天官賜福 外伝 鬼王生辰2
天官賜福 晋江文学城版の外伝 鬼王生辰2 の翻訳です。
ネタバレされたくない人は去れ!
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謝怜にもどうしようもなかった。実際のところ、家の修理だとか、井戸掘り、左官などは得意でしかも早くてうまい。しかしどちらかといえば女がするような家事となるとてんでダメで、針仕事や台所仕事は全くと言っていいほど手が言うことを聞かなかった。
謝怜は包帯でぐるぐる巻きにされ、まるでちまきのようになってしまった両手をチラリと見た。痛くはないが、進みは遅い。どうしようもない、といった様子で「・・・やっぱりちょっと変えようかな」と言った。
しかし物は既に出来上がってしまっていて、どこをどう変えたらいいのか。せいぜい2つの顔の周りに花びらを足すぐらいしかできず、バカっぽい顔をしたお花が2つ仲良しこよししている図になった。
風信と慕情の顔付きは殊更ひどくなった。
慕情の額には青筋すら浮かんでいた。
「俺は豚が相手でもちゃんと教えられるぞ。何でこんな不器用なんだ?自分で自分の手を縛ったのか?」
風信は「お前がいつ豚に教えたんだ?全く、口をひらけばデタラメばかり言いおって!」と言った。
慕情は全く意に介さず、謝怜に「もういい、やっぱり諦めろ。この方面の才能は一切無い。」と言った。彼が謝怜にここまで言うのは珍しく、「この方面の才能は一切無い」と聞いた途端、むしろ元気になった。
風信は聞くに堪えず、「少しは口を慎んだらどうだ?さっきから殿下を褒める言葉が一つも出てきてないぞ。ただ服を着るのと、自分で作るのとではまた話は別だろう!それに言うほどひどくは無いではないか。少なくともこの腰帯は身につけられる!」と言った。
慕情は「そうかよ。じゃあこれはお前にやる。身につけて外出できるってなら平伏してやるよ。」と言ったが、風信が返事をする前に謝怜は急いでそのおかしな腰帯をしまい込み「使えない使えない。これはやっぱり自分で持っておくよ」と言った。
こんなもの、本当に贈りものにしようがない!
風信と慕情はこれ以上手助けのしようがなくなってしまったので、謝怜は他へ助けを求めるしかなかった。
「贈り物?太子殿下、私にそれを聞いて正解だよ。あの時を思い返すと・・・うーん、私が見たことがない珍しい宝物なんてあったかな。」
2人は街中にしゃがみ込んでいた。師青玄はボサボサの頭を揺らしながら、興味津々、と言った様子だった。まるで立板に水を流すかのように饒舌なさまは、誰が見てもすぐにその筋の玄人とわかる。
謝怜はますます教えを請いたくなった。師青玄は、淀みなく「まだ持ち主のいない珍しいお宝はあることにはあるよ。けどもし取ってくるとしたら、かなり苦労はするだろうね。」と言った。
謝怜は「それなら大丈夫だ。それに私の希望にも適っている」とすぐさま答えた。
より貴重な物であればあるほど、心を込めた贈り物と言えるのではないだろうか。一番良いのは世界で最も手に入りにくく、まだ誰も挑戦が成功したことがない貴重な宝物だ。それが花城のためであれば、その意義は更に大きいものになる。花城にちょっと眉を吊り上げさせて、口角を上げてもらいたいだけ。謝怜の心は期待でさらに高揚し、何としてもやってみたい、という気持ちで溢れていた。
師青玄はしばらく考えてこう言った。
「星天壺!太子殿下も聞いたことくらいは有るのでは?この壺は本当に貴重で、この壺を夜に見てみると、中の美酒に満天の星空と月が逆さに映る、という仕掛けだ。しかも天地日月の霊気を吸い込んでくれる。風雅なだけでなく、大いに・・・」
謝怜は話を聞けば聞くほど、どうも不吉な予感が強くなっていき、ついには話を遮って「ちょっと待って」と言った。
「どうしたの?」
謝怜は大きさを表しながら「青玄、さっきから話しているのは、もしかして大体これぐらいの大きさの黒玉の小さい壺のことかな?その黒玉には細かく砕いた星の光が散りばめられてない?」と言った。
師青玄は驚き「あれ?何で太子殿下が知ってるの?見たことある?」と言った。
「・・・」
見たことがあるどころか、先月水を汲んで飲もうとした際に、手を怪我しているのを忘れていて、しっかり持っていることができずに、うっかり落としてそんな感じの壺を壊してしまった。
花城がすぐさまやってきて、手の怪我について聞かれたものの、その時はその壺があまりに綺麗で風変わりだったため、花城にどうしよう直せるだろうか、と聞いたが花城は大したことじゃない、ちょっとした遊びの品だと、ろくに見もせず配下の物にその壺の破片を片付けさせ、謝怜を掴んで手当をしに行ってしまった。
今思い返すと、もしかして壊してしまったアレが師青玄の言う貴重なお宝の壺だった?!
謝怜は少々動揺した。しばらくして「これは・・・余り適さないかもしれない。別のものにしよう」と言った。
「あ、うん。」
師青玄は理由がわからず、頭を掻きながらしばらく思案してこう言った
「じゃあこれならどうかな。八荒筆!この筆はすごいんだよ。筆先は妖獣の霊尾と呼ばれる尻尾の先からできていて、持ち手は玉竹精の先端の枝からなっていてね、文字を書いていないときには・・・」
謝怜は「碧玉竹の葉っぱ?」と聞いた。
師青玄は「そうだよ!太子殿下、どうして知ってるの?これも見たことある?」と答えた。
見たことないわけがない。その筆は花城が毎日習字に使っている。しかも花城は字が汚いのを筆のせいにして、さして使ってもいないうちに地面に放り投げてしまう。時には蹴り飛ばしてどこかへやってしまうこともある。謝怜はしょっちゅうそのかわいそうな筆をあちこち探しては、拾い出して拭いてから片付けている。
「・・・」
謝怜は再び「これも適していないかもしれないなあ。他のにしよう」と言った。
師青玄は続けて7つか8つの案を出したものの、謝怜はその世にも珍しいお宝というのが、いずれも聞き覚えがあり、また悲惨なことになっているものばかりであることに気づいた。
花城が足をかけている腰掛ではない、もはや敷物だ。彼の手にかかってしまうと、手すさびではなく、どこかへ追いやられて失くされてしまう。
よく考えてみればそうだ。花城が見たこともなければ、手にすることもできない貴重で珍しい宝物なんて、はたしてこの世にまだ存在するだろうか。
そんなわけで鬼王への誕生日の贈り物はこの方向性でも行き詰まってしまった。
謝怜は慌てふためいて、手当たり次第知り合いに助けを求めた。聞ける相手ならとにかく聞いて回った。権一真は金の延べ棒をしこたま渡すことしかしないが、花城は金には全く事欠いていない。裴茗は女向けの物しか頭にない。もし男に物を贈るなら、と聞いては見たものの、まともな答えは得られなかった。霊文はというと変わらず上位神官として力を保っていた。上天庭を今更彼女なしで回すことは到底無理なため、少なくとも牢屋暮らしでは無かった。ところがあまりにも回ってくる仕事が多く、公文書を批准にかける以外の些事については全く疎くなってしまっていた。牢屋で静かにしている方がマシなくらいだ。
あちらこちらに助けを求めたものの、目ぼしい成果は得られず、ついには花城の誕生日まであと2日というところまで来てしまい、謝怜はついに打つ手が無くなってしまった。
一晩中険しい目つきで考え込み、目は充血していた。夜がまもなく明けようとしている頃になって、謝怜はようやく何を贈れば良いか思いついた。
考えがまとまると榻から起き上がり、隣で大人しく寝息を立てている花城を見た。
花城の髪は烏のように黒々と光輝き、長く濃いまつ毛は漆のようだった。目は固く閉じられ、その目を一つ失っていることは見て取れなかった。美しく整った顔立ちに生まれ持った攻撃的な雰囲気を漂わせていたが、今は固く閉じられた瞼に遮られて幾分弱まり、穏やかそうに見える。
謝怜はつい思うままに右手を差し出し、花城の顔をそっと撫でた。
これでは起こしてしまうかもしれない、と続けて撫でるのを躊躇い、手を引っ込めた。
榻から降りようとしたところで、まさか腰をしっかりと捕まれ、片腕で引きずり戻されてしまうとは誰が予想できただろう。
気だるげな調子で「哥哥こんな朝早くにどうしたの」という声が背後から聞こえてきた。
やっぱり花城は起きてしまった。
花城の声は低くわずかに掠れ、まだ半分夢の中にいるようだった。
謝怜はあえなく花城に引き戻されてしまったが、心を強く保ち平静を装って「うん、祈願があったんだ」と答えた。
花城は謝怜を包み込むように抱き寄せ、耳にキスをすると「まだ空も白んでないのに、誰だよこんな朝っぱらからわざわざ廟まで拝みに来るなんて。そこまで耐え難いのか」と言った。
邪な心があるせいだろうか、謝怜は耳元で彼に囁かれると、顔が熱くなってしまう。
「ついさっき来たわけじゃないんだ。ずっと後回しにしていて・・・」と言った。
話しながらこの姿勢は正気を保つのが難しいと思い、起きあがろうとしたところ、花城も彼の後に続いて座った。後ろから首に腕を絡め、頭を肩にもたれかけている。
「今までずっと後回しにしてたんだから、もう少しぐらい後にしたって大したことないだろ?哥哥は昨晩だいぶ疲れてるし、やっぱりもう少し休めばいい。」と言った。
謝怜はまとわりつく手と甘い誘い文句に打ち勝つのにかなりの努力を要した。相当無理をしながら「私は・・・既に大分後回しにしてしまった。これ以上後回しにはできない。」と答えた。
花城は「じゃあ、俺が一緒に行こうか?」と言った。
謝怜は慌てて「大丈夫だよ。そんなに時間はかからないと思うし、ちょっと行ってすぐに帰ってくる。花城は休んでいたらいい。」と答えた。
花城は「本当に俺が行かなくていい?」と言った。
謝怜は「本当に大丈夫だ。来てはいけない。絶対、絶対に一緒に来ちゃだめ!」と答えた。
花城はわずかに目を見開き「何で?」と言った。
「・・・」
謝怜はしばらく息をつまらせ、勢いよく向き直ると、花城の肩をつかんで両目を真っ直ぐと見据え、とても厳しい口調で「習字をしなさい」と答えた。
花城は無垢な子供のような表情で謝怜を見つめ、目を瞬かせた。謝怜は心苦しく思いつつも「今日は絶対に觀に一日籠って習字をしていなさい。帰ってきたら確認するからね。」と言った。
花城はさらに純真無垢な表情になり、頭を傾げたものの、大人しく素直に「うん」と答えた。
謝怜はどうにかこうにか対処すると、転がり落ちるように寝床から這い出た。花城は塌の上で胡座をかきながら、慌てて逃げていく背中を見送ると、笑って両手を枕の横に添えて横になってしまった。
謝怜はまず荒れ果てた荒野に行くと、探していたものを手にし、そこから銅炉へと向かった。
2はここまでです。