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今日みた夢① 《邂逅》

二日酔いで見たわけのわからない夢

気がつくと、不自然なほどおびただしい数のプラットフォームがどこまでもどこまでもならんでいるのが見える。どこか都心の地下鉄らしい。しかし都心の駅としてもあまりに多い数の線路が敷かれていて、平行に並んだレールと天井とが遠くの薄暗い地平線で一緒くたになっている。あたり一帯は人影もなく、瓦礫が散乱していてもはや駅としての機能は喪われているようだ。不思議な空間だ、とわたしは思った。どこから這入ってきたのかということや、どこへ通じているのかということは、いっさい覚えていない。プラットフォームに吊るされている電光掲示板をふと見てみても、出鱈目な数字と無秩序な文字の羅列が流れているだけだった。

見ると手前に三両編成の車両が一台停まっている。プラットフォームの整列線と車両のドアはぴったり合っていて、ドアは全て開いていた。車内は薄暗く、駅のホームから漏れる光の他には一切の照明はない。ボディーのアルミの光沢は鈍く光っていて、ぴかぴかに磨かれた鉄道プレートはその列車がまだ新しいものであることを物語っていたが、特筆すべきことは、真新しい真っ青な塗装の上に、誰かのイタズラだろうか、ジャクソン・ポロックみたいな無秩序なラクガキが施されていたことである。体躯の真新しさと、荒んだラクガキが一種奇妙な対照をなしており、見るものの心をざわつかせるような何かがあった。

Kはその車両の1号車に乗っていた。Kは優先席と表示のある座席に座っていたが、ぴったりのデニムを履いた下肢をどっかり大きく拡げていたので、まるで優先席であることにあてこすりでもしているかのような挑発的な印象を与えた。
彼は眉毛の薄い、端正な顔立ちをしている若者で、体格も痩せすぎず太り過ぎずの人並みであったので、誰かの目に触れたとしてもすぐに印象の断片として記憶の底に沈んでしまうような類の人種であった。今は居丈高なぶんだけすこし大きく見えたが、やはり白いTシャツの隙間から見える肌が不均質に浅黒く日焼けしていたこと以外、彼に関する特別な記憶を残すようなものはなかった。彼はわたしを見つけると、その態度容貌とは裏腹な、その目に子供のような無辜の輝きをたたえながら、おもむろに口を開いた。

「やあ、よく来たね。君がここに来ることは知っていたけど、まさかこんなに早いとはね、ああ、いやなに、こっちの話さ。とにかく、実に残念なことだ!こんな空間に早くも迷い込んでしまうなんて、君はつくづくついてないようだね。ぼくのことはKと呼んでくれればいい。ただちょっと断っておくけど、Kってのは識別子さ。ぼくと君とを便宜上識別するだけのことで、僕がKなら君は

Kが矢継ぎ早に喋り出したので、情報の整理がつかなくなったわたしはあわてて彼を遮った。

「ちょっと待ってくれ、急に好き放題喋られても困るよ、きみ。そもそも、君は一体誰なんだ?それからここはどこなんだい?君以外にここに人間はいるのかい?どうやらぼくはまるでここに来るまでのことを覚えていないみたいなんだ。それにKってなんのことだい?識別子?なんのこっちゃ!それにきみはどこかで見覚えがあるんだけど、どうにも思い出せないんだ
ここまで喋ってしまうと、わたしは口が乾くのを感じて言葉を切った。次の瞬間にはわたしは勢いに任せて早口にまくしたてたことを恥じていたが、それを察したのかKはにやりと笑って

「やはりきみも好き放題喋るのが得意なようだね。」

というだけでこちらの話など意にも介さないといったふうに続けた。

「いいかい、この空間には名前なんてものは存在しないんだ。そもそも第一にきみと僕とを識別する本質的必要はないんだからね!なぜといってここでは僕らは自由で真に人間的だからさ。そうだろ?でもきみとぼくとを指し示すなにかがないと困るんだ。そうでなくては君イコールぼく、という荒唐無稽な命題ですら肯定されてしまいかねないからね!そんなことは馬鹿馬鹿しいと思わないかい?だけどもこれはナラティブにとっては実際問題なんだよ。僕がナラティブに言及するのはメタ的だということには目を瞑ってもらいたいものだけどね。そんなことだから僕は自分のことをKと呼ぶことにしたよ。言葉の多義性に関する混乱を避けるためさ。Knowledge (知識)Kだし、Knuckle ()Kでもあるけれど、KingKでもあるってことさ。しかしそのことにになんの価値も認めないってことはわかってほしいね。それで君は

Kは真っ赤な羅紗の長椅子を擦りながら、わたしに発言を促そうと目配せをしてきたので、わたしは耐えきれずに口を挟んだ。

「何を言っているかまるで分かりやしない。識別子?へっ!そんなことは私の知ったこっちゃないね。君は私の質問に答えなければならないという良心の要求を微塵も感じないのかい?」

わたしはふたたびKを遮って苛立ちを露わにしたが、Kは話を止めたまま黙然としている。わたしはKが、一定の命令を与えられたロボットで、あらかじめ決められた文言をなぞって発語しているだけなのではないかと疑い始めた。Kはなおも続ける。

「それじゃ君は…Qだ。Qがいいね。Queen Qだ。キングとクイーンってわけだ!うん。やはりそんなことはどうでも好いんだけど乙なものだろ?ここじゃ性別なんてものは無意味なだけだからね。じゃ、これから君はQとしよう!」
「ところできみ、運命というものを信じるかい?僕は運命論者だから、きみの歩く道の先はきみがどんな経路を選んだとしても変わらないと思っている。まるでちょうどここの馬鹿みたいに並べられたレールを一本一本辿ってみても、結局同じ場所に行き着くみたいにね!どれだけ神様にフェイントを仕掛けてやっても、全部お見通しってわけだ。たとえばつまり、スポーツか何やらで成功を嘱望された新星みたいなものが、下衆な週刊誌にすっぱ抜かれて身を破滅させてしまった、なんてよくあること、そんなことに垂れてやる憐憫なんてない、そうだろ?そいつはもともとそういう運命だったってことだからね。期待されるだけ可哀想っていうものだよ。それにしても、きみはこの電車がどこへ行くか、この無限のレールがどこへ続いているのかを知りたくはないかい?」

Qはこくりと頷いてなにか話そうとしたが、やはりKQの返事などハナから期待していなかったようで、急に窓の外を覗き込んだのでQはむっとして一瞬顔をしかめたが、しかし次の瞬間には全く予期しないことが起こったのでQは形無しになってしまった。

驚くべきことに、Kが話し終わると同時に電車がぎいぎいと大きな音を立てて動き出したのだ。加速度を感じたQは突然の現象に慌てたような顔をしていたが、なぜかすぐに安心したような表情に変わった。ふたりを乗せた電車はぐんぐん加速していく。長いプラットフォームをすべるように抜けたと思うと、轟音を響かせながら車両は地下鉄のトンネルの向こうへと消えてゆく。無限に並ぶレールの行先は、地平線の先でぼやけて判然としない。地平線のその先は暗闇である。不恰好な電車が遥か遠くへ行ってしまうと、辺りに再び静寂が訪れた。

へ続く

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