天官賜福 外伝 鬼王生辰
天官賜福 晋江文学城版の外伝
鬼王生辰の翻訳です。
ネタバレされたくない人は去れ!
注釈
謝怜が大伯公(dabogong)と呼びかけられていますが、大伯公とは道教の神様で土地を守る神のことです。
翻訳すると奇妙になってしまうので、大伯公と呼びかけられているところはそのままにしてあります。
榻(ta)について
中国の家具。こんなんです。
寝台というか長椅子というか、ソファーベッドみたいな。そのまま榻としておきます。
腰帯(yaodai)について
ベルトのことです。洋装のベルトというよりも
和服の帯のほうが近いかと思うので、ここではそのまま腰帯としています。
まもなく、とある一大行事がやってくる。
この件のために鬼市はあたふたしていた。鬼たちが訳ありげにやってきて言付けられ、謝怜は驚いた。
「誕生日?」
「まさしく!」
まさしく、一体何歳なのかはわからないが、鬼市の城主である花城の誕生日が間も無くやってくる。
不意打ちをくらった謝怜はにわかに緊張してしまった。
「こ、ここここれは…今まで三郎は誕生日をどう過ごしていたのかな?」
鬼たちは我先にと口々に
「そりゃあとてもにぎやかで!」
「どう過ごすということは無いが、めちゃくちゃ騒いだ。」
「けど城主様は放ったらかしだったよなあ」
謝怜はこの一言を聞き「放ったらかしとはどういうことかな」とたずねた。
鬼たちは「城主様が誕生日を特別な日として過ごしたことはない」
「そうだ、城主さまは私らがどんなことをして見せようが全くご興味を抱かれないし、贈り物をしたって、一瞥もくれない。毎年わしらがこうやって馬鹿騒ぎしてるだけだ」
「城主様は高貴なお方で、どうも忘れっぽいところがおありだ。自分の誕生日がいつだったかなんて、これっぽっちも気にしちゃいないようだ」と答えた。
謝怜はしばらく考えて、何をするかすぐに決めた。これまで花城は誕生日を自分ごととして受け止めていなかったようだが、今回は趣向を凝らして花城を楽しませたい、と考えた。そうでなければ、花城がいる誕生日であるにも関わらず、花城がいない誕生日とさほど変わらないことになってしまう。
まず誕生日の贈り物は必須だろう。謝怜は何を贈ったら良いかよく考えていた。
鬼たちはやきもきした様子で「謝道長さんは、城主様へ何を贈るか考えてらっしゃるんですか?」と言った。
謝怜は「うん、でも恥ずかしながら、よくわからないんだ。花城はどんなものが好きなんだろう?もしあまり好みでないものを送ってしまったらどうしようかと…」と答えた。
猪屠夫が「そこまで悩むようなことですかねえ?大伯公…謝道長さんからの贈り物なら、我らが城主さまはなんだってお喜びになりますよ。」と言った。
「そうですよ。なんなら紙クズを送ったってお喜びになるに決まってます。大…謝道長さんが贈るものは、他人が贈ったものとは大違いなんですから」
謝怜は空笑いを漏らし、そういう考え方はあまりにも自惚れすぎているし、ふざけているなあ、と思った。「そういう風に言うのは良くないかな。人様に物を贈るときは真剣に選ばなければ。皆さん、何かよい案はないかな?」と言った。
どうあれ、花城は鬼市で何年もの間根を下ろしている。ひょっとすると、鬼のほうが花城の好みをよく知っているかもしれない。もし良い案が出て来なくても、頭をよく働かせれば、より適していて心のこもった贈り物は見つかるだろう。
鬼たちは口々に「あります、あります!」と答えた。
言うや否やいくつもの鶏の足やら、豚の蹄やら触手があらゆる雑多な物を手渡そうとしてきた。どれも謝怜は見たことがないものばかりだ。取り囲まれつつも心では不思議がっていた。
その中から、謝怜は特に神秘的な青玉製の小瓶を手に取り「うん?これはどういうものかな?」と聞いた。
小瓶を献上した鬼は「絶品迷情薬(最強の媚薬)です!これをほんの少し垂らすだけで中毒に陥り、あっという間に雷に打たれたように燃え上がり、薬を盛った方にたちまち入れ揚げてしまうことをお約束します!しかも体に悪影響はありません!」
「…」
謝礼は厳しい口調で、「提案ありがとう。ただ、情というのは自ずから出てくるもので、薬で惑わすというのはいかがなものかと。皆もこのような薬は使わないように」と言った。
小瓶を献上した鬼はしどろもどろになりながら「はははい!使いません!使いませんとも!実際普段もさして使ってませんよ、これはその謝道長に何を贈ったら良いか聞かれたから、というわけでは無いですよ!」と答えた。
謝怜は笑えもしなければ、泣けもしなかった。心の中では、なぜ彼らは私が媚薬を贈りたいと思うのだろうか、と考えていた。
謝怜は笑って、「おそらく、あなた方の城主殿はこのような薬は使い所が無いんじゃないかな」と答えた。
他の鬼たちは慌ててその鬼を押さえつけ、「全く、城主様が誰を欲しがろうが、薬が必要なもんかね」と口々に言った。
謝怜は内心その通りすぎる、と思っていた。そもそも彼自身が薬なんぞ使わずとも、花城を見るだけでたちまち入れ揚げてしまっているようなものだ。全くもって恥ずかしい。
恥ずかしさのあまり、顔が赤くなるのを避けるため、謝怜は続けざまに別の箱を手に取り、開けながら「これは何かな?真珠?それとも霊丹かな?」と言った。
献上した鬼は「これは得子丸です!」と言った。
「…」
謝怜はこの薬はどう使うものなのか聞きもせず、すぐに蓋を「パン!」と閉じた。どうしようもないといった様子で「これは一体何なんだ…」と言った。
どうして花城へ送るのにこんな体裁を成していないものばかり薦められるのだろうか。
しばらく一通り議論してみたところで、謝怜は参考になる意見をなに一つとして得られないことを理解した。謝怜は鬼たちに、バレないように祝賀の準備を整え、花城をめいっぱい喜ばせるように伝え、自分は改めてしっかりと考えることにした。
あまりにもこの事について深く考えすぎたせいか、謝怜の顔には「苦悩」と書いてあったのかもしれない。
この日、花城に付き添って字の練習をしていたときも、頭では一生懸命に考えを振り絞っていた。
忽然と「哥哥」と呼ぶ声が聞こえてきたため、謝怜は我に返り、首を傾げながら「何?」と返事をした。
花城は謝怜をじっと見つめ、筆をおろすと、「多分俺の錯覚だと思うけど、哥哥は何か悩んでるみたいだ。もしよかったら話してもらえるかな。三郎に解決させてくれないか?」と言った。
謝怜は少し焦ったが、すぐに厳しい口調で「筆をおろしてはなりません。さぼるとはどういうことか。筆をとって続けなさい」と答えた。
花城は、はは、と笑うと筆をとり、ゆっくりとため息をつき「バレてしまった」と言った。
ごまかせた、と謝怜は心の中でこっそり一息ついた。ところが2行ほど習字をしたところで、花城が何てことはない様子で「でも、最近の哥哥は少し変だ」と言うとは誰が予想できただろうか。
謝怜の心はまた焦ったが、表面上は努めて明るく余裕のあるフリをしながら、「うん?どこか変かな?」とたずねた。
花城はしげしげと見つめ「すごく…言うことをなんでも聞いてくれる気がする」と笑って答えた。
謝怜は微笑んで「むしろずっとこうだと思うけど。」と答えた。
謝怜はかなりの苦戦を強いられていたため、少々リスクのある方法をとることにした。
しばらく他愛のない話をしてから、最後に平静を装って「三郎、聞きたいことがあるんだけど」と切り出した。
「うん?どんなこと?」と花城は答えた。
謝怜は「どこか、何か足りないな、って思うこと無い?」と言った。
花城は「うん?何のこと?哥哥は何か足りてない?」と返した。
謝怜は「あ、いや私じゃなくて、三郎のことだよ。ちょっと聞いてみただけ」と言った。
謝怜ははっきり聞くことを躊躇っていた。たとえば、「好きなものは何?欲しいものはある?」など花城に勘づかれてしまいかねない話の類だ。そのため、どうしても周りくどくなってしまった。しかし回りくどいと言うのは、なんとも歯痒く、また心がひどく落ち着かない。
花城は「俺?哥哥は俺に足りないものなんてあると思う?」と言った。
それもそうだ。謝怜は決まりがわるい思いがした。
花城は「哥哥は俺にこんなこと聞いて何をしてるの?」と言った。
謝怜は花城に勘付かれるのを避けるために犠牲を払い、花城を力をこめて推した。花城は彼に対して一切の抵抗をしないため、「ドスン」という音とともに榻に倒れ込んだ。目を大きく見開いたが、さほど気にとめず軽く笑うと言った。
「哥哥、これは何をしてる?こんな積極的にされたら俺…」花城が言い終わらないうちに謝怜は緊張を押し殺して覆い被さり、口をふさいだ。
こうなってしまうと、花城にはもうこれ以上追求する気は無くなってしまった。いとも簡単に謝怜を抱きすくめると、身体を翻して上を取った。謝怜のどこが普段と違っているのかなんて、どうでもよくなっていた。
自分一人ではどうしても良い考えが浮かばないので、謝怜は外に助けを求めるしかなかった。まず最初に援護を求めたのはやはり長年付き人をしていたあの2人だ。
3人は人目を忍ぶような場所にあり、全く人に知られていない廃寺に潜んでいた。しばらく気まずい沈黙が続いたところで、風信が「俺を見てどうした?」と言った。
他の二人はそれでも風信をずっと見ていた。無言のまま。
仕方のないことだ。この3人の中で妻を娶ったことがあるのは、風信ただ一人だ。普通に考えれば、どうすれば意中の人を口説き落とせるか一番良く理解しているだろう。しかし、風信の顔色は暗かった。「・・・俺を見たって何の役にも立たないぞ。俺は同じ物しか贈ったことがない」
あの金腰帯のことだ。謝怜が風信にあげたことのあるあれだ。
慕情は彼がこんなことを聞かれるために引っ張って来られたこと自体を不思議に感じていた。かなり遠慮はしていたが、なかなかどうして苛立ちを抑えこむことができずにいた。また、さっさと解決したいとしか考えていなかったので、
「それで良いんじゃないか。腰帯は悪くないと思う。ならば金腰帯を贈ったら良いではないか」と言った。
謝怜は「とっくにもう持ってないよ。一つも残っていない」と言った。
慕情はさらに「今や順風満帆で、そこらじゅう廟と信徒だらけだ。適当に夢に出て何が欲しいか告げれば一本くらい調達できるだろ?」と続けた。
謝怜は「それじゃ何の意味もない。人様への誕生日の贈り物すら信徒に奉納させるのも適当すぎるだろう。」と答えた。
慕情は普段と比べていまいちはっきりしない態度をやめ、いつもの調子に戻り、「なんでそんな面倒くさいんだ?それなら自分で作れば良かろう。」と言った。
謝怜はすぐさま「それは良い案だ!でもできないよ」と反応した。
「出来ないなら習えば良い」
謝怜は「良いことを言うなあ。誰について学んだら良いかな?」と答えた。
慕情はこれ以上耐えきれないといった様子で「俺が知るわけないだろう。自分でやりたいように..」と言った。
言い終わらないうちに、慕情は他の二人の眼光が示し合わせたかのように自分に向けられていることに気付いた。
約2時間後、謝怜の手指はたくさんの刺し傷で包帯だらけになり、またその包帯は血に濡れていた。
そして、その手にはなんだかよくわからない紐状の物体が握られていた。
慕情は見るに耐えかね「なんだそれは」と言った。
謝怜はため息をつきながら「腰帯」と答えた。
慕情は「それが腰帯なのはわかっている。俺はその腰帯に縫い付けられているのは何かと聞いているんだ。そのじゃがいもみたいな模様は何か意味があるのか?」と言った。
謝怜は「じゃがいもじゃないよ!見てわからないかな?これは二人だよ!」
よりしっかりと見せるために、謝怜は指で指し示しながら、「2人の顔だよ。ここが目で、口がここにあって…」と説明した。
本当に二人の顔だと理解はしたものの、慕情は不可思議そうに「なんで腰帯に顔が2つ縫い取られているんだ?これ着けて外に出れるか?服のセンスは別にひどくないのに、なんで手作りしたとたんこんなものが出来上がるんだ」と言った。
2に続きます。