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絡繰仕掛けの愛
「相変わらず入り組んだ場所にあるなぁ……」
少年は呟くと天井から縦横無尽に垂らされたリボンを手に取る。彼は今、自分の事務所(Lov*Ram Factory)を離れ、自身の主である少女の命令でとある場所に来ていた。
「ふふふ、それでも当店を贔屓して下さる咲さんには感謝しているのですよ」
「はぁ……なんとかならないんですか。此処にくる"条件"」
「あら……楽しくありません?」
何処がだ。
目の前の球体関節人形も少年の主も、よく分からない物事を好む傾向にあるが、何も此処まで"よく分からない"場所にしなくても良いのではないだろうか。
少年・隷威琉(レイル)が今いるのは少年の主である咲霧(サキム)と(どういう繋がりかは知らないが)長年の親交がある「Laden(ラーデン)」という場所。ドイツ語で「店」という意味の名を持ったそこは、訪れた者の『好き』を形にするという、不思議なコンセプトの元燃えるような赤毛の球体関節人形・紅巳(イロハ)とそのお手伝いのクヴァレ、「表の」宵々通りに住む広報担当の名々瀬によって経営されている。
「僕は忘れっぽいから条件を覚えるのも大変なんですよーぅ」
「でも、咲さんの要件はしっかり、忘れないでいて下さったじゃありませんか♪」
燃えるような赤毛。否、朱いのは髪だけではない、その瞳も、身に着ける衣服も、装身具(ソウシング・アクセサリーの意)も、全てが朱でまとめられた球体関節人形の紅巳(イロハ)は言うと、いつの間に持ってきたのだろう、マゼンタの石と薄紫の石が両端を飾る「二連簪」と呼ばれる装身具を隷威琉に見せた。
「それで、今回咲さんからオーダー頂いたお品なんですけれど……」
「それが、咲のオーダー……??」
「『旦那様方のイメージで』ということで、名々瀬ちゃんが咲さんからイメージ画を預かって下さったんです♪ クリスマス頃ですかね? 咲さんが1度来店下さったんですけれど、その時に「この2連部分に他の装身具を併せたらもっと素敵になるんじゃないか」とご提案頂いて、そこから想像のままに魔法を掛けていたら楽しくなってしまって……」
「それで今まで掛かったと」
だってだって。
捲し立てるように説明する紅巳を横目に、隷威琉は仕上がった「二連簪」と、その隣にある「耳飾り」に視線を落とす。薄ピンクと藍色のチェコビーズだろうか? が印象的な、蝶の飾りが着いた「耳飾り」。
「……これも、咲のオーダー?」
「いえ。そちらは私の独断で。2連簪さんに他の子を組み合わせるなら、それぞれの部分も他の子に組み替えられるようにすれば、もっと素敵になるかと思いまして♪」
カチャカチャと部品を組み替え、様々な組み合わせをを見せる紅巳。……一体この球体関節人形は咲霧をどれほど理解しているのだろうか
「……咲が好きそう……」
「そうでしょう?!」
ぽつりと呟いた言葉に「待ってました」と言わんばかりに飛び付く紅巳。そのあまりの勢いに若干身を反らした隷威琉を尻目に、紅巳は意気揚々と語る。
「咲さんはイタズラが好きな方というか、可愛らしさの中に何処か毒というか、「かわいい」だけでは言い表せない魅力のある方ですから、そのような魅力のある方の旦那様なら、きっと同じくらい魅力的なのではと思いまして。その魅力を形にするなら、このような絡繰仕掛けたっぷりの装身具の方が、咲さんは好まれると思ったんです!!」
「……てんちょー、レイルさん引いちゃってますよ」
物凄い熱弁に気圧される隷威琉を見かねて、クヴァレが助け舟を入れる。すると紅巳は「あら」と我に返り、照れくさそうにはにかんだ。いやはにかまれても困るのだが。
隷威琉は「はぁ」と息をつくと、二連簪を見遣る。マゼンタの石と、薄紫の石が雨露のように垂れ、それに連なる蒼の石がとても涼やかな印象を与える。そして「二連簪」と言われる所以であるチェーン(繋ぎ)部分にも、遊び心が溢れていた。
「これだけのチャーム、よく見付けましたね」
「私に出来ないことはないのですよ。……お店から出ることを除いて」
音符、ベル、バイオリン等々。咲霧の「旦那」を象徴するチャームが全部で5つ均等に並び、小さいながらもしっかりと、その存在を主張している。
「お手に取ってみますか?」
「……いいんですか?」
下手に触れると壊してしまいそうなので、紅巳が組み替えるのを眺めていたら思いもよらない言葉を掛けられた。ニコニコと上機嫌な笑顔に聞くと、「ふふふっ」と更に上機嫌な声が帰ってくる。
「いやでも、下手に触ると壊しそうだし……」
「うぅん、それもそうですけど……」
何か思うことがあるのだろう。口を噤み、何事かをもごもごと呟く紅巳。しかしひとつ頷くと、上機嫌なままに梱包用の箱やリボンを何処からともなく取り出し、あっという間に包んでしまった。
「では、咲さんからのお品物は、確かにお渡ししますね」
「ぇ……あ、ありがとうございます」
鮮やかとも言える手際に見入っていた隷威琉は、その声に「ハッ」と顔を上げる。ボーンボーンと、店内の柱時計が鳴り、紅巳は杖を一振りして、手元にあったリボンや箱をしまった。
「咲さんによろしくお伝えくださいね」
「えぇ。……落ち着いたら顔を出すよう伝えますよ」
今頃は福袋関係で忙しいだろうから。
存じてますよ、この時期は毎年です。
ふふっ、と茶目っ気のある笑みを浮かべる球体関節人形からラッピングされた箱を受け取り、店の出口に向かう。
「では、またのお越しを」
その言葉を聞くが早いか視界が揺らぎ、隷威琉は自身の事務所のある場所へと帰って行った。
「ということで、はいこれ、紅巳さんから」
ラッピングされた箱を渡すと、目の前の少女(咲霧)はにこりと微笑み、嬉しそうに声を弾ませた。
「わぁっ、ありがとうイル!! いろはさん元気だった??」
「元気過ぎるくらいに元気だったよ」
苦笑混じりに応え、店で教わった通りに簪を組み替える。次々と姿を変えるそれらに、少女はきゃいきゃいと、生娘のようにはしゃいだ。
「よーっし、これで"お楽しみ袋"作業頑張るぞーーーーー!!!!!」
「倒れないでね」
早速髪をまとめ、タオルだのチェキだの便箋だのが散らばった机に向かう。"その年の咲霧を知って欲しい"その想いから始まった「お楽しみ袋」は、ありがたいことに毎年好評を頂き、今年も多くの注文を貰っている。
「イル、梱包確認お願いねっ」
「はいはい、分かりましたよ」
長い作業になるぞ。
僕は内心呟くと、その矮躯をいっぱいに伸ばし、気合いを入れる少女から少し離れた席につき、梱包が終わった商品の確認を始めた。
~End~