【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #54.0
ミキモト君に聞いてはいたものの、実際に見るまではやはり緊張する。ちゃんとビギーはいるだろうか。ドレラもそれは同じみたいで、表情が硬くなっている。
しかしビギーの鳥籠が近づき、中の様子がわかってくるにつれてそれは安堵に変わる。そう、前と同じ姿でビギーは僕らを出迎えてくれた。いや、出迎えてくれていると思ってるのは僕達だけだろうけど。器用に嘴で毛づくろいをしているビギーの前に僕らは立った。
「ねぇ、私たちのこと覚えてくれてるかな?」
「いや、とうだろう、まだ2回目だし、でも歌を覚えられるくらい賢いから一目見ただけでってのもあるかもしれない」
当たり前だが感情が全く読み取れない目で一応こちらを見ている。
「アヤシイ者じゃないの、安心してビギー。私たちは君をご主人様、いや親友のイギーの所に返したいと思ってるの」
頭の特徴的な鶏冠が微かに揺れる。少し顔を傾けた様子が、疑問に感じてるように見えたが、おそらくは違うだろう。ドレラは続ける。
「本当はあなたを買ってすぐにでもそこから出してあげたいんだけど、学生の私たちには難しいの。だから、少しの間我慢して、ここにいてね、必ずそこから出してイギーに会わせるから」
もちろんビギーがそれになにか答えることはなかった、けれど、突然、
返事の代わりに、ビギーは歌いだした。学校で聴いた曲と同じもののようだ。
僕らはビギーの歌に聞き入った。
それはビギーから僕らへの返事のようにも聞こえたし、イギーに向けて歌っているようにも聞こえた。
「あ、動画録ればよかった」
「聴き入って忘れちゃったね」
「ま、ミキモト君に貰ったやつがあるから」
歌い終わったビギーはエサ箱の中に首を入れ、そこにあるものを啄み始めた。やはり歌って食事というのが彼のルーティンなのだろう。一心不乱に餌を食べるビギーは普通のキバタンに戻っていた。といっても普通のキバタンがどんなふうなのか知らないのだけれど。
ドレラが餌をつつくビギーに話かける。
「ねぇ、ビギー、ごめんね、私たちすっかり自己紹介を忘れてた。私ドレラって言います、二度目なんだけど、覚えてるかな?」
少しだけこちらを見て、微かに囀ったような気もするけど、羽が籠にぶつかった音かもしれない。
「あ、紹介が遅れたけど、隣にいるちょっと頼りなさそうな男の子がキネン君。でも見た目と違って、凄い頼れるんだ。ビギーに会えたのもキネン君のおかげだし」
「いや、最初がちょっと引っかかるんですけど。ま、いいか」
僕もドレラに倣ってビギーに向かって話かける。
「えっと、キネンていいます、ビギー、よろしくね」
今度は間違いなく反応がなかった。野郎には興味がないのか、ビギー。
「ビギーって何歳なんだろ?イギーに会った時はもう大人だったみたいだから、私たちより遥に年上かもね。ビギーさんて呼ばないといけないかも」
ドレラが悪戯っぽく笑う。
「そうかもね。でもイギーも年齢超越してるし、さん付けとか畏まったのとか苦手そうだから、たぶん平気なんじゃないかな?」
「そっか、そうだよね。じゃあやっぱりビギーって呼ばせてもらうね。ビギー、私たちがきっとイギーの元へ帰れるようにするから少しの間待っててね」
ビギーはもちろん返事をせず(いや、もしかしたらできるのかもしれないけれど)、食事を楽しんでいるようだった。
それにしてもこんな風に歌を歌うキバタンは注目されそうなものなのだけれど、どうなんだろうか。もしかしたらボウイを歌うキバタンは珍しいけれど、歌を歌うキバタン自体はそう珍しくないのかもしれない。
あまり店内に居続けても迷惑だろうと思い(そもそも買える値段ではないからひやかしとしか見られない)、ドレラは後ろ髪を引かれまくっていたけど、僕らは帰ることにした。
その帰り際、鳥籠から3、4メートル離れてからだっただろうか、鳥籠の中から声が聞こえた。
その声は間違いなく「イギー」といっていた。
それは、はっきりと僕とドレラには聞こえた。
僕らは、互いに聞いたそれを確信し、何度も鳥籠を振り返りながら店を出た。
駅までの帰り道、なぜかドレラに対して話す言葉が見つからず、無言になってしまった。ドレラはドレラで何か考え事をしてるみたいで、何も言わず歩き続けた。そもそもドレラの家は駅の方向ではないから、一応は送ってくれているのだろう。
駅に着くと僕の前を歩いていたドレラが立ち止まり、話しかけてきた。
「今日はありがと、いや、今日も、だね」
「そ、そんな、こちらこそ楽しかったよ」
ドレラが優しく微笑む。
「なら良かった。帰ったらビギーの曲について調べてみるね。何かわかったら連絡するね」
「うん、僕も調べてみるよ」
ドレラが優しく微笑む。
「じゃあ、また明日」
改札から中に入ろうとする僕を見送りながら小さく手を振ってくれるドレラ。僕も小さく手を振り返り、ホームに向かった。
(続く)