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ゆかりさんとバトラー #11蝶の舞う庭
蘇った母の庭
今日も目覚めると、ゆかりはまず庭に行ってみた。いつの間にか
それが朝の日課になっている。深呼吸をして清々しい空気を吸うと、
きらめく光を浴びながら、草花たちが風にそよいで、笑っている
ように見えた。
ジェームスの手入れは少しずつだが、庭が確実に生気を取り戻して
きた。
いつからか蝶がたくさん来るようになって、今朝も黄色い蝶が2匹
ひらひらと、花の周りを飛びながら、話をしているようだった。
「今日は、庭の手入れのコツをジェームスに尋ねてみよう」
ゆかりは食卓の花瓶にいける花々を選びながら、そう思った。
9時にやってきたジェームスは、今日もにこやかだ。アーモンドの
目がいたずらっこのように笑っている。
「ゆかり様、今朝も新しい花を飾っているのですね。花の選び方に
センスがあります」
と言う。ゆかりはすかさず、
「ジェームスありがとう。おかげで母の庭が蘇ってきました。
私に手入れのコツを教えて」
「そうですね……。コツとは言えないかもしれませんが、全体を
見ないで、少しずつ、区割りをするように作業進めたらいかが
でしょう。全体ばかり見ていたら、片付けも何でもため息が
出そうになりますから」
そうゆかりの質問に答えながら、ジェームスは自分の変化に
気づいていた。
実は今回、彼はわざと庭の手入れを少しずつしたのだ。20年前の
彼だったら3日位で作業を終え、ゆかりに見違えるようになった
庭を見せただろう。
でも、今は違う。依頼されたお客様の心情に寄り添うのが一番だと思う。
素早く作業進めれば、きれいになった庭を見て、ゆかり様は初めは
喜ぶに違いない。しかしその後にやってくる感情は、ずっと手入れを
しなかったご自分を責めてしまう気持ちかもしれないのだ。
「ゆかり様、お母様が目指していた庭はインフォーマルと言われる
タイプでイングリッシュガーデンの中では、1番自然に近いタイプです。
だから作り込まなくて良いのですよ。お母様はご自分がお世話
できなくなったときのことも考えてそのようにされたの
かもしれませんね」
それを聞いたゆかりは驚いた。自分が離婚して戻ってきてから、
なんとなく母とのわだかまりを感じていた。彼女の勝手な思い込み
かもしれないが、口には出さないものの、ゆかりのことを批判している
のではと思っていたのだ。
今、ジェームスの見方を聞いて、ゆかりは母が自分が働くように
強く言わなかったことを思い出した。人付き合いが苦手な娘を
どこかで認めていたのかもしれない。それは母なりの愛情や優しさで
あって、ただ自分がそれを感じ取れなかっただけなのだろう。
「それはそうと…。ゆかり様に向いている仕事を私はいくつか考えてみました。
1つ目は、オンラインの英会話講師。
もう一つは、ゆかり様の得意なことを2つ組み合わせる
ーいわゆる掛け算方式でー
外国人観光客を招いて、お茶の体験、刺子(さしこ)などで小物作りをして
もらうなど。
「日本が好きで、何度も訪れている人には、お決まりの観光は
もうつまらないでしょう。だから一般家庭での異文化体験の
できる場所を提供するのです」
「オンラインを使った英語講師だけど、私はやり方を知らないわ」
「そのような事は私がお教えしますよ。心配には及びません。
私がこちらに来る期間にやってみましょう」
情報関係は、彼のお得意分野のようで、ジェームズの目が笑っていた。
「ゆかり様、私は先週からXで「【家事を楽しく時短で】現役バトラーが
見つけたコツ」と言うタイトルで記事をあげています」
「名前はジェームス2世」と名乗っているのですよ。
「え、それって?」
「ゆかり様、ご心配には及びません。ご依頼の方のプライベート等は一切
書いておりません。私は、仕事でゆかり様が喜んでくださったことを
中心に書いています」
「私が見つけたゆかり様の才能のトップは『素直さ』なんです」
「でも、それって50過ぎていいことなの?あまりに単純すぎない?」
「いいえ、とてもいいことです。みんなは理屈を並べて行動しない
自分を弁解するだけなのです。だからいつまでたっても、
何も変わらない」
ゆかりは、自分でも気づかなかったよさを見つけてもらい、
恥ずかしかったが、ちょっぴり嬉しかった。
「実はね、ジェームス。今週の土曜日に子ども英会話教室の見学に
行くことにしているの。私に子ども相手の英語講師がつとまるのか
わからないけど…。まずは初めの一歩を踏み出そうと」
「ほら、僕の思った通りじゃないですか。オンラインではなく、
外に出て行こうと考えるなんて、ゆかり様は勇気があります。
僕もあなたの挑戦を応援しています」
英会話教室の事は、ジェームスには内緒にしてこっそり出かける
はずだった。でも思わぬ話の展開に、ついしゃべってしまった。
見学にいくのはドキドキするが、どこかでワクワクする気持ちも
あるのがとても不思議だ。
それはそうと、早速ジェームスのエッセイを読んでみよう!いつの間にか
名前に2世までくっつけて、まるでどこかの芸人さんみたいで笑ってしまう。