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北海道の廃線跡探訪 第114回 深名線(2/6)多度志~沼牛間


1.ごあいさつ

ご訪問ありがとうございます。

北海道の廃線跡探訪 第114回深名しんめいその2 多度志たどし沼牛ぬまうしです。

この区間では、鷹泊たかどまりには駅舎が残っています
いよいよ本格的な峠越えです。幌加内ほろかないトンネルは、国道275号のつけかえで、少し行きづらくはなったものの、健在です。

なお、これからの投稿予定路線などは、初回記事にありますので、そちらをご覧ください。

2.多度志~鷹泊

1/5万地形図「深川」昭和55年第2回編集・「鷹泊」昭和59年修正に加筆

多度志を出た深名線はすぐ国道とクロス、雨竜川に近づき、朱鞠内まで川と国道275号とともに北を目指す。

踏切手前の桂川には橋台が残っているが、踏切から先の路盤は耕地整理のため消失している。

①桂川に残る橋台 2009年5月撮影

しばらくすると国道から路盤が散見され、一部は作業道として利用されているが、水路の橋は撤去され、屈狩志内川にも痕跡はなかった。

②作業道となった路盤 2017年7月撮影

鉄道が廃止になると、まず踏切の撤去から手がつけられるが、深名線でも廃止後、待ってましたとばかり踏切が撤去されている。

多度志~宇摩うま間でも線路と直交するために不自然に曲がっていた国道は直線化され、踏切の痕跡は消えている。

再び国道とクロスするところにコンクリートの溝橋が残っていたが、後に埋められてしまった。ちょうど来合わせた幌加内行き代替バスには、乗客は一人だけだった。

③踏切跡の先にある溝橋の橋台と路盤 バスは幌加内行きのJR北海道バス 2017年7月撮影
④作業道となった路盤 このときは溝橋の橋台は埋められていた 2024年6月撮影

円山と同じJR昇格組だった宇摩は、農家裏の空き地になっている

⑤宇摩駅跡を望む 2009年5月撮影

宇摩からは、路盤はほとんど耕地整理で消えているが、国道が高橋峠を越えるところでは、雨竜川に沿う路盤が整備された状態になっていた。道路化工事中なのかもしれないが、2023年現在でも通行止めになっている。

⑥雨竜川に沿った整備区間 ただし通行止め 2015年6月撮影
⑥踏切跡に放置された柵 2015年6月撮影

幌成は元の構内が工場となり、ヨ3500形か5000形を利用した駅舎が移設、再利用されている。駅前道路は西側に貫通し、駅の面影は何もない。

⑦幌成駅舎だった車掌車の車体 2024年6月撮影
⑦元の幌成駅前通り 2017年7月撮影

幌内川橋梁にも跡はなく、その先にあったJR昇格組の下幌成も路盤だけでまったく痕跡なく、鷹泊方のエイチャン川の橋もなくなっている。

⑧下幌成駅跡を望む 路盤跡は作業道 2009年5月撮影

鷹泊までの路盤は作業道となっているところが多くなるが、橋はすべて撤去されている。

⑨作業道となった区間 2017年7月撮影

手前の国道と並行するあたりの路盤には、何かの埋設工事後に桜の木が植えられたが、ほとんど姿を消してしまった。その後はその支えだけがむなしく並んでいたが、今やそれもない。

3.鷹泊~沼牛

1/5万地形図「鷹泊」昭和59年修正に加筆

鷹泊は国道から少し入った突き当たりに駅舎とホームがあるが、年々状態が悪くなり、ホーム側の差しかけ屋根はなくなってしまった。

⑩鷹泊駅舎 2023年9月撮影
⑩同 2024年6月撮影
⑩崩れる寸前だが差しかけ屋根があったころ 2014年9月撮影(タイトル写真は2009年5月撮影)
営業当時の鷹泊駅舎 1995年8月撮影

ここで平地は終わり、深名線は幌加内峠へ向け築堤で高度を上げていく。少しの間、路盤は作業道となっている。

⑪鷹泊駅跡の先の路盤 沼牛方を望む 2024年6月撮影

峠手前のチカプオツ川に架かる、チカップポッ川橋梁は撤去されているが、河中に橋脚の丸い基礎があり、築堤の端には橋台らしきものも見えた。

⑫チカップポッ川橋梁の橋脚の基礎 2015年6月撮影

チカップポッ川橋梁を渡ると、深名線最急勾配25‰が幌加内トンネルの沼牛方出口まで5㎞ほど連続していた

深川市と幌加内町の市町境でもある、国道275号の幌加内峠は急カーブと急勾配が連続する難所だったが、2010(平成22)年12月幌加内トンネルを含む新道に切り替えられた。

新国道トンネル建設中は、「深名線」の銘板も残る鷹泊跨線橋から沼牛方の路盤が、工事用道路に転用されていた。

⑬鷹泊跨線橋から沼牛方を望む 2009年5月撮影
⑭幌加内トンネルへ向かう路盤を転用した工事用道路 2009年5月撮影

深名線の幌加内トンネルは、新しい国道トンネルの深川方入口から右手、東方向にあたる。

工事用道路のような廃道を上っていくと、国道より一段高いところに出る。さらに山際へ向かうと、深川方へ延びる細い道が下り勾配で続いていた。
名寄方のヤブに突っ込むと、ほどなく以前と変わらない姿のトンネルが見えた。

⑮幌加内トンネルの鷹泊方ポータル 2018年6月撮影

深川方の路盤は水が幾筋も流れるなど荒れ放題で、見通しもほとんどきかない。使われなくなるとあっという間に自然に還るのが実感させられる。

⑮幌加内トンネル手前の路盤 鷹泊方を望む 2018年6月撮影
1/5万地形図「鷹泊」昭和59年修正に加筆

深名線の路盤は、国道トンネルの沼牛方を出るとすぐクロスしているはずだが、地形が改変されているためはっきりしない。

下幌加内ダムの貯水池はかなり水が多く、道路の下方に路盤があるようには見えない。深名線営業当時と水位は変わっていないだろうから、路盤は道路よりかなり上方ではないかと気づき、道路トンネルのすぐ横から上ってみた。
溝のような地形が縦横にあるが、一部は鉄道の側溝らしく、そこを上がると路盤らしい地形に出た。

⑯幌加内トンネルの沼牛方の切り通し 2018年6月撮影

樹木は生い茂ってはいるが、いちばん始末におえない濃いササヤブではなく、木や蔓を除けながら10分ほどでポータルに着いた。
ポータルは以前と変わらぬ形をとどめ、「幌加内」のトンネル名表示もそのままだった

⑰幌加内トンネルの沼牛方ポータル 2009年5月撮影
 ⑰同 2018年6月撮影

国道トンネルへ戻り沼牛方を望むと、道路トンネルのすぐ横にそれらしき築堤の断面が見えた。

⑱国道トンネル横の築堤断面 2018年6月撮影

幌加内トンネルを抜けた深名線は、25‰で下幌加内ダムの貯水池に沿って下っている。
以前は貯水池附近の路盤は歩けるところもあったが、今はどうなっていることか。

⑲貯水池附近の路盤 2009年5月撮影

農地に出ると農道と並行、やがて深草の沢川を渡るが痕跡はなく、濃いヤブに覆われた路盤には、積雪地特有の高く掲げられた距離標が残っていた

国道の踏切は路盤を利用して直線化され、その先は耕地整理で消えている。

⑳農道に並行して残る路盤 中央に距離標が立っている 2024年5月撮影
⑳すでに文字は読めなくなっていたが、33㎞だろうか 2009年5月撮影

今回はここまでです。

おしまいまで読んでくださりありがとうございました。

次回は、沼牛から政和せいわ向かいます。


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