋にしては綺麗ですね」
彼女が部屋を見回しながら言う。すると今度は僕が反撃してみる。
「その言い方はいろんな部屋を見てきたみたいな言い方ですね」
「やだ、違う、違う」
作戦は成功したようで、今度は彼女が顔を赤らめることになった。でもなんだかわかりやすい結果とありきたりなやり取りの気がして、また自分が恥ずかしくなった。結局また負けたのかもしれない。
「で、何か話があって来たんだよね」
「あ、そうだった。ねぇ、そのノートパソコン開ける?」
「うん、ちょっと待って」
僕らの間にあるローテーブルの上には僕のノートパソコンが置いてあった。それを開き、電源を付け、パスワードを入力し起動させる。彼女と向かい合う形で置くと画面が見えないので、彼女の方に画面を向けた。
「これで大丈夫なはず、どうぞ」
「それじゃキネン君が見れないでしょ、そっちいくね」
「え、うん、わかった」
彼女は勢いよく立ち上がると、僕の横に来て座った。そしてパソコンに手を伸ばし、キーボードを叩いた。
「見て見て、これ」
彼女は僕に見えるように画面を少しずらした。その時に彼女の右手の指に黒い指輪がしてあるのに気がついた。いつもはしてなかった気がする。鈍感な僕でも、さすがに気づくと思う、学校にいる時は外してるのだろう。これまた例によって女子高生が指輪をしているのが珍しいのかどうかもわからないけれど、黒い指輪は珍しいんじゃないだろうか。大切な人にでも貰ったのだろうか。
「ねぇ、ねぇってば?」
「え、あ、ごめん」
「もう。見てよ、これ」
画面にはYou Tubeが映っていて、そこには何やら映画の予告のようなものが流れていた。
「なに、これ?」
典型的ともいえる、暗く陰鬱なアメリカの田舎町。そこで何か事件が起きる。そんな感じが数秒で伝わってくる。
「ほら、ここ」
彼女はタッチパッドに触れ、一時停止した。なんとそこにはゾンビ化したイギーポップが映し出されていた。
「え、マジ?」
驚きを隠せなかった僕は、画面と彼女を繰り返し見た。
再び再生すると即座に別の登場人物に変わる。それこそコンマ何秒のレベル。ぼうっとしてたら見逃してしまうかもしれない。
「いや、よく見つけたね」
「うん、ゾンビ映画に出るって話は知ってたんだけどね、監督との関係からしてきっとカメオ出演とかだろうと思ってたんだけど、まんまゾンビとは。でも似合ってるよね、イギー。ゾンビが似合ってるって変な言い方だけど」
彼女の話を聞きながら僕はニヤけが止まらなかった。
「さっきと逆だね。ドレラだって自分の好きなこと話すときは早口だし、すごい楽しそうだよ」
「う・・・」
今度こそさすがに僕の勝ちだろう。でもそんな姿がやっぱりかわいい、とはもちろん言えるわけがない。
(続く)