ちぃ・ぽん~俺が33年続けている麻雀合宿の話~#01
はじめに
これから書こうとするのは、1993年の冬に伊豆の下田で開催されて以来ずっと続いている、我々が麻雀合宿と名づけている旅行の話だ。
なぜ合宿なのか。それは、目的地に到着したら即座に卓を囲み、食事と入浴以外は麻雀しか行わないからである。風景を愛でたり名所旧跡を訪れたことは一度としてない。チェックインからチェックアウトまでひたすら牌を握り、できるかぎり卓を動かし続けるのを理想としてきた。スポーツで顕著であるように、合宿というのは多くの人数で切磋琢磨して技術を高めることを目的とするものという気がするが、我々にはそんな向上心はない。邪魔の入らないところへ行き、仕事も何もかも忘れて麻雀に没頭したいだけである。
きっかけは何だったんだろう。93年当時、麻雀はいまよりずっと下火で、Mリーグなんて華々しいものもなかった。俺は知り合いのライターや編集者とときどき卓を囲んでいたが、ゲーム開始が夜の8時とか9時で、電車の始発時刻に合わせて解散ということが多く、勝っていれば「もう少しやりたい」と思うし、負けていたら「ここで終わりかよ」となるし、どっちにしても欲求不満な状態で「じゃあまた」となる。そんな気分を抱えた連中が「泊りがけで、とことん麻雀やりたいぜ」となるのは必然だったのかもしれない。
少しは旅行気分も味わいたい。麻雀+温泉なら極楽にいちばん近い旅になると誰かが言い出し、伊豆にしようと話がまとまった。旅費が安く済みそうな所ならどこでも良かったのだ。金のない俺たちは部屋で麻雀を打てるOR麻雀ルームを備えた宿で、温泉と食事付き1万円以内の宿を探しだし、ほいほいと出かけることにしたのだった。
……ここまで読んで、プロ雀士レベルの激闘や、万札が乱れ飛ぶ鉄火場を想像する人がいたら困るので先に言っておく。この話をどこまで読んでもそんな話は出てこない。腕に覚えのある猛者が集う熱く狂おしい闘いの記録を読みたい人は、この先を読むことは時間の無駄ってことになりかねない。麻雀小説や戦術書なら他にいくらでもあるからそっちを読んでくれ。
俺たちの合宿では、ただただ年に一度温泉に行き、全力で麻雀するだけだ。帰りの電車では全員気絶状態である。あなたの雀力アップの助けにならないことは保証してもいい。
そんなもの、わざわざ書く意義などないのかもしれない。俺もそうかもしれないと思っている。でも、その一方で、そんな旅行が33年も続いてきたのには俺自身も気づいていない魅力ってやつがあったりするんじゃないか。いや、ないかな…どっちなんだよ!
「あるよ。きっと何かある」
力強く言い切るのは、俺とともに33年連続参加しているオガタこと尾形誠規だ。俺と同世代の編集者で、第1回のときは三才ブックスという会社で『裏モノの本』シリーズを手掛け、その後独立する形で有志と鉄人社を設立。『裏モノJapan』の初代編集長を経て、いまは社長をしている。この男がしつこく言うのだ。
「北尾、俺たちの合宿の話を書けよ」
言い出すのは決まって露天風呂に使っているときだ。いい気分なのだろう。満面の笑顔で、毎年同じことを口走る。
「実名でビシッと行こう。うちの会社の歴代参加メンバーも楽しみにしてるからさ。みんなの人生、いろんなことがあった。ヤバいことになったやつもいる。ネタは尽きないだろうよ」
とはいえ、やってることはヘボ麻雀だからなぁ。
「それでもいい。俺が読みたい。北尾もライターなら書いて書籍にまとめろよ」
そこまで麻雀合宿の評価が高いとは。オガタとは『裏モノの本』以来の長いつきあいで、俺の最大のベストセラーになった『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』の元となる連載の担当編集者でもあっただけに、うっかりその気になりかけた。
「そこまで言うならやってみるか。鉄人社で本を出してくれるんだよね」
「いや、それはできん。売れるわけがないからな」
なんだそれは。社長の鶴の一声、出んのかい。
「社長だからこそ、出版不況のご時世に、読者層がまったく見えない本を出すわけにはいかんよ」
情けない。オガタは何のために出版社をやってるんだ。
「そう言うな。おまえがどこかで書けば俺は買うさ。だから書け」
この不毛なやり取りを、かれこれ5年は繰り返しているのだ。それだけならまだしも、ノンフィクション作家の高木瑞穂までそれに加わる。
「北尾さん、とりあえず書くだけ書いて、どこかの版元に売り込んでみたらどうですか。俺も買いますから2冊は売れます」
どこの世界に2冊売れるならと乗ってくる会社があるんだよ。
そんなふうに月日が流れた2025年1月、帰りの電車内でまたその話になったとき、NOTEで発表する案が出たのである。課金制にすれば高木は買うという。
「1話100円とか、自由に値段がつけられるんです。奇特な読者がいたらさらに増える。オガタさんも買いますよね」
「必ず買う。よし、これで決まった。やるよな」
急に具体的な案が出てきて揺れ始めた俺の気持ちを見逃さず畳みかけてくるふたりの勢いに押され、つい頷いてしまったのは好奇心に勝てなかったからでもある。雑誌などの場合、原稿料はあらかじめ決まっており、雑誌の売れ行きに応じて変わったりはしない。その号が売れたとしても、自分の原稿がどれほど読まれたかは知らされない。書籍ならはっきりするが、そこまで長くもなく、装丁、編集、校正などのプロの手を借りない状態で文章を買ってもらう経験をこれまでしたことがなかった。
ということで前置きを終え、本編に入りたいと思う。
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