FIREの文脈が変わってきた話 #14
FIREに至る経緯
昨年秋に、親からの予想以上の相続財産があることが分かり、定年まで働かなくてもいいのじゃないかと思い始め、FPにライフプランを作成してもらったら、なんと、すぐにでもFIREできる状態であることが判明。
1年程前より仕事がしんどい時期が続き毎日消耗しながらストレスを溜めながら働く人生なんてイヤだ。
FIREが確定してるのなら、もう働く必要はない。と思い始めたら働くモチベーションがダダ下がりで退職を決断。
FIREなのか?
これからは、「嫌なことはしない」「好きなことをして生きていく」というのが私のこれまでのFIREに伴う退職の文脈。
しかし、Noteの記事を書く過程で気持ちの整理が進むと、FIREが確定したから退職する。という感覚が腑に落ちずにちょっと悶々としてきた。
働くモチベーションが下がったのは燃え尽き症候群の状態で、脳が無意識にこれ以上働くことを拒否している状態なのじゃないのかと気付く。
心因性の体調不良が続いたり、仕事にやりがいや自信が持てなくなったり、仕事が強烈に嫌になった。仕事から距離を置きたくなった。という今の状況は燃え尽き症候群真っ只中である。
違和感の正体
退職後は経済的な保証も確約されてて自由を手に入れ夢のような生活が手に入るのに心がときめかない。うれしく思えない。という違和感が強かった。
何故だろうと考える。いまいち明確な答えが分からなかったが燃え尽き症候群で働く意味、生きる意味が分からなくなり自尊心、肯定感が下がっているから自由を手に入れることに魅力を感じなかったことが腑に落ちた。
経済的自立よりも自由を手に入れるよりもとにかくストレッサーである仕事から離れて、メンタルと体調を回復させたい。そうじゃないと人間の心を取り戻せない。
FIREしたいわけじゃない。とにかく一度仕事から離れたい。その思いが一番強いことに気付いた。
手段と目的を取り違えない
そもそも私は計画的にFIREを目指していた訳ではなく、偶発的にFIREの状態になっている事に気付き衝動的にFIREに入ることを決めた。
退職という選択に特に迷いはなかったが、FIREすることには不安や罪悪感があった。
原因は文脈が違っていたからだ。
FIREで退職するわけじゃなく、燃え尽き症候群で仕事から距離を置く為に退職するという文脈が正しかったわけだが退職しお金に囚われず生活できる状況は変わらない。
メンタルと体調が回復したら、もう一度働きたいかどうかをしっかり問うてみたい。
もう一度働きたいのなら働くしFIRE生活が気に入っていたら働かないかもしれない。
FIREも仕事も幸せに生きるための手段なので自分が一番心地よい生活を送っていく。