レンガの中の未来(十四)
(十三)気づき
「お前さんの弟の事は聞いたよ、気の毒だったな。」
作業場での昼休み時である。初老のT二二八は、大石に座りながら言った。
シノーは立ちながら足で地面に絵を描いていた。
「はい、あれから早いもので半年程経ちました。最初は大変落ち込み、何もする気が起きませんでした。」
「しかし今は予備学校に通っているそうじゃないか、噂では聞いているぞ。」
「そうですね。今は大変充実しています。でも、今の境遇は弟が死んでいなければ実現していない状況でもあり、複雑ではあります。」
「そうか、確かにそうだな。只、自分の運命としてそれを受け止められるか、それが肝要だな。」
確かにそうなのだ。今は予備学校に通い、幹部選抜試験を来週に控えている。
こんな恵まれた状況はそうそうない。
しかもリキッドがほぼ毎晩講義をしてくれている。
「幹部になれたら、もうここにはいないのかい?」
「いえ、それは分かりません。大きな組織ですので、どの部隊に配属かはわかりませんので。ああ、既に合格後の事なんて話しても仕方ないですね。」
「いやいや、そんなことはない。俺はもう先が長くないから、お前さんみたいな若い人材には頑張ってほしいと思っているよ。
そしてこうも思うよ。恐らくお前さんは次回の選抜試験を突破するだろう。
しかし、欲を言えば自分自身でその枠組みや仕組みを作る立場になってほしいね。
例えば、俺たちは毎日レンガを作っているのだろ。
決められた枠に決められた配合の原材料を流し込み、成型する。
その枠組みは過去に誰かが作った、その誰かにお前さんはなってほしいね。」
T二二八は、周囲に転がっているレンガ作製枠を指さした。
「枠組みは物だけじゃない。社会ルールや思想にしてもそうだと思うよ。
現在のその枠を変えるイメージだ。先ずはどんな小さな事でも良い、動いてみることだ。
お前さんがやりたい、こうなったらいいなという思想が社会の主流になるようにすればいいんだよ。
それって、最高じゃないか。限られた時間の中で、生きているって感じるじゃないか。
ただし、それはかなり困難であることも認識しておいたほうが良い。
何かを変える、それは最初は受け入れられない事が圧倒的だ。
既得権益で生きている者もいる。彼らの立場も分からないではない。彼らにも家族があり、養っていかなくてはいけない。
急速な変化は必ず歪を生じさせる。だから、ゆっくりでいいんだ。ただし、それを継続することが最も重要なんだよ。
万が一試験に落ちても兎に角思い続け、行動を継続するのだ。
あ、最後は蛇足だったかな。不吉な事言っちまった。」
シノーは自身の身体の中に、T二二八の一言一句が沁み込んでいく感覚を覚えた。
そうだ、そうだよ。自分で社会を変えればいいんだ。
それには知識が要る。
この前の模擬面談のような薄っぺらい知識では駄目なのだ。
そうだ、知識と言えばリキッドに習った未来の事を話してみよう。シノーは自然にそう思った。
「あの、ちょっと良いですか。これから変なお話をするかもしれませんが、宜しいでしょうか。」
「ああ、もちろんだ。若い人との会話は楽しいからね。」
T二二八は、大石上で姿勢を変えた。その後、シノーはその場から半歩下がって口を開いた。
「はい。今の時代から近未来、どの程度の時間かは分からないんですが、物凄い技術が出現するみたいなんです。
例えば、今我々が住んでいる星以外にも生き物はいるみたいで、未来では一緒に仕事をしているです。
最初に見つかった生き物はアリより小さな目にも見えないものなのですが、我々がそれらを改良していったんです。
また、病気になっても悪くなったものを取り換えることが出来て、将来的には脳みそだけの世界が広がるみたいなんですよ。
そして、人間は好きなときにスイッチ一つで起きて寝ている生活をしているんです。」
シノーは、二つ目の脳みその話題をし始めた時、先日の模擬面談試験の情景が頭に浮かんで、また馬鹿にされると思い話し続けるのに躊躇した。
だが、それまでの高揚感がそれに勝り一気に話した。そして、T二二八の反応をやや緊張気味に待った。
T二二八は、軽く腕組みをした。
「そんな未来が待っているのか。人間がそんな凄い技術を持っているなら、これからわしが言うことも実現可能なのかね。」
「はい、それは何でしょうか。」
「うん、それは時間という概念だ。時間は有限、或いは無限なのか。
そして、時間の進みは一方通行なのか。それとも巻き戻すことができる、つまり過去に行くことが可能なのか、だね。」
シノーはしばらく思案した。
そして、一気に一つの考えに達した。
もし一方通行ではないのなら、あの幹線道路の場面までリキッドに巻き戻してもらえないだろうか??
そうすれば今もここにイリンがいるということになるじゃないか。
どうして今迄それに気づかなったんだ、そうだ、今日はそれをリキッドに聞いてみよう。
「すいません、明日にはその答えが出ますので、待っていて下さい!」
二人の背後に、監視員の足音が聞こえた。
「お、もう休憩は終了か。悪いな、折角の休憩時間にこんな話に付き合せてしまって。」
T二二八は、最後まで誰からその話を聞いたかは質問しなかった。