
シャミ子の目標のマクロ化と桃の目標のミクロ化に関して
※注意:原作4巻までの内容とアニメ2期のネタバレを含みます
概要
『まちカドまぞく』の主人公である吉田優子(シャミ子)の目標が、物語が進むにつれマクロ化しているのに対し、もうひとりの主人公、千代田桃の目標がミクロ化している理由について探る。
『まちカドまぞく』とは
ある朝、吉田優子が自宅で目覚めると、不思議なことに巨大な角と細長い尻尾が生えていた。母から吉田家が闇の一族の末裔であると教えられた彼女は、シャドウミストレス優子(通称:シャミ子)という活動名で、一族の封印を解くべく行動を開始する。
封印を解くには魔法少女の生き血が必要不可欠だが、まぞくとして生まれたばかりのシャミ子は魔力が乏しく、体力も限られている。さらに、生来優しい性格であるため、敵対関係であるはずの魔法少女である桃に鍛えられる羽目に陥る。互いに対照的な性格と立場にありながら、行動を共にするうちに、二人の関係は徐々に深まっていく——そんな奇妙な物語である。

2人の目標の変化とその対比
これは私が気づいた考えではなく、一部の有識者(ファン)が指摘した現象なのだが、ストーリーが進行するにつれ、シャミ子の目標はマクロ化していくに対し、桃の目標はミクロ化している。
シャミ子の目的は、一族にかけられた封印(呪い)の解除→町を守ること、と徐々に拡大する一方、桃の目的は、町を守ること→シャミ子とその周辺のまちかどを守ること、と縮小しているのだ。
『まちカドまぞく』では、対比の表現(注1)がよく見受けられるが、なかでもこの表現は興味深い。

シャミ子と桃の心理的変化
なぜシャミ子と桃の目標は、対となるような興味深い動きを見せているのか。この問いに答えるべく、まずは両者の目標変遷の経緯を丁寧に追跡する必要がある。重要な転換点は、アニメ2期6話、原作3巻ラストであり、この時点での彼女たちの心理的変化を深く掘り下げることが重要である。
桃の目標変容の背景は、彼女の姉、桜をめぐる物語と密接に関連している。当初、桃は行方不明の姉、桜の手がかりを求めて町を守っていた。しかし、桜がコアと呼ばれる状態でシャミ子の命を支えていること(注2)を知った桃は、大きな安堵を得る。このタイミングで、視点は次第に「シャミ子とその周辺のまちかど」へと収斂していく。
並行して、シャミ子の側にも興味深い心理的変化が生じている。アニメ2期6話で、夢(深層心理)の中で桜と出会ったシャミ子は、桃を見守りながら、町も守ってほしいという依頼を受ける。これは、アニメ1期中盤(原作1巻ラスト)での限定的な交渉——魔力が弱まった桃(注3)からシャミ子(まぞく)の自衛を頼まれた状況——とは明らかに異なる、より包括的な使命感への変容を示している。
以上を鑑みると、「町を守る」目標が明確に設定されたのは、2期6話と考えていい。
問題はなぜこのように美しい対比を成しているかだが、その一端を解く鍵が、アニメ2期の第1話に隠されている。
いろいろあって、桃はシャミ子の住んでいるアパートの隣の部屋に引っ越すのだが、それを祝して吉田家では隣人歓迎すき焼きパーティが催される。
桃も料理の準備を手伝うが、彼女は料理が苦手で、食材を盛りつける作業中、不必要な変身を行い、「どんな手を使ってもやり遂げる!」と椎茸を発光させていた。
その後、シャミ子から「貴様はなんでも1人でいい感じにしようとしすぎなのだ。根本的なところでもう少し人を信じないといつかまぞくがつけいるぞ」と注意されている。

2人の目標のスケールが変化した理由を知る手がかりはこのセリフにある。
桃の目標がミクロ化した理由は、彼女がシャミ子を信頼し、頼るようになったからではないか。
なんでも1人で解決しようとして(抱え込んで)きた桃が、シャミ子を見守る存在(注4)から対等な存在として認めたからではないか。
仮にこの推測が正しければ、桃の目標であった町の治安維持が、シャミ子の目標に移行したのは必然だ。なぜならば、桃の背負っていた役割をシャミ子が引き継いだだけだからだ。
桃がシャミ子に頼ったぶん、桃の目標は小さくなるし、相対的にシャミ子の目標は大きくなる。
闇堕ちは信頼の証
桃がシャミ子を信頼するようになっているのは、彼女が一時的に闇堕ちできた事実からも明らかだ。

闇堕ちとは、「魔族と上書き契約することで魔力を闇属性に変換し光の正道を外れ闇の眷属になること」(注5)である。眷属というのは「魔力上の血縁関係みたいなもの」とシャミ子の母である清子が過去に説明していた。
清子が父ヨシュアの眷属となりシャミ子が生まれたわけだから、桃の闇堕ちは、一時的とはいえ、シャミ子と桃が婚約した状態に近かったといえる。あくまで一般論だが、結婚は互いに信頼しあっているからこそできる行為であるし、シャミ子と桃も信頼しあっていたと解釈してよいだろう。のちにリリス(ご先祖)も「桃の闇堕ちの準備は整っていたのだ」と言及しているように、シャミ子の一方的な感情ではなく、双方向の想いが成立しているとわかる。
社会心理学者の山岸俊男は、相手を信頼し行動することは、そうしない場合より「自分の身を危険にさらすこと」を意味する、と語っている。もし相手が裏切っても自身が危険にさらされないのならば、相手を信頼する必要がない。(注6)わかりやすい例は、金を貸す際にとる担保だろう。担保をとるのならば、信頼は不要だ。一方、無担保で金を貸すときには信頼が必要になる。リスクを背負いシャミ子の救出に向かった桃は、まさしくシャミ子を信頼していた。
桃の笑顔の重要性
桜のコアが自身のなかにあり、桜を返せないと知ったシャミ子は落ち込む。桃の笑顔が見たくて桜の捜索を頑張ってきたのに、桜がいなくなったと原因が自分にあると判明し、責任を感じたに違いない。そんなシャミ子の話を聞いた桃は、とびっきりの笑顔を見せる。


桜を返せないのに桃が笑ってくれたので、シャミ子は大粒の目汁(注7)を流す。
この一連の流れには、大きな意味が含まれている。シャミ子の目標が「町を守ること」にスムーズに移行するためには、桃が笑顔になる必要があったからだ。
シャミ子の基本的な価値観はなんだろうか。工場の跡地で魔力の訓練をしたとき(注8)、魔力を出力するためにシャミ子が発した言葉が「みんなが!!仲良くなりますようにー!!!」だったように、皆が仲良く暮らしている社会がシャミ子の理想像だ。
では、皆が仲良く暮らしいているとはどういう世界か。みんなが笑顔で暮らしている世界ではないだろうか。
つまり、町を守る=皆の笑顔を守ると解釈した場合、現在、笑顔でない桃の存在がどうしても引っかかってしまうのだ。シャミ子が納得して、目標を「町を守る」に昇華させるには、桃の笑顔が不可欠だった。シャミ子と桃が川原でポッキンアイスを食べた際には、町を守るなんて無理と弱音を吐いているが、その後、陽夏木ミカンの呪いを上手く解決したりしている(注9)のを考慮するに、目標のスケールアップに成功したと判断していい。それを象徴するかのように、アニメ2期のラストは、以下のナレーションで幕を下ろす。
「頑張れシャミ子。みんなの住みやすい町をつくっていくんだ」
結び
以上、シャミ子の目標がマクロ化しているのに対し、桃の目標がミクロ化しているのは、桃がシャミ子を信頼し、頼るようになってきたからと推察する。
蛇足になるが、桃は過去に世界を救った、みたいな話が初期に少しだけ出ている。このままシャミ子の目標・目的が桃の目標・目的を辿りつづけると仮定したならば、最終的にシャミ子は世界を救うイベントに参加する可能性が高い。(注10)この推理が正しければ、もう一段階、シャミ子と桃の関係性に関わる大きな事件が発生すると思われる。
それが明らかになったとき、再度、筆を執るとしよう。
注釈
注1)父がいないシャミ子と姉のいない桃、貧乏なシャミ子に対し比較的裕福な暮らしをしている桃、生まれつき病弱だったシャミ子と筋肉おばけの桃、家族で暮らしているシャミ子と1人で暮らしの桃など様々な対比があるが、もっとも印象的なのは、1期最終話と2期6話の対比だ。1期で桃はシャミ子の父を返せないと落ち込み、2期でシャミ子は桃の姉を返せないと落ち込んでいるが、両エピソードともに最後に川原でポッキンアイスを食べて終わる
注2)シャミ子は生まれつき体が弱く、幼少期に入院していた
注3)魔法少女は血液を失うとそのぶん魔力が減る。桃は失った魔力を筋力で補っていた
注4)桃は「急に闇に目覚めた子はまれに闇にのまれて凄いことになったりするから様子を見に来た」と言ってクラスの違うシャミ子の状態をチェックしに来たりしていた。その後、廃工場で魔力の特訓をした際には「暴発しないように監視していたわけだし」とも口にしている。どちらのエピソードも、原作1巻、アニメ1期に収録されている
注5)原作2巻、アニメ1期最終話の説明より抜粋
注6)『安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方』山岸俊男 中公新書
注7)涙のこと
注8)原作1巻、アニメ1期
注9)原作4巻、アニメ2期最終話
注10)これも一部のファンの考察であり、私が考えたアイデアではない