天官賜福 外伝 鬼王未梳妆2
晋江文学版 天官賜福 外伝 鬼王未梳妆2の翻訳続きです。
ネタバレされたくない人は去れ!
謝怜は笑えもしなければ泣けもしなかった。
昔こそ一国の太子(王子)で豪奢なものだったが、花城のように宝物に少しの尊厳も与えないということはなかった。
しばらく考えて謝怜はまたたずねた。
「この玉骨はそう簡単に作れるものでもないでしょう?どうしてこれをくれたのかな?」
「哥哥、当ててみて」
謝怜は笑いながら「ぶん殴ったとかじゃないよね」と言った。
花城も笑い出して「そんなことするわけない。哥哥,俺をどんな悪人だと思ってる?三郎は誰彼構わず殴るなんてことはしないよ。話すと笑えてくるな。これは確かに天然の璞玉だけど、ずっと精巧な彫琢を施してもらいたくて、長いことその筋の匠を探してたんだ。誰かの手を借りて自身を絶世の逸品にしたい、ってな。」
謝怜は興味深そうに「天然璞玉は、清水芙蓉の品だ。すでに天性の美を持ち合わせているじゃないか。なのになぜさらに彫琢を?」
花城は「人には志があるように、妖にはそれぞれの品があるのさ。そいつらはくたばってこそ美しいと思ってる。他人にはどうしようもない。
そいつのダチに崑崙山の泉からなった泉聖ってやつがいて、毎日そいつを自分に当てて鏡で見せてやってもうん、と言わなかったんだ。要するにそのあと、やっと納得のいく職人が見つかったってことさ。」
「本当に腕が立つ人だったかい?成功したのかな?」
「その職人の腕は確かだった。でも残念なことにうっかりで失敗した。」
「ああ……台無しに…?」と謝怜は同情したように言った。
「うん。歪んだ。」
その職人は失敗したと言える。しかしそれだって職人の手による名品には違いない。ところが千歳玉精にはとてもそうとは思えず、この千年もの修行の意義が消え失せてしまった。天が崩れ、地面が裂けるようだ、と感じた。
ならば、とその場で白玉を壊し、命をも絶ってしまおうとまでした。そこへ崑崙山の泉聖が現れてそれを食い止め、千歳玉精にとある提案をした。
「これならいっそのこと、噂の絶境鬼王血雨探花を探したほうがマシじゃないか?聞いたところによると、鬼市に売っていないものはなく、また探せない人もいない、とのことだ。やつは相手が神官でも遠慮なくぶん殴る。方法はわからないけど、当たってみて、助けてもらおう。」
謝怜は大声で笑って「それで探しにきたのかい?刀でやってあげたのかな?」と聞いた。
花城は手に持っていた箸を放り投げ「刀をちょっと振って、手助けしただけさ」と言った。
謝怜は微笑んで「じゃあ、その千歳玉精はすごく満足したみたいだね。そうじゃなかったら、玉骨の一部をくれるわけがない。やっぱり刀を使わせたら三郎こそ本当の匠だね。どんなふうに修正したのか、すごく見てみたいよ」と言った。
花城は「哥哥がみたいなら、話は早いよ。でも、哥哥はまだ俺からの問題に答えてない」と言った。
謝怜は戸惑ったように「なんの問題?」と答えた。
花城は指に髪を巻きつけて、まるで何でもないような様子で「どう?」とたずねた。
謝怜はさらに戸惑い「なにがどうなの?」と返した。
「…」
花城は謝怜を見つめ、明らかに真剣になり「哥哥,俺のこの感じどう?」と言った。
謝怜はそのとき突然悟った。
花城の言っていることは、さっき自分がぼんやりしていたときに聞かれたことだ。つまり「俺のこの感じどう?」とは、「俺かっこいい?」と聞いているということだ。
謝怜はとても誠実に「すごくかっこいいよ。三郎ほどかっこいい人にはこれまで出会ったことがない。うん。」と答えた。
少し考えてから更に「けど…」と言った。
花城は秒で「けど…何?」と反応した。
謝怜は少々申し訳なさそうに「けど…三郎、その顔を使わないことってできるかな?」と言った。
そう言ってから、錯覚かもしれないものの、花城は少々固まってしまったようだった。
しかしすぐに笑い、「殿下は俺のこの顔があんまり気に入ってない?」と聞いた。
謝怜は慌てて手を振りながら「気に入ってないとかでは当然ないよ。ただ私は…」
謝怜が次の言葉を探しているうちに、いつの間にやら花城はまた姿を消してしまった。
謝礼はびっくりして立ち上がり、「三郎?!」と言った。
どうしてまた跡形もなく消えてしまったのだろう、と辺りを見渡すと、花城は消えたのでなく、変化したのだとようやく気付いた。少年の花城が元々座っていたところに、11歳ほどの小花城が静かに大人しく座っていて、小さな白い顔で彼を見上げていた。
謝怜は笑うことも泣くこともできなかったものの、自身の手はつい彼を抱き上げずにはいられなかった。左右の小さな三つ編みを少しひっぱりながら、「三郎、何してるの?今日は一日中変化してばかりだね。大きいのが小さいのになって、今度は小さいのがより小さくなってるじゃないか」と言った。
花城は悶々とした様子で「哥哥,この感じは?」とたずねた。
謝怜はわけがわからず「この感じって何が?一体何を言っているんだい?」と答えた。
小花城は顔を肩に埋めながら、「この感じもダメなら、俺は本当にどうしたらいいのかわからないよ」とつぶやいた。
謝怜はしばらく困惑していたが、突然どういうことだったのか、全てを理解した。
そして「あぁ!」と言い、「バカだなあ…」と漏らした。
花城は「殿下、何を言ってるの?」と聞いた。
謝怜は悔しげな様子で「違うんだ、私は自分のことを言ってるんだよ。どうして私はこんなに愚かなんだろうって」と答えた。
今度は花城が謝怜が何を考えているのかわからなくなってしまった。目をぱちくりさせながら、「殿下…あの…」と言いかけたところで、謝怜は遮り「さっき私が言った、この顔を使わないことはできるかな、という話なんだけど、つまりは今朝の様子をもう一度見せてくれないかな、ということだよ」と言った。
花城は目を見開いた。
彼は謝怜が何を理解したのか知る由も無かった。
今朝方、謝怜が花城を驚かせて起こしてしまったときの、最初の反応は顔を掴んだことだった。
その時掴んだのは顔の右半分だ。
つまりこういうことだ。花城はその時顔を掴んだわけではない。実際は失った右眼を掴んでいたのだ。
だいぶ昔、彼らが菩荠村で出会った頃のことだ。二人が菩荠觀で夜を明かしたとき、花城がこんな話をしたことがある。自身の顔は恐ろしくみっともない。しかし男にとって容貌はとても大事だ、というような話だ。
その時は「恐ろしく醜悪な顔」だなんて荒唐無稽すぎて可笑しい、と多少思った。思いが通じ合ったあとは、謝怜が彼に対してどう感じているかはわかってもらえている、と思っていたので、このことは気にも留めていなかった。
まさか花城がそんなふうに考えているとは思いもよらず、謝怜は軽く咳ばらいをしてから、
「今朝のあの顔についてだけど…私はその…ねえ、早く変化して見せてくれないかな?」と言った。
花城は顔色が少し変わり、頭を背けて「あんな話にならないような顔、また哥哥に見せられるわけがない。」と言った。
「話にならないだなんて、そんなわけないでしょう、どうしてそんな風に考えるんだい?」
花城はどうしても嫌がってしまい、謝怜は「それじゃあ、少年に戻ってくれるかな?これなら良いでしょう」と言った。
花城を下ろしてまもなく、16歳ほどの少年の姿に変わった花城がその場に座っていた。
謝怜はため息をつきながら、「今朝、慌てて部屋を出て行ったあと、この顔に変わったかと思いきや、やけに派手な行動をしたのは、早く私にあの時の顔を忘れさせたかったから?」と言った。
花城は何もしゃべらなかった。
謝怜は何も言わないと言うことは、当たりだと確信した。
どうりで。
どうりで今日は少年の姿でやたらとめかし込んで、更には妖怪との戦いではものすごく派手な戦い方をして、謝怜を目眩がするほど圧倒させたわけだ。
すべては謝怜に寝ぼけているときにうっかりあの失った眼を見られてしまったためだ。
花城は謝怜の頭に残っているあの姿をどうにかこうにか華麗で綺麗なもので押し潰そうとしていた。なぜなら謝怜に本来の自分の姿を覚えていてほしくなかったから。
片方の目を失い、それを隠すものもない。
謝怜は美しく着飾った少年の姿のことはさほど気に留めておらず、むしろあの髪もぼさぼさなびっくりするような姿がずっと心にあった。しかしそんなことを一体誰が知り得ようか。
ついに花城は必殺技「子供に変身」を繰り出すしかなくなってしまった。
謝怜は心が痛んだが同時に可笑しくもあった。
「こんなことをする必要はないんだよ。三郎、私に見られたからってどうってことないだろう」と言った。
花城は「醜い」としか言わなかった。
謝怜は困ったように「醜いわけないでしょう。全く、鏡を見たことがないのかい?・・・もう!いいや!」
考えれば考えるほど焦ってしまい、ついには勢いよく「本当のことを言うとね、私が今朝覗き込んだまま固まってのは他でもなく、三郎がかっこよすぎて見惚れてたからなんだ!」と言った。
「…」
自分では美しいとは思っていないところを受け入れるのはとても難しい。謝怜は言い終わると顔が真っ赤になっていた。長年にわたる清らかな修行の日々は一体どこに行ってしまったのだろう、と恥ずかしく感じていた。
しかしそれでも恥を忍んで「…それに、私はこれまでにあんな三郎を見たことがなかった。もっと見たかったんだ。それにあれは三郎の本当の姿だ。」
「他の姿をしていようと、少年の姿をしていようとどれだってすごくかっこいいよ。どれもすごく好きだ。だけど私にとっては他のどれとも違うんだ。それが本来の姿だから」
「特に着飾ってない姿も見たいし、やることがなくて暇そうにしている姿もみたいし、こっそりサボっている姿もみたい。…本来の姿ならどれだって見たいよ」
謝怜は自分でも何を言っているのかわからなくなっていた。心のうちを思うがまま、一気に話したものの、花城は何も言わなかった。
やっとのことで、喉をつまらせながら「あんな・・碌に体裁も保てていないようなところを…」と言った。
謝怜はすぐに怒ったように「どうしてそんなことを言うんだ、一体何が体裁を保ってないというんだ!」と言った。
髪はぼさぼさで、服もだらしがなく、1番大事な眼帯もつけていない姿は、花城にとって耐え難いことなんだろうな、と考えたところで、謝怜はやさしい声で「どうしてそんなに体裁の良し悪しにこだわるかな、それを言うならその・・・えっと・・・あの・・・」
謝怜はしばらく押し黙ったあとにこう言い放った。
「毎日私にしていることって、そんな体裁保ってるかな..……」
「・・・・・・・・・・」
謝怜は真っ赤になって今にも泣き出しそうになっていた。花城の服の袖をきつく引っ張りながら、小さな声で「私は本当に本来の姿がかっこいいと思ってるんだ。どうしてこんな風に誤解しているのかな。私のどこが誤解させてしまったんだろう」と言った。
花城は謝怜を見つめ、深く息を吸うと謝怜を懐へと引き寄せ、強く抱きしめて「殿下!」と言った。
花城があまりに強く抱きしめるので、謝怜はなかなか頭を出すことができなかった。肩越しにやっと目だけを出すと、背中をぽんぽんとやさしく叩き、「良くなった?」と言った。
花城は低い声で「殿下、どうかそんなに気を落とさないでくれ。俺が間違えていたんだ。あなたを焦らせてしまった」と言った。
謝怜は首を振り、低い声で「いや、私の間違いだ。もっと早く君の心情に気付くべきだった」と言った。
花城は「殿下は永遠に悪くない」と言った。
一呼吸おいてから、「さっきの話、あんなふうに俺に言ってくれたのは、今までであなたしかいない」とも言った。
謝怜は不思議に思い「私は信じないよ。そんなはずないだろう。小さい頃に可愛いね、と言われたことくらいあるだろう。」と言った。
鬼になった後は外見を重視する人がいなかったし、絶になってからは外見のことを評論の一つに加えようとする者がいるはずがなかった。しかし子供時代であれば、見た目を褒めてくれた人が多少はいるはずだ。
小さい頃に人から嫌われて、泥まみれの猿のようになっていた半月ですら、自分に真剣に可愛いと褒められたことがある。
しばらくして、花城は軽く笑い「あるよ」と言った。
謝怜は安心し、笑いながら「だから言っただろう」と言った。
心の中では本当に良い人がいて良かったと、大いに感謝していた。しかし花城は、ゆったりと落ち着いた様子で、「その人はあなただよ。殿下」といった。
「えっ?!」
花城は彼を離し、とても傷ついた様子で、「殿下、何も覚えていない?あの時直接俺に言ったんだ、目がこんなに大きいし、とてもかわいい、って。やっぱり俺を騙していたんだね」
なぜかはわからないが、顔を赤くするようなことではないと分かりきっているのに、謝怜は顔を赤くしたくなった。何かに抵抗するように手足をバタつかせ、花城を押し返すと「言った。本当のことを言ったんだ。騙してない。ただ・・・」
ただあまりにも遠い昔の出来事だ。どんなに努力して思い出そうとしても、ぼんやりとした尻尾を少し捕まえる程度しかできない。その子供のことは覚えていたものの、こんな話をしたかどうかは覚えていなかった。本当になんとなくそう言っただけなのかもしれない。
しかし今となっては後悔のあまり気が咎める思いだった。もっとたくさんそう言えば良かった、もっと真剣にはっきりと伝えていたら..
花城は脚を組んで頬杖をつくと「冗談だよ。でもあの時、殿下は俺を騙していると本当に思ったんだ。あなた以外の人はみんな俺を、醜八怪だの、小妖怪だのと罵っていた」
謝怜は心が苦しく、花城を再び抱き寄せた。「その人たちは碌でもないことを言っているんだ。そんな話、覚えていなくていい」と言った。
花城はハハハ、と大笑いし「そりゃそうだ。その後すぐ俺はわかったんだ、なんで俺はこんな奴らの言うことを信じているんだ?って。ゴミに碌でもないことを言う以外に何ができる?太子殿下が言うことこそ正しい。殿下が言えば全て真理になる」
「...」
花城はにっこりと笑いながら「本当さ。もし殿下が太陽は私が一人で支えている、と言えば俺は受け入れるし、信じる。」
「...」
花城は柔らかい声で「殿下はなんて言うかこう、人に有無を言わさず信じさせてしまう気概があるな。」と言った。
「...」
また始まった。
謝怜もどうしてかはわからないが、花城と話しているとどうも、最後には恥ずかしくて腹立たしくて、死んでしまいたくなるような結果になってしまう。謝怜は顔を覆うと、隅っこの方に小さく縮こまって「三郎ってば..」とうめき声を上げた。
耳を赤くしながら「私は本当に真剣に慰めているのに、どうしてこうなんだ」と言った。
若かりし頃の格言だの、光り輝く逸話を人から提起されるのが一番苦手だとはっきりわかっているくせに。
にも関わらず、花城はさらに慰めようと追い討ちをかけ、「哥哥,俺だってすごく真剣だ」と真っ直ぐに言った。
花城の手足が長く、謝怜は押し返そうにも押し返せないまま、無言で向き合っていた。最後にはどうでも良くなってしまい、「わかった、わかったよ。私が言えばなんでも正しいんだろう、全て信じる、そう言うことだろう」と慌てながら言った。
花城は嬉しそうに「うん」と言った。
謝礼は立ち上がり「だから、今日話し合った今日の出来事については、必ず私を信じなさい」と言った。花城の両肩を掴み、真っ直ぐとその両目を見つめ、確かな口調で心の声を口にした。
花城は微笑し、目を閉じてまた開くと、彼の目は片方だけになった。
もうこれからは偽の顔を使わなくてもよい。長い髪が空洞となった眼を覆い、凄みと艶を与えていた。
謝礼は花城の隻眼をじっくりと見て、失った目もじっくりと見た。手を伸ばし、垂れ下がった髪をかき分けた。
首を傾け、近づいて行った。
ここ最近、三界人士は皆肝を冷やしている。
肝を冷やしている原因について、あの絶界鬼王血雨探花以外にあるだろうか。
具体的にはこうだ。
血雨探花の最近の動向の話ではない。ただ、最近ずっとあの鬼王顔のままなのだ。つまり長い髪をそのまま垂らし、眼帯をつけたあの顔だ。
血雨探花について話すと、以前はしょっちゅう顔を変えていた。毎回出てくるたびに顔が新しいものに変わっている。その顔が気に入らないのか、はたまた単に飽きっぽいのかはわからない。しかし最近はずっと鬼王顔のままだ。
何?それが肝を冷やす原因と何の関係があるかって?
もちろんある!その顔をしている時とは、つまり最も手に負えない時だからだ。
文神を罵り倒した時、武神を殴り倒したとき、三十三の神官廟を焼払った時、どれもこの顔に変えてからやらかしたことだ。
最近、血雨探花が太子殿下と一緒にいるときは、ずっとこの顔をしている。しかもやけに得意で、随分と楽しそうなご様子で、また誰か酷い目に遭うのではないだろうか…。
参った...各位、三界の危機が迫っている。どうやらまた生臭い風と血の雨が禍をもたらすぞ...
この手の噂を耳にしつつも、隣で九丈妖獣の頭を踏みつけて、満面の笑みを浮かべている花城を見ると、謝怜は一言だけ言いたくなる。
どうしてみんな、こんな簡単なことを随分と複雑に考えてしまうのだろう。
「血雨探花が本来の顔になっているときは、本当になんでもやり遂げられる、三界のトップ」だという事実をどうしてきっぱりと受け入れられないのだろう?
終わりです。