天官賜福 外伝 鬼王生辰4

天官賜福 晋江文学城版の外伝 鬼王生辰4の翻訳です。
ネタバレされたくない人は去れ!





ここから


花城は彼の手を抱えながら、今にも震えそうになっていた。普段はどんな時でも美しく涼しい顔をしている花城も、この時ばかりは狂ったような焦りが顔中に広がっていた。謝怜はまるで金槌で心臓を打たれたかのような痛みで、ついには体を支えきれず、気を失ってしまった。

気を失う前、彼の頭は「すまない」という言葉でいっぱいだった。

今日は花城の誕生日だと言うのに。

一体どのくらい時間が経ったのだろうか、謝怜は突然眼を冷ました。まだいくらも息を整えていないうちから、ぼんやりと天井を見渡し、心の中で「ここは・・・・千灯観?・・・私はどうしたのだろう、寝てしまったのか」と思った。頭はまだはっきりしていなかった。

何となく眼が覚めてくると、突然手を握られるのを感じた。花城の声がほんの指一本分くらいの距離から聞こえてきた。「殿下?」

謝怜が頭を上げると、花城の顔や眉間のあたりからこの上なく心を痛めている様子が見てとれた。ぼんやりと花城を見つめ、口を開こうとした時、またもや激痛が心臓を襲った。

この時、しっかりと眼が覚めた。体を弓のように折り曲げ、五本の指で胸の辺りの肉を掴んだ。あまりに強く握りしめている様は、まるで自分の心臓を生きたまま抉り出そうとしているかのように見えた。花城はすぐさま謝怜の腕を掴んで広げさせ「殿下!」と言った。

もし花城が腕を掴むのが遅かったら、謝怜の心臓のあたりには五つの濃い痣ができてしまっただろう。
すると突然声が聞こえてきた。

「これはちょっと様子がおかしいぞ!まずは彼を放すんだ!」

そこには慕情が立っていた。花城は「もし手を離して、彼が自分で自分を傷つけてしまったらどうするんだ?!」と言った。

すると風信の声が後に続き「私が彼を押さえていよう!まずはどう言うことかはっきりさせなければ、この痛みは治らん!」と、言った。

謝怜は体を折り曲げながらも、片腕を掴まれているのを感じていた。この言葉を聞いた花城は、少々体を硬らせたが、腕を離した。

不思議なことに、彼が謝怜を離すと痛みがさっぱり消えてしまった。謝怜は多少なりとも動くことが出来るようになり、体の向きを変えようとしたところで、慕情と風信が塌のそばに立っていることに気づいた。大方、どう言うことかたずねたいがために呼ばれたのだろう。花城は少し離れた場所から一心に彼を見つめていた。

ちらりと彼を見た瞬間に、またもやあの激烈が痛みが謝怜を襲った。慕情は謝怜の様子を見ると顔色を変え、花城に向かって「もっと遠くに立て!どうも貴殿が近づいたり、眼に入ったりすると痛むようだ!」と言った。

花城はこの言葉を聞くと体を硬らせ、顔色には言葉で表現できないような恐怖の色を浮かべたものの、すぐさま体を翻して部屋の外へ出て行った。

謝怜の視界から消えると、謝怜のあの激痛はやはりピタリと止んだ。痛みに何度も襲われ、謝怜は今にも発狂しそうになっていた。息も絶え絶えに苦しげな様子で「これは・・・一体・・・・どう言うことなんだ・・・」と呟いた。

慕情と風信は花城に会いに行くために動くことがないよう、両側から彼を抑えこみながら「どう言うことなのかはこっちが聞きたいですよ!一体何をやらかしたんです?絶対何か良くないものを引き連れてきたに決まってる!」と言った。

謝怜は「・・・・もし私が何か良くないものを引き連れてきたなら、なぜ私は自分でそれがわからないのか?」と言った。

ましてや花城も調べたのだ。慕情は「ここ数日、どこか奇妙なところへ行ったんじゃないんですか?」と言った。

謝怜は「ここ数日で私が訪れたのは、銅炉山と、国師墓のみだ。」と答えた。

慕情は眉間に皺を寄せ、「何?国師墓?どの国師墓です?」と聞いた。

花城は部屋の外に立っていたが、もうわかったようで「芳心国師墓?」と言った。

謝怜は「三郎、やっぱり入ってきてくれないかな・・・」と言った。

花城の低く落ち着いた声が外から聞こえてきた。

「殿下にはここでしっかり体を癒してほしい。俺が見に行く」

謝怜は「私も行く!」と答えたが、体を起こしたところで、またもや痛みのため倒れ込んでしまった。花城は先ほどの言葉も言い終わるか言い終わらないかのうちにどうやら行ってしまったようだった。謝怜は再びどうにか起きあがろうとしていた。慕情は「動き回らないでください!もう歩くことすらできないでしょう!」と言った。

謝怜は二人から両腕で抑え込まれてしまってもまだ足掻いていた。「痛くなったことがないわけでもない、何度も痛みを経験するうちに慣れるだろう」と言った。

痛いことが理由で花城に会えないなんて耐えきれなかった。

しかし慕情は「貴殿は痛いのを望んでいようと、あなたの三郎はそれを望んでいない」と述べた。

謝怜はしばらくぼんやりとした。彼が痛みのあまり気を失いそうになっていた時の花城の表情や、先ほど花城が近づいてきた時に、自分が痛がってしまった時の表情はどうだったかを思い出していた。すると呼吸が一瞬止まり、またもや心臓が張り裂けそうな程の痛みに襲われ、顔面蒼白になった。風信と慕情はこの様子をじっと観察していた。風信は愕然とした様子で「血雨探花はもう行っただろう?なんでまだ痛いんだ?」と言った。

慕情はすぐに事情を察したらしく、「もしや先ほど、頭の中は彼のことでいっぱいだったんじゃないですか?」と聞いた。

謝怜はしばらく歯を食い締め、やっとのことで「じゃあ・・・・まさか・・・・考えることすらできないのか?」と言った。

慕情は「もう考えないでください!どうやらこの発作はだんだんひどくなってきているようだ。考えれば考えるほど辛い。水を持ってきましょう」と言った。

謝怜は頭を振る力すら残っていなかった。慕情は立ち上がって、水を汲みに行くと、謝怜は眼を閉じて、無理やり自分を落ち着かせようとした。しかし平静になればなるほどまた心配になってしまった。一体どんな邪がついてきてしまったのだろうか。二人がそれぞれ違うタイミングで調べてもわからないような代物で、花城が一人で行ってしまったことがあまりにも心配だった。
この時慕情が手に蓋つきの湯呑みを持って戻ってきた。それは雪のように白く雅な湯のみ
で、花城が最初の夜に使っていた物だった。謝怜は再び顔から血色が消え失せ、横になり喋らなくなった。慕情はこの様子を見ると、また心をどこかに飛ばしたな、と理解した。これではこの手にあるお茶を手渡すことすらできない。

顔色を暗くして「どうして何でもかんでも彼と結びつけるんです?死にたいんですか?」と言った。

謝怜は「こんなの私が自分で自分を抑え切れるわけがないだろう?」と言った。

もし誰かを恋しいと思いたくないから、と本当に誰を想うこともなくなるのなら、この世のあらゆる煩悩や苦しみは存在しない。

慕情は「ならばいっそぶん殴って気絶させますか。どうせ自分の脳みそすらもロクに制御できないんですからね」と言った。

しかし、過去に謝怜の付き人をしていた風信は絶対に謝怜を殴打することはできない。また、他人が彼の目の前で謝怜を殴ることも許すはずがなかった。
すぐさま「いやだめだ!やはりここはしばらく雑談を続けて、意識を他に逸らすべきだろう。それならばいつまでも血雨探花のことを考え続けられないだろう」と言った。

慕情は「俺と彼が一体何について話すと言うんだ?何を言ったところで、血雨探花のことを考えないことがあると思うか?やっぱりぶん殴って気絶させよう!」と言った。

風信は「いずれにしろ殴るのは許さん。そうだ!古事成語を順番に言っていくのはどうだ?これならば他のことを考える余裕はないはずだ。まずは私から、寿比南山!」

彼はこんなゲームなど絶対やりたくなかったが、仕方なしに先手を切った。嫌すぎて歯軋りでもしそうなほどだった。慕情はさらに嫌そうな顔をしていたが、渋々「・・・・山窮水悪」と続けた。

謝怜も他にどうしようもなかったので、力なく「・・・悪紫奪朱」と続けた。

ところが言い終わらないうちに、また体を縮こめだした。慕情は全く訳がわからない、といった様子で「どうしてこんなことでも思い出すんです?これは全く関係ないことでしょう!」と言った。

謝怜は心の中で「関係ないことがあるかな。朱、朱色、朱衣、紅衣、紅衣を思い浮かべてまさか花城のことを思い出さない?」と言っていた。

耐え難い苦痛にこれ以上耐え切ることができなくなり、ついには強い発作を起こすと、両側から抑えていた二人を振り払い、「ドサッ」と言う音共に塌の上をのたうち回った。風信と慕情は彼は咄嗟の時の力が強すぎることを早くからわかっていたので、秘密裏に遅効性の術をかけていたが、それでも謝怜を抑えきることはできなかった。拘束を解いた謝怜をどうにか引き戻そうとしたが、あっさり一発で地面に転がされてしまった。慕情が頭を上げると、ちょうど脱走しようとしているところだった。

「どこへ行く?走り回るな!」

謝怜は間も無く極限に達しようとしていた。袖から2個のサイコロを取り出すと、コロコロと放り投げるやいなや扉の向こうへと一目散に転がり込んでいった。

花城は過去にもし謝怜が彼に会いたければ、どんな目が出ようとも会える、と言ったことがある。謝怜はこの賽の目が自身をどこに連れて行くのかもわかっていなかったが、それでも懐へと落っこちた。花城は妙な音がしたので上を向いたところで、「殿下!」と叫んだ。

謝怜はすぐさま彼に抱き着いた。まるでまた姿が見えなくなってしまうことを恐れるかのように「三郎、一人で行かないでくれ、私も・・・一緒に・・・」と言った。

花城もすぐさま抱き返したかったように見えたが、両腕を空中で止めて、どうにか自分を制御しようと、落ち着いた声で「殿下、どうか早く戻ってほしい。きっとすごく痛むだろうから」と言った。

この三界では誰もその噂を聞かない者がいない絶境鬼王血雨探花すらも、この時ばかりはどうすべきかわからなかった。抱き返すことも、突き放すこともできない。抱きしめても痛く、突き放せばもっと痛い。謝怜は歯をきつく噛み締めて、さらに強く抱きしめ、「痛いなら痛いで構わない!!!」と叫んだ。

花城は「殿下!」と言った。

どこか違う場所にいて、花城を恋しく想いながら痛みのあまり死ぬくらいなら、花城を抱きしめながら死んだ方がマシだ。痛みが増せば増すほどより力いっぱいに抱きしめた。謝怜の顔は汗でびっしょりと濡れていたが、それでも「どうか、少し待ってくれ。少しでいいんだ。もう少しで良くなる。もう少しで慣れるから。私は痛みに耐えられる。そばにいてくれれば痛みには耐えられる。でもいなくなってしまったら、もう本当に・・・・痛みに・・・・耐えられない・・・」と息も絶え絶えに言った。

この言葉を聞いた花城は、全身から力が抜けるのを感じた。しばらくして、低い声で「殿・・・下・・・」と言うのがやっとだった。

この困ったようなどうしたらいいのか苦しむような声には、謝怜よりも更なる苦渋を舐めているかのような気持ちが滲んでいた。

謝怜は彼にしがみつきながら、耐え難い痛みをどうにかやり過ごそうとしていた。呼吸を整えようと努力しているところで、突然後ろから「これは、貴殿のお面を溶かして鋳造したんですか?」と言う声が聞こえてきた。

めまいで目がチカチカしていたものの、謝怜はそこが荒れ果てた墓地だということにやっと気づいた。まさしく、あの日訪れた国師墓である。彼らの後ろには背が高い男が一人立っていた。郎千秋その人だ。

彼はついさっきここについたばかりだが既に半分気を失いかけていて、当然ながら第三者の存在には気づいていなかった。今やっと気づいたことを申し訳なく思う暇すらもなかった。ちょうどその時、風信と慕情も追いついた。

慕情は先ほど彼に一発でノックアウトされたため、額には怒りのあまり永遠に消えなさそうな青筋が浮かんでいた。「何を慌てふためいて逃げることがある!2人がかりで両腕で押さえつけたというのにそれでも!・・・・ここは一体どこなんだ?まるで墓じゃないか!」と吠えた。

風信はあたりを見回し「ここは墓だろう?しかも誰かに掘り返されたことがある墓だ。ここは芳心国師の墓では?秦華殿下、なぜこんなところへ?」と言った。

郎千秋もあまり機嫌は良くなかった。「一昨日、国師墓での異常を察知したから、賊にでも荒らされたのではないかと疑って様子を見にきた」と答えた。

見にきたところで、ちょうど花城と謝怜に出くわした。彼が何を思ったのかはわからなかった、あいさつをする気も取り繕う気も起きず、謝怜を見据え、「それはあなたのこの白銀面具から作った長命鎖だろうか?もしかして、一昨日こちらへ戻ってきて、そのお面を持っていったのか?」と再び訊ねた。

謝怜はしばらくためらったのちに、こくりと頷いた。

昔、彼が永安国の国師を務めていた頃、彼は常にその白銀面具を被っていた。そのお面は元々の銀の質が稀有なもので、銀妖の一部から鋳造されたものだった。顔を隠すだけの物ではなく、本来の効能は法術を跳ね返し、護身の作用があるところにある。芳心国師が“死んだ”あと、そのお面は副葬品として共に棺に収められたものだった。

贈り物をするときは、自分でもステキだと思うものを相手に送るのが当たり前のことだろう。謝怜は頭を振りに振り絞って、やっとのことであのとき自分が身につけていたあの宝のことを思い出した。十分使える、しかも何度もそれに助けられたことがある。そのお面を手放すのは心苦しかったが、棺から這い出す時に、持ち出すことはできなかった。そのために国師墓を訪れて、自分の墓を掘り返し、やっと取り出したのだった。その後それを溶かして湯にすると長命護身鎖に鋳造し直したのである。

誰もが妙な顔をしていた。つまるところ、芳心国師の墓を拝みに訪れる者は誰もいない。草は高く伸び放題に伸び、謝怜は墓に戻ってきてもそれらを綺麗に整えることもしない。墓掃除は別にしなくても構わない。それどころか自分の墓を掘り返すとは・・・・他にこんなことをやる人はいないだろう!

気まずい沈黙の時間が流れた。謝怜は郎千秋が変な顔をしているのを見ると、「あの、そのお面は貴殿の家から取ってきたものではないんです。それは私が以前に自分で手なづけた銀妖から鋳造したもので・・・」と説明した。

もしも永安皇族の物だったとしたら、それを材料にして花城への誕生日の贈り物を作ろうとは思わなかっただろう。彼だってまさか郎千秋がまだ国師墓を気にかけていたとは知らなかったし、郎千秋は埋めるだけ埋めたら放置してしまっているだろうと思っていた。そうでなければ、少なくとも掘り返した土くらいは埋め戻していた。それだったら郎千秋もびっくりして様子を見にきたりしなかっただろう。

郎千秋は一瞬固まった後、すぐさま怒り出し「私はそんな些細なみみっちい話をしていない!」と返した。

花城は彼を冷ややかな目線で一瞥すると、郎千秋は少し恐れを感じたようだった。謝怜はその銀鎖を見ると、突然何かを思い出したかとのように眉間に皺を寄せた。

そして郎千秋と視線を交わしたが、その視線に変わったところはなかった。しかし花城がそれを見逃すわけがない。「つまりこの長命鎖に問題があると?殿下、これがどういうものかわかっているのでは?」と訊ねた。

謝怜には確かに思い当たる節があり、どうしてこうなったのかおおよそ察しがついた。しかしどう話を切り出せば良いのかわからなかった。郎千秋は代わりに青い顔をしながら「彼自身だ」と答えた。

花城は感情が感じられない声で「どういう意味だ?」と言った。

謝怜は「千秋!」と慌てて言った。

郎千秋は彼を一瞥したものの、構わず話を続け、「鎏金宴のあと、私は彼をここまで連れてきた」と言った。

謝怜は「言わないでくれ」と言った。

鎏金宴事件の後、永安太子郎千秋は芳心国師を捕らえ、復讐のため生きたまま楔を打ち込んで木製の棺へと放り込み、荒野へと封印してしまった。いかなる物もこの墓を弔うことは許さなかった。また、その墓を弔いのために訪れる者もいなかった。
当時、桃の木でできた楔が心臓を貫き、謝怜の口からは血が溢れ、副葬品として棺に収められていた白銀面具を赤く染めた。銀妖の妖気がその血を取り込んで、謝怜の身体から離脱したために、まだ死を迎えていなかったのだった。


4はここまでです。