勝手に本人スピンオフ『宮本浩次VS玉置浩二 歌化け物とスーパーボーカリスト達の宴』(1)
それは日本の某所で開催された、とあるフェスの休憩時間の出来事であった。
自らの出演が終わったエレファントカシマシの宮本はギターの石くんと 共に休憩スペースへと向かった。ファンタグレープを飲む為である。
炭酸飲料を歌う前に飲んだら、コンサートの最中にゲップが出てしまうので、宮本は出演後のお楽しみにしていたのだ。
自販機に小銭を入れようとした瞬間だった
「おーい!宮本くーん!」
振り返ると、ニコニコとアルカイックスマイルを浮かべながら近づいてきたのは、北の大地が生んだ人間の皮をかぶった歌の概念こと、玉置浩二であった。
玉置はいきなりガバッと宮本を抱きしめた。
「宮本くん!素敵な歌声だね。やっと歌化け物のゾーンに入ったんだね! 僕は嬉しいな!」
歌化け物?戸惑う宮本の右手を今度は両手で握りしめ、玉置は溢れんばかりの笑顔でブンブンと振った。
「僕はね、ずっとずっと寂しかったんだよ。やっと仲間ができて嬉しいよー!ようこそ!歌化け物の世界へー!」
何だ歌化け物って。
曖昧な笑みを浮かべながらどうリアクションをとっていいのか分からない宮本に玉置は尚も続ける。
「今度さ、一緒にセッションやろうよ。題して『歌化け物達の宴』!お互いの歌をカバーし合って対決するの。きっとお客さんも喜んでくれて楽しいと思うな!」
ニコニコと玉置は一人で楽しそうに盛り上がっていた。
さてどうしたものか。
だいたい何だ?歌化け物の宴って。と言いたいところだが論語を嗜み年長者への礼節を重んじる宮本は、無下に玉置の申し出を流す訳にもいかず、両手で頭を掻き始めていた。
石くんに助けを求めようとしたが、なぜか石森の姿はそこになかった。「あいつ、なんでいねえんだよ…」と困り果てる宮本に玉置は 「いつにする?」とニコニコと迫ってくる。
と、その時であった!
カッカッカッカ…。
床を打ち付けるような硬い足音が次第に大きくなり、現れたのはライブを 終えたばかりのB‘zの稲葉浩志であった。おお、天の助けが…。
「玉置さん、あの、それ稲葉さんとやったら…。だって同じ『こうじ』 だし」
「宮本君だって『こうじ』じゃない」
「いや、俺、あれ『ひろじ』って読むんで」
「へー面白いね!(流し)それでいつにする?」
と宮本は稲葉に必死に視線を送る。
その眼光の強さに気付いたのか、稲葉は宮本の顔を見返した。が、 玉置と宮本が並んでいるのを見るや、静かに目礼を送り、一切表情を変えずに再び真っ直ぐ前を見つめてカッカッカッカとそのまま去っていった。
さすがは歌謡ロック界の貴公子こと稲葉浩志である。
まさに『君子、危うきに近寄らず』。この危機管理能力の高さが長きの間、日本の音楽シーンのトップに君臨できている理由なのかと宮本は唸る。
いや、感心している場合ではないと宮本は窓の外に視線を送った。
すると、なんという事か。そこを歩いているのはミスチルの桜井和寿では ないか。
おお、小林武史という同じ師を持つご同輩!
宮本は窓の外の桜井に向かって必死に手を振った。その激しい動きに気づいた桜井の細い目はニコッと波打った。気づいてくれた!更に宮本は激しく手招きする。
すると桜井は宮本の隣に玉置が立っている事に気付き、困ったように微笑んだ。
「ごめんね、宮本君。僕はそこにはいけないよ。許してほしい。そして恨まないで欲しい」
波打っているが笑っていないその瞳から、宮本は桜井の心情を一瞬で読み取り、理解した。去っていく桜井の背中を見ながら宮本は思う。
俺は、桜井和寿という男に見捨てられたのだろうか。
共に「東京協奏曲」を歌った、あの一体化した時間は嘘か幻だったのだろうか。
いや、そもそも彼とは並んで歩いていた訳ではない。別々の方向から歩いてきて、たまたま「東京協奏曲」という交差点ですれ違っただけの刹那の関係じゃないか。
そもそも人生とは刹那の繰り返しと積み重ね。
そんな関係に俺は何を期待していたのか。それこそ依存じゃないか。 そろそろ還暦に手が届こうというのに。
宮本は自らの甘さに「へっ」と自嘲する。
「あ、見てよ!さっき、亀田君にline送ったけど『歌化物達の宴』是非参加するだって!」
玉置はニコニコと音楽プロデューサー亀田誠治とのトーク画面を宮本に見せてきた。
早い!というか勝手に企画が一人歩きしている!俺、まだ何も答えてないのに!
宮本は愕然とする。
「いやーすごいコンサートになりそうだね!会場はどこがいいかなあ。今日みたいにさ、フェスっぽく野外でやりたいよね!こう、夕日が落ちてきてさマジックタイムの時に僕と宮本君がステージに登場するんだ。お客さん、興奮するだろうなあー!」
どうしよう。
玉置さん、すっごい嬉しそう。俺、断れない。どうしよう。
「ちょ、ちょっと待ってください!いきなり言われても俺、んーだいたいお互いの歌をカバーし合うって、俺、安全地帯の歌を歌った事ないし、ちゃんと勉強しないと」
「大丈夫だよ。一回聴けば歌えるでしょ。お互い、化け物なんだからさ。
あれ?それとも宮本くん、出来ないのかな?」
仏のような笑顔から突然、挑発的な色合いを見せる玉置に、宮本はたじろいだ。
「おいおい、玉置。そこまでにしてやれよ」
宮本が振り返ると、ソファーの隅でタバコを吸っていたバンダナ頭の男が立ちあがった。
「さっきから宮本が困ってんじゃねえかよ」
心優しき唄うテロリスト、泉谷しげるであった。
い、泉谷さん!
(続く。続いてしまう…)
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