五輪と卓球ーー歴史編ーー東京オリンピック2020(卓球)を見る人へ①
コロナ感染対策含め、開催前から様々な問題が起きている東京五輪2020だが、2021年7月23日開会式が行われ、24日より様々な競技が始まった(サッカーなど一部開会式前から試合が行われている競技もある)。
五輪のガバナンスなど様々な課題について、「大会が始まったから、くさい物には蓋をして楽しもう!」となってしまうのはよくない。それはそれで検証・分析されるべきだと思うし責任を取る必要がある人や組織が出てくると思う。
しかし、この記事ではそれら大会運営などの問題は一旦置いておいて、私が好きな卓球にフォーカスを当ててみたい。
卓球の基本的ルール、愛ちゃんこと福原愛、今大会で日本選手団の副主将を務めた石川佳純、前回のリオ五輪メダリストの水谷隼くらいなら知っているが、卓球の歴史、外国人選手については知らないという方に向けて、五輪と卓球の関係、各国の小話と選手について書きたいと思う。したがって、普段から卓球の国際大会や、国内外のリーグを見ている人には、既知の内容が多いと思うがご了承願いたい。
もし、本記事を読んでいただいて卓球により興味が出たという方には、卓球王国やRallysといった卓球専門メディアがあるのでそちらの記事もぜひ読んでいただきたい。
卓球は欧州発祥のスポーツ
競技概要については、以下の通りである。
卓球の起源は19世紀終わりのイギリス。当時上流階級の間ではテニスが流行していたが、雨天時に食堂のテーブルをコートに見立ててテニスの真似ごとをしたのが始まりといわれ、そのまま「テーブルテニス」の呼び名がついた。当初の用具は、ラケットに葉巻入れのふた、ボールにはシャンパンのコルクを丸めたものという実に上流階級らしいものであった。現在は、木製の版に特殊ゴム(ラバー)が貼られたラケット、プラスチック製のボールが使われている。
国際卓球連盟は1926年設立され、2017年時点で約226という国際スポーツ統括組織としては有数の加盟国数を誇っている。
男子・女子ともに正式競技としてオリンピックに登場したのはソウル1988大会。当初は男女それぞれシングルス・ダブルスの4種目であったが、北京2008大会より男女シングルス・男女団体の4種目が実施されている。
シングルスの試合形式は1ゲーム11ポイントの7ゲームマッチで、4ゲーム先取した選手が勝利。団体ではシングルスとダブルスを組み合わせた5試合で3試合を先取したチームが勝者となる。(団体戦それぞれの試合は5ゲームマッチで3ゲームを先取した選手が勝利。)
※東京2020組織委員会公式ウェブサイトから引用
まず、多くの人が意外と知らないと思われることとして、卓球はイギリス発祥ということがある。卓球というと五輪をはじめとした様々な大会でメダルを独占する中国を思い浮かべる人が多いが、発祥は欧州のイギリスなのだ。そのため、日本・中国・韓国といった東アジアの国だけでなく、欧州でも卓球が盛んでドイツをはじめとした強豪国が存在する。
日本や中国が強くなる前は、ハンガリーやチェコスロバキアといった東側諸国¹が強い時代もあり、90年代、00年代初頭にはスウェーデンと中国が世界1の座を争っていた(男子)。現在はドイツ(男子)が世界ランク2位。
そして、この欧州でも盛んというのが1988年のソウル五輪から卓球が一度も外されることなく五輪競技であり続けている重要ポイントだとも言われている。²
中国帰化選手と欧米諸国
五輪の五というのはご存じの通り、アジア・オセアニア・ヨーロッパ・南北アメリカ・アフリカの世界5大陸を表していると言われている。そんな大会で、中国をはじめとした東アジアの国々のみで盛んな競技は受け入れられない。しかし、卓球は先述の通り、IOCの本部があり、政治的にも力を持っている"欧州"発祥のスポーツであり欧州でも盛んである。
欧州でも盛んだと書くと、普段あまり卓球を見ない人からは「東アジア以外の国はみんな中国の帰化選手じゃないか!」という反応が予想される。しかし、それは特に男子選手にいたっては誤った認識である(そもそも帰化選手の何が悪いんだという主張もある)。
では、なぜそういった「アジア以外の国はみんな中国の帰化選手」といった誤った認識を持たれてしまうのか?
まず、男子選手にいたっては、欧州や日本といった伝統国はそもそも昔(2,30年前)から中国の帰化選手は多くない。それにもかかわらず、日本で上記のような印象を持たれてしまったのはおそらく、テレビ東京が世界卓球の中継を始める前、2016年で男子代表がメダルを獲得する前まで、男子卓球がメディアであまり取り上げられず、福原愛・石川佳純といった女子ばかり注目されていたというのが要因として大きいと思う。
また、生まれも育ちもその国だが、何も知らない人からすると帰化選手のように見えるアジア系の選手もそれなりに多くいるというのも要因の一つだと考えられる。
例えば、ブラジル代表のクマハラ⁴(instaアカウント@c.kumahara)、ツボイ(@gustavo.tsuboi)選手は日系ブラジル人だ。名前も見た目も日本人だが、彼ら彼女らは生まれも育ちもブラジルである。
Twitterなどで話題になったピンポンオーケストラの動画で赤色の服を着ているアメリカ代表アリエル・シン(Ariel Hsing)選手は中国系アメリカ人で、生まれも育ちもアメリカである。
女子においては「アジア以外の国はみんな中国の帰化選手」という認識は半分正しく半分間違っている。
まず、男子卓球より女子卓球が人気な国というのは世界でも日本くらい³であり、女子の競技人口が少ない、強化に力が入らない、といった理由から自国で強い女子選手を育成できず中国の帰化選手だのみという国が多かった。
そして、女子中心に世界選手権(五輪ではない、世界卓球ともいう)をはじめとした様々な国際大会のメダルを中国・アジアの国が独占しアジア以外の国の代表は軒並み中国帰化選手という状況がつづき、ITTF(国際卓球連盟)は以下のルールを設けた。
2008年9月以降に帰化した選手に対し、主催する世界選手権などに出場する場合に「21歳に達してから帰化した選手は国際試合に出られない。それより年少の選手については帰化してから一定期間出場できない」
出所:徳重辰徳(2016)「【リオ五輪】卓球日本の前に立ちはだかったのは世界選手権でられないカットマンー中国卓球の競争が生んだ「中国化」」
https://www.buzzfeed.com/jp/tatsunoritokushige/riotabletennis
このルールを設けたことにより、女子においても若い世代中心にアジア以外の国も帰化選手でない地元の選手が代表に入ってくることが増えた。
しかし、上記引用記事(徳重, 2016)にあるように五輪においては事情が異なる。五輪はITTFではなくIOC(国際オリンピック委員会)管轄の大会であるため、先述のルールが適応されない。よって、世界選手権やW杯より帰化選手が多くエントリーする傾向にある。(※2021/8/7追記 東京五輪2020から帰化選手の規定が変わったとの噂を聞いた為現在調査中)
したがって、卓球を五輪でしか見ない人が「アジア以外の国はみんな中国の帰化選手」という認識を持つのは致し方なく、五輪においては正しいということになる。だが、東アジア以外の国の女子卓球においても活躍している帰化選手でない地元の選手も多くいることを知っていただきたい。
東京オリンピック2020卓球種目
東京オリンピック2020の種目は
■男子シングルス(男単)
■女子シングルス(女単)
■混合ダブルス(複)
■男子団体(男複)
の4種目である。その中でも、混合ダブルス(男女のペア)は本大会から五輪の正式種目となった。2017年世界選手権ドイツ・デュッセルドルフ大会で吉村真晴・石川佳純ペアが金メダルを獲得するなど日本が得意とする種目であり、今大会は水谷隼・伊藤美誠ペアが出場している。
日本が得意で相対的に中国が弱い種目(五輪競技存続のために中国以外にメダルを取ってほしいため)なので本大会から五輪種目に入ったとのうわさもある。
もう一つ小話として、男女シングルスだが実はこの2種目どんなに強い国でも2012年のロンドン五輪以降、2人までしか代表選手をエントリーできない。
なぜ2人なのか、ここまで読んでくださった方ならピンとくるのではないだろうか?
そう、それは中国に表彰台を独占され中国(東アジア)だけのスポーツと思われたくないからである。2人という制限にすることにより、どれだけ中国が強くとも最低1人は中国以外の国の選手が表彰台に立つことになる。実際に、各国上限2人というエントリー数になってからの男女シングルスメダリストは下記のとおりだ。
2012年ロンドン大会
男子シングルス
1位 張継科 中国
2位 王皓 中国
3位 ドミトリー・オフチャロフ ドイツ
女子シングルス
1位 李暁霞 中国
2位 丁寧 中国
3位 フェン・ティアンウェイ シンガポール
2016年リオデジャネイロ大会
男子シングルス
1位 馬龍 中国
2位 張継科 中国
3位 水谷隼 日本
女子シングルス
1位 丁寧 中国
2位 李暁霞 中国
3位 キム・ソンイ 北朝鮮
オリンピックの正式種目化と荻村伊智朗
かつての卓球界に荻村伊智朗(1932~1994)という現役時代12個もの金メダルを獲得し、引退後はITTFの会長を務め(当時日本人が国際機関の会長を務めるのは異例なことだった)、ピンポン外交⁵を行うなど活躍した卓球界のレジェンドがいた。
その偉大さから、毎年日本で行われるワールドツアージャパンオープンには荻村杯という別名が正式についている。ワールドツアーに人物名がついているのは世界数多くあるツアーのなかで荻村杯のみだ。
そんな荻村氏は1988年ソウル五輪から卓球が五輪競技になることを快く思っていなかったという。⁶
『Why?強くなった?卓球ニッポン』という番組内で彼のこんな言葉が取り上げられていた、
国際卓球連盟(ITTF)は、ほかのスポーツと違った大きな特色を持っています。それは初代会長の時代から同じで、自由・自立への歩みです。なにからの自立かといえば、政治とか宗教からの自立――。およそ90年前に国際卓球連盟が創立したとき、憲章が作られたんです。憲章では、こう定められていました。国旗・国歌は使わない――。(中略) 絵の展覧会でも、おそらく国旗は飾らないでしょう。音楽コンクールでも・・・もしバイオリンコンクールで日本人が優勝したとしても、国旗を掲げ、国家を演奏するというようなことは考えられません。そのように、本当に芸術として独立した時代が、いまにスポーツにもくるかもしれませんが、いまのところは華やかなオリンピック運動に参加するために、(国旗・国家の使用を是とする)貴重な犠牲を払ったと考えています。
スポーツは芸術であり、スポーツマンはアーティストです。最初は、ただ技を覚えるだけですが、スポーツというのは、最終的には自己表現です。自己実現といってもいいです。どんな絵から描かきはじめても、最終的には自分の個性にあった絵になっていきます。そういう方向へ卓球の技も磨いていけばいいのです。日本卓球が世界で勝つということは、最終目標ではない。最も小さなボールを扱う卓球が、時として最も大きなボール、すなわち地球をどよめかす快挙をやってのけます
私はこの番組で荻村氏のこの言葉を聞いたとき、いかに今まで自分や社会がスポーツとナショナリズムの結びつきを当たり前のことと疑わず、受け入れてたか気づかされた。
荻村氏自身、終戦直後スポーツとナショナリズムについて痛い経験をしているのが、先述の考え・言葉に至ったのだと思う。枢軸国⁷の一員であった日本に対するイギリスの観客の荻村氏に対する反応は辛辣だったという。
初めて日の丸を背負って戦った異国の地で彼が味わったのは、愛国心の高揚や歓喜ではなかった。
反日感情の強かった英国の観客は、日本人の小さな背中に激しいブーイングを浴びせ続けた。ウオーミングアップ中に体育館の照明を落とされたこともある。街のレストランや理髪店でも入店を拒否された。優勝杯を手に帰国した荻村は、彼を支え続けた武蔵野卓球場の女性場主、上原久枝にこんな心情を語っている。
「日本人って、僕らが思っているより、外国の人から嫌われているんだよ。どうしてなんだろう……」
こうした若き日の葛藤が、荻村の視線を世界に向けさせ、彼の生涯を貫く信念につながったのかもしれない。小さなピンポン球によるラリーは、過去のあつれきや国境、民族の壁を越えることができる――と。
城島充(2018)「「統一コリア」チームを実現:『ピンポン外交官』と呼ばれた男の“遺言”」より
五輪期間、テレビや動画サイトを開けば「ニッポン!ニッポン!」という応援CMが流れ、私含め多くの日本人が日本選手の勝利を願い、日本選手を応援すると思う。自分のルーツに関係があったり、その国が好きな人であれば、その"選手"を知らなくてもその国の選手を"その国の選手だから"という理由だけで応援するだろう。
その是非は置いておいて、開会式では国別に国旗を掲げながら入場し、表彰台に立てば国歌を歌う。五輪はスポーツとナショナリズムの関係が顕著に表れている。
荻村氏の考えを知ってから、上記の光景に違和感を抱くこともあり、そもそも国民国家という現代の我々にとっては当たり前の価値観も、1648年のウェストファリア条約以降できた概念だと言われており、スポーツや芸術の歴史より短いじゃないかといったことを考えたこともある。
そんな私だが、次の記事では国別に選手を紹介しようと考え、日本の選手を日本人だからという理由(別の理由で応援している日本人、外国人選手もいる)で応援している。
矛盾しているかもしれないが、五輪と国家、スポーツとナショナリズムについて、違った見方を知って五輪を見て考えることは面白く有意義なことだと信じている。
ご意見・ご感想・ご指摘等ありましたら気軽にコメントお願いいたします。
--------以下脚注--------
¹ 第二次世界大戦終結後、冷戦時代世界はアメリカをはじめとする資本主義陣営の西側諸国とソ連をはじめとする社会主義陣営の東側諸国に分かれていた。東側の国は国威発揚のため五輪のメダルを目指し国をあげてアスリートを強化していた(ビートたけしのギャグのモデルである体操のコマネチ選手などが有名)。
個人的にはロシアが未だに国ぐるみでドーピングを行ってしまうのも、この時代の名残が原因の一つと考えている。
私が最近見たチェコの『フェア・プレー』という映画は東側のアスリートを描いているので興味のある方には見ていただきたい。
チェコスロバキアは分離し現在チェコとスロバキア2つの国となっている。
² 日米でこれだけ人気な野球が五輪種目から外されることが多い理由の一つとして、欧州では伊、蘭など一部の国を除き人気がないことがあげられる。それくらい、五輪において欧州の影響力は大きい。
³ 日本卓球株式会社(2015)「国際卓球連盟 トーマス・ワイカート会長 公益財団法人 日本卓球協会 藤重貞慶会長 Premiu Talk」『Nittaku News』2015年7月号、pp.6-pp.9
⁴ ブラジルでは戦後日系人が卓球を持ち込んだという歴史から、日系人コミュニティで卓球が盛んだと言われている。ブラジルの日系人卓球やクマハラ選手に興味のある方は、NHKBS1で放映された、『世界はTokyoをめざす 「勝負の炎はルーツを越えて~ブラジル 卓球~」「祖国ニッポンに挑む」』という2番組を見ていただきたい。
⁵ 2018年世界選手権スウェーデン・ハルムスタッド大会で北朝鮮・韓国合同チーム(統一コリア)が結成され話題になったが、こういった動きが卓球界で起こる背景として、荻村氏の実績、考えの影響があると言われている。
映画『ハナ~奇跡の46日間~』では世界選手権1991年千葉大会での統一コリアについて描かれている。Netflixなどで配信されているので興味がある方は是非見ていただきたい。スポーツと政治について話題になる昨今、考えの参考になるかもしれない。
関連記事:城島充(2018)「「統一コリア」チームを実現:『ピンポン外交官』と呼ばれた男の“遺言”」
⁶ BS1放送「『Why?強くなった?卓球ニッポン』参考URL https://dodongo.blog.ss-blog.jp/2018-08-03-1
⁷ 第二次世界大戦では、米国・英国・ソ連などの連合国とドイツ・日本といった枢軸国で争った。結果、枢軸国の敗戦で戦争は終結した。終戦直後の英国人としては、日本はドイツと共に侵略戦争を起こした悪の国という認識があったと思われる。