2023.6.4

死後のことはさておき、今生で悪を為さないこと、善のみを為すこと、完璧な人格となることである。

苦が苦であれば悪となる。
苦は、欲があれば生じる。苦は、欲がなければ生じない。

欲を肯定し是として認め、それを満たしていくことに価値を認めることの結果として、

欲が満たされないことに怒りを生じ、そのことを当然と見做し、その怒りを晴らすことを認めることになる。

苦は欲を根本原因として生じ、欲を縁として生じる。
ならばと、欲をなくそうとすると、そのことによってまた苦が生じる。欲があってもなんとか苦をなくす道を探す。その場合、苦がないためには欲が満たされる必要がある。それは状況次第である。思い通りにならない自分の感情と周囲の状況、それ次第で欲は満たされもし、満たされずもする。満たされても、満たされ続ければ飽きる。欲が満たされた瞬間で「満足した!」と感じるが、もうそれでじゅうぶんだ、とはならない。違う欲が生じる。「別の欲だ」と言ったところで、欲は欲だ。つまり、欲はなくならない。

欲をなくすなんてことは苦なのだ。
欲があれば苦が生まれ、その欲をなくすことも苦。欲を満たして満足している間のみ、苦が感じられない。もうすぐ欲が満たされると思えるとき苦は感じられない。つまりいつでも苦が支配している。

それで、いかにして一切の悪を為さず、善のみを為して、完璧な人格となるか。

欲はすべての苦の根本原因と理解できたなら、やはり欲をなくすことだ。
欲はすべての苦の根本原因、欠かせない要因だと理解できると、欲が嫌になる感覚が生じる。そのとき、苦は苦でなくなる。苦は、欲をなくさせる善い推進力となる。「ああ、この苦は欲から生じている。欲はろくでもない。苦がそのことにまた気付かせてくれた。危なかった。」と。

悪を為していない、という自覚は喜びとなる。こころが明るく元気になる。
善を為した、善を為している、という自覚は喜びとなる。こころが明るく元気になる。

それを欲にするとまた苦の因縁となる。

ただその瞬間、いまの瞬間、悪を為さず善を為す。
その瞬間が続くだけ。

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