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採用の自由~企業は学生をどう選ぶ?~

皆さんこんにちは。就活をテーマに連載している中でも、今回は雇用主側の目線から「採用の自由」について詳しく見ていこうと思います。「なぜ内々定に至るまで繰り返し面接を行うの?」「会社って美男美女だけ採用していいの?」「コネ入社って法的に問題ない?」等、就職活動を行っていく中でふと感じた疑問から、論点と関連する重要な判例まで掘り下げて解説していきます。


0.はじめに

はじめに、採用選考における基本的な原則について取り上げます。日本では判例上(後に詳しく解説する)、雇用主側に採用の自由が広く認められています。なぜなら、雇用主側が国籍や信条を理由に採用を拒否することは、法律によっては禁止されていないからです。

憲法14条1項では、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と定められていますが、憲法は公法(政府などの公権力が国民に対して差別することを禁止している法律)であり、民法上の契約の一つである応募者と雇用主間の労働契約という私人間の行為では直接適用されません。

また、労働基準法3条では、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。」と規定されていますが、この条文は労働契約が成立した後の労働者の保護を目的としたものであり、採用選考においては直接適用されません。

では、雇用主側は採用選考においてやりたい放題かと言われれば、そうでもありません。ここでは厚生労働省が示す採用選考における基本的な考え方を紹介しましょう。

厚生労働省は、

①「人を人として見る」人間尊重の精神、すなわち応募者の基本的人権を尊重すること
②応募者の適性や能力に基づいた基準により行うこと

この二点を採用選考時の基本的な考え方として啓発を行っています。その上で、公正な採用選考を行うためには、広く門戸を開き職務遂行上必要不可欠な適性や能力を持っているかという基準で判断しなければなりません。例えば、「家族は何をされている方なの?」「本籍地はどこになるかな?」等の本人に責任のない事項でしたり、宗教や支持政党などは職務遂行とは関係のない事柄であり、これらを採用基準にしないことが必要です。これから採用選考の仕事に就く方がいるのであれば、この基本的な考え方を理解していただくといいと思います。

とはいっても法律上の規定がなく、雇用主側に広く採用の自由が認められている中で、以下では本題である採用における雇用主側の自由を大きく5類型に分けて解説していきます


1.受け入れ人数決定の自由

採用の自由の具体的な内容について、まず一つ目に「受け入れ人数決定の自由」があります。

〇受け入れ人数決定の自由とは…
企業はその事業のために労働者を雇い入れるか否か、雇い入れるとして採用人数を何人とするかを自由に決めることができるということです。

当たり前のことではありますが、各企業は事業規模や経営状況など、さまざまな事情を考慮したうえでその年の採用人数を決定しているはずです。
しかしそれが「法律で定められた採用人数以外は認めない」なんてことになれば困ってしまいますよね。
したがって、企業には「受け入れ人数決定の自由」が認められています。


2.募集方法の自由

採用の自由の二つ目は、「募集方法の自由」です。

〇募集方法の自由とは…
労働者をいかなる方法で募集するかは企業の自由に決定することができます。
=公募によるか、縁故募集(いわゆる「コネ採用」)とするかは自由です。
=公募の方法として、公共職業安定所(ハローワーク)、民営職業紹介所、学校、広告情報誌等、いずれを通じて行うかも自由です。

〇コネ採用
ここで、多くの就活生が一度は耳にしたことがある「コネ採用」について詳しく見ていきたいと思います。

皆さんは「コネ採用」という言葉を聞いてどのような印象を持っているでしょうか。
コネ採用とは、縁故(えんこ)採用のことを指し、企業の社員や役員の伝手で親族や知人などを紹介してもらい、採用する手法です。
場合によっては必要とされている能力を持たずとも採用されてしまうこともあり、「正規ルートではなくズル」「親の七光り」などネガティブな印象を持たれることも少なくありません。

では、この「コネ採用」は法律的には問題ないのでしょうか?

結論、法律的には問題ありません。
なぜなら企業には募集方法の自由が認められており、コネ採用も方法の一つであるとされているからです。

しかも、コネ採用にはメリットがあります。
例えば、企業と人材との間でミスマッチが起こりにくいということがあります。

企業側としては、元々知っている相手を採用できるため、社風になじまない可能性を心配する必要がありません。
採用される側も、企業で実際に働く知人を通じて、詳しい情報を事前に知ったうえで選考を受けることができます。

したがって、企業側も採用される側も相手をよく知ったうえで採用につなげることができるため、入社後のミスマッチが少なく、早期退職を防ぐことができるのです。

日本の多くの企業は、長く働いてくれる人材を採用したいと考えています。
そのため、いかに優秀な人材であるかよりも、自社の社風にマッチしているかが重視される場合があります。
そのような企業が人材を募集する際に、コネ採用は非常に有効な手段と言えます。

〇まとめ
募集方法の自由により、企業は労働者をどのような方法で募集するかを自由に決めることができます。つまり、公募によるか、縁故(コネ)による募集にするかは自由です。公募を行うにあたって、ハローワークや学校、広告など様々な方法を活用することができます。

そしてコネ採用も法律的には問題は無く、募集方法の選択肢の一つとして多くの企業で活用されています。
しかし、長い選考フローを経てようやく内定を勝ち取る一般的な就活生からすると、コネで選考が免除されることに対して不公平であると感じることがあるのも事実です。
コネ採用された人が必要とされる適性・能力を明らかに欠いていたり、それによって職場の人間関係がうまくいかなかったりすると、企業にとっても労働者にとってもマイナスな結果になってしまいます。
したがって、コネ採用を募集方法の一つとして活用する場合であっても、本人の適性・能力は慎重に判断する必要があるでしょう。


3.選択の自由

企業は、採用する人を原則として自由に選ぶことができます。
法律的には、採用する人をどのような基準で選んでも企業の自由ということです。
実際、企業が特定の思想や特定の宗教、学歴だけを基準にして採用を決めても、法律では許されてしまいます。

○なぜ、一般的な感覚なら差別となる採用の基準は許されてしまうのでしょうか。

確かに、憲法14条は「法の下の平等」を、19条は「思想信条の自由」を認めています。
しかし、そもそも憲法は国や公共団体と個人との関係を想定したものです。
企業と労働者は私人間の関係なので、憲法が介入することはできません。

また、労働基準法3条は労働者の人種、信条、性別、社会的身分その他の理由による差別的な扱いを明確に禁止しています。
しかし、3条は労働者の採用「後」の差別を取り締まるものにすぎません。

そのため仮に、ある企業が差別的な基準で採用するかしないかを決めていたとしても、法は企業が設ける採用「」の基準を原則として裁けないのです。

○ではどのような背景から採用の選択の自由は守られているのでしょうか。
結論から言うと、選択の自由は
①    日本の雇用慣行である「メンバーシップ型」雇用契約の考え方
②    企業の契約締結の自由
に基づいています。それぞれ解説していきます!

①    日本の雇用慣行である「メンバーシップ型」雇用契約の考え方

日本の雇用は長期雇用制を基本としているため、仕事ができるかどうかという視点ではなく、企業は「これから長い間、この人と同じ会社で一緒に働きたいか」を重視しています。
そのため、コミュ力、礼儀、容姿、生活環境などで構成される人物像(キャラ)を基準にして採用する人を厳しく選別しています。
このような人物像で厳しく選別する採用方法を「メンバーシップ型」雇用と言います。

②    企業の契約締結の自由

憲法22条は経済活動の自由を基本的人権として保障しているため、企業が経済活動の一環として行う契約の自由も認められています。
どのような人を、どのような条件で雇うのかは原則として企業の自由なのです。
これが企業の契約締結の自由です。

以上の2点が選択の自由の背景にあります。

○では実際に事例を紹介します。
◎三菱樹脂事件(昭和48年12月12日最高裁判決)

大学を卒業すると同時に管理職要員として採用された労働者は3ヶ月の試用期間が終わる直前に本採用はできないと告げられました。
労働者は大学在学中に違法な学生運動に従事していた事実を隠していましたが、その事実を企業が知ったため、管理職要員としての適格性が否定されたのです。
労働者は本採用拒否が憲法14条や19条が保障する思想・信条の自由への侵害であり、かつ、信条による差別の禁止に抵触するとして、雇用契約上の権利の確認等を求めて提訴しましたが…

裁判の結果は労働者側が負けました。

なぜ、労働者側は負けてしまったのでしょうか。
ここまで読んで下さった皆さまならお分かりいただけると思います!
最高裁判所が以下の(1)〜(3)を重視して裁判したからです。
(1)  憲法14条や19条は私人相互の関係に直接介入するものではないこと
(2)  企業の契約締結の自由は憲法22条によって保障されていること
(3)  労働基準法3条は雇入れ後の労働条件の制限であり、採否決定では制限されないこと

この事件によって企業には選択の自由があると最高裁判所が認めたことになり、やはり法によって選択の自由は認められていることが明確になりました。

◎慶大医学部附属厚生女子学院事件(昭和50年12月22日東京高裁判決)

看護師養成学校の卒業生が、在学時代の政治的活動への参加等を理由にして、大学附属病院への採用が拒否される事件が起きましたが、
東京高裁はそのような拒否は違法ではないとしました。

もちろん、この事件でも裁判所の(1)〜(3)のポイントは崩れませんでした。
それに加えて、思想信条そのものを問題にするのではなく、ある思想信条に基づく諸活動を問題にする場合なら、やはり問題ないとの姿勢が示されました。

○ここまで選択の自由は広く認められていると述べましたが…実は例外があります。
例外は3つあります!

l  性別
男女雇用機会均等法5条は性別に関係なく、労働者に募集と採用の均等な機会を与えることを義務としました。
例えば、募集と採用の際に、男女の片方を募集と採用の対象から外したり、男女の片方に条件をつけたり、男女で採用方法を変えたり、男女のどちらかを優先するなどです。

また、男女雇用機会均等法7条は労働者の募集と採用における間接差別を禁止しています。
間接差別とは、性別以外の要件で募集や採用を行なっていても、男女の一方の労働者に対して不利益をかなり与えているのに、合理的な理由がないことです。
例えば、荷物を運搬する業務に必要な筋力より、強い筋力を採用条件することです。
この場合、女性は男性よりも必要以上の筋力を備えていない場合が多いはずなのに、必要以上に強い筋力を採用条件しているので、実質的な差別といえます。

まとめると、労働者を募集と採用における性別の差別は形式的にも、実質的にも禁止されているということです。

l  年齢
雇用対策法10条は年齢に関係なく、労働者に募集と採用の均等な機会を与えることを義務としています。

ちなみに、幹部育成のための新卒採用、年齢の不均衡を是正するための高齢者優先採用、芸術活動のための子役の採用などは10条の例外として認められています。

まとめると、例外はあるものの、募集と採用における年齢制限は原則として禁止されているということです。

l  障害
障害者の採用拒否は禁止されていません。
しかし、企業は障害者の法定雇用率に達成しない場合、障害者雇用納付金を納付します。
禁止されてはないですが、罰則という制限があるので例外としました。

○以上の要点をまとめると、選択の自由とは…
メンバーシップ型雇用・企業の契約締結の自由の観点から、企業の設ける採用「」の基準は法によって規制されていないため、企業は採用者を自由に選べる!ただし、性別年齢障害に関する選択の自由は制限されている!〕
ということになります!

参考文献
労働政策研究・研修機構 「(5)【採用】採用の自由」(2023年5月28日閲覧)
厚生労働省 「男女雇用機会均等法のあらまし」(2023年5月28日閲覧)
厚生労働省 「年齢にかかわりなく均等な機会を(平成19年10月1日より 改正雇用対策法が施工‼︎)」(2023年5月28日閲覧)


3.5, 海外における採用選考

先ほど、日本の雇用慣行としてメンバーシップ型が取り上げられましたが、一方で諸外国における採用選考はどのような基準や取り組みがなされているのか、簡単に取り上げてみます。

<アメリカ>
アメリカは採用にも解雇にも差別禁止規定が及ぶため、アメリカでは採用の自由は狭いといえます。差別禁止法では、履歴書において性別や生年月日、婚姻状況や家族構成、顔写真を求めることは禁止されています。大内(2017)は「アメリカのように採用の自由が制限されているほうが、多くの人が雇用機会を得ることができ、能力を発揮する機会が増大する」と述べており、アメリカという多文化多人種の特徴と関連させて特徴を論じています。

<ドイツ>
ドイツでは、採用時の選考基準を雇用主側が一方的に決定することを認めていません。雇用主は従業員代表機関の同意を得て初めて応募者の採用を決定することができます。したがって、選考基準に合致しない採用が行われれば、従業員代表機関はその決定を拒否することができます。また、2010年には履歴書から氏名や性別、年齢等の項目を削除し、職務遂行能力だけを記載する「匿名履歴書」を使用する社会実験が行われました。結果として移民や女性が書類選考に通過する機会の増大につながり、一部の自治体ではその匿名履歴書が使い続けられているそうです。

このように、採用選考に関する決まりやルールはその国の文化や雇用慣行によって異なります。その中で皆さんには、日本の採用選考における基準や慣習の特徴をつかんでいただければと思います。

参考文献
雇用社会の25の疑問(2017) 弘文堂 大内伸哉 p85引用
日本の「履歴書」は差別的? 政府が新モデルを提示。国際比較も(今野晴貴) - 個人 - Yahoo!ニュース


4.調査の自由

この章のポイントは「時代の変化に伴って、調査の自由にも制限が加えられている」という所です。前章で扱った「選択の自由」には性別、年齢、障害等の制限がありました。調査の自由も絶対的なものではなく一定の制限に服します。そして、その制限が段々と厳しくなってきています。

まずは「調査の自由」の定義を確認しましょう。
調査の自由とは「使用者が労働者を採用する時に、その労働者について調査することができる。」という企業に与えられた権限のことです。

さて、「時代の変化に伴って、調査の自由にも制限が加えられている」ということでした。そこで、本当に簡単にですが、調査可能範囲の変化について触れたいと思います。昭和の時代、その調査範囲に制限はほとんどありませんでした。調査できなかったのは、「仕事の遂行に全く関りのないような病気の調査」くらいでした。例えば、エイズ(HIV)の調査やB型肝炎の調査などです。一方、「あなたは何か宗教を信仰していますか?」というような思想・信条等の調査は可能とされていました。(三菱樹脂事件 後で紹介します。)しかし現在では基本的に思想・信条に関する調査・質問は公序良俗違反となり不法行為と解するべきという意見が主流になっています。

調査の自由の制限は昔に比べてかなり厳しくなっています。思想・信条等のプライバシーに関わることは基本的に調べてはいけません。特別な職業上の必要性がある場合や、業務目的の達成に必要な場合であれば調査可能ですが、その場合でも、収集目的を明示して本人の許可を得る必要があります。また、その他の「採用選考時に配慮すべき事項」としては、本人に責任のない本籍・出生地等に関する事」等があります。詳しくは、厚生労働省がHP「公正な採用選考の基本」でガイドラインを示しており、そちらが参考になります。特に(3)採用選考時に配慮すべき事項という部分が役に立つでしょう
[詳しくはこちら]公正な採用選考の基本|厚生労働省 (mhlw.go.jp)

それでは調査の自由に関して ⑴三菱樹脂事件 ⑵職業安定法 という2つの観点からさらに深掘りしていきましょう。ここからはとても難しい話になるので、採用の自由の全体像をザックリと知りたいという方は次の「5章 契約締結の自由」に進んでください。

⑴    三菱樹脂事件(昭和48年12月12日最高裁判決)
さて、この事件を調査の自由という観点から見ていきたいと思います。ところで、この事件の紹介は2回目ですね。一つ前の「選択の自由」と重複してしまう部分もありますがお許しください。この事件では最高裁判所が広く信条・思想に関する調査を行ったり申告を求めたりすることを使用者に認めました。しかし、この判決には批判的な学説が多く、時代状況等の変化を踏まえて本判決が未だに維持されるべきか再検討を促す流れがあることに留意しておく必要があります。それでは三菱樹脂事件の概要です。

【事件の概要】
① 大学卒業と同時にY社に採用されたXさんが、3か月の試用期間満了直前に本採用を拒否されことから、労働契約関係の存続を求めて提訴したもの。なお、Y社が本採用を拒否したのは、Xさんが大学在学中に学生運動に関与した事実を身上書に記載せず、面接の際にも秘匿したことが詐欺に該当し、また、管理職要員としての適格性がないとするものであった。
② 最高裁は、雇用契約上の権利を認め賃金の支払いを命じた東京高裁の判決を破棄し、差戻した。
② なお、差戻審で和解が成立し、Xさんは職場に復帰した。

この事件で、思想・信条の調査について最高裁判所は以下のような旨を判示しています。

「企業者が雇用の自由を有し、思想、信条を理由として雇入れを拒んでもこれを目して違法とすることができない以上、企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも、これを法律上禁止された違法行為とすべき理由はない。

この判決では思想・信条に関して本人に尋ねることを使用者に認めています。ただし現在では、厚生労働省が告示している職業安定法(この後解説します)に関する指針では原則として思想・信条に関する情報の収集を使用者に禁止しています。もし調査する場合は、特別な職業上の必要性が存在し、その他業務の目的の達成に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から直接収集するなどする必要があると定められています。

メンバーシップ型雇用のもとでは、採用失敗が企業にもたらす影響の大きさは計り知れません。それを考慮して広く調査の自由が認められていました。三菱樹脂事件もそのことを示しています。しかし、時代は移り変わり、プライバシー保護、個人情報保護の観点から、調査の自由における制限が増加してきています。それでは、その制限の一つである職業安定法を見ていきましょう。

≪三菱樹脂事件についてもっと知りたいという方に向けて≫
【三菱樹脂事件の骨子】
厚生労働省HP 1-1 「採用の自由」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性

【事件に関する最高裁の判示】
労働基準判例検索 全情報 労働契約関係存在確認請求事件(三菱樹脂本採用拒否事件)


参考文献
別冊ジュリスト No.257 労働判例100選[第10版] 有斐閣 村中孝史・荒木尚志編
p18 【採用の自由-三菱樹脂事件- 広島大学教授・弁護士 三井正信】

⑵    職業安定法(昭和22年11月30日法律第141号)
第5条の5(旧第5条の4)(求人者等の個人情報の取り扱い)及び
その指針(平成11年労働省告示第141号 最終改正 令和2年厚生労働省告示第 160 号)

少しフライングで登場していましたがお待たせいたしました。職業安定法第5条の5(求人者等の個人情報の取り扱い)とそれに関する指針について触れていきたいと思います。ここで押さえておきたいのは、採用選考時、以下の「イロハ」の事項に関する情報を集めることが原則として禁止されていることです。例外として、職業上の理由等でその必要がある場合は、収集目的を示して本人の同意を得られれば収集可能です。

イ  人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項
ロ  思想及び信条
ハ  労働組合への加入状況

また、職業安定法はつい最近、令和4年に改正されたばかりです。そのことについて少し紹介したいと思います。この改正で変わったのは、求人者の個人情報の取り扱い部分です。職業安定法はでは求職者等の個人情報の取り扱いについて定めた部分があり、採用選考時企業が労働者の個人情報を扱う際もこれに従わなければなりません。この改正で求人者の個人情報の取り扱い部分のル―ルの整備が行われ、それに伴って求人者等の個人情報の取り扱いについ定めていた第5条の4が第5条の5に移動しました。また、職業紹介事業者等という部分が公共職業安定所等に変わり、適用される業者の範囲が広がりました。この部分の詳しい変更に関しては今回のテーマとあまり関わりがないため割愛させていただきます。

一応、法律を載せておきます。具体的に、職業安定法第5条の5では、求人者の個人情報の扱いについて以下のように定められています。

昭和二十二年法律第百四十一号 職業安定法
(求職者等の個人情報の取扱い)
第五条の五
 公共職業安定所、特定地方公共団体、職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者、特定募集情報等提供事業者並びに労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者(次項において「公共職業安定所等」という。)は、それぞれ、その業務に関し、求職者、労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報(以下この条において「求職者等の個人情報」という。)を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で、厚生労働省令で定めるところにより、当該目的を明らかにして求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。
② 公共職業安定所等は、求職者等の個人情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければならない。

そして上記の職業安定法第5の5に関する事項として、以下の指針の中で詳しく定められ
ています。特に注目して欲しい部分は「一 個人情報の収集、保管及び使用」の㈠と㈡の部分です。

職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、募集情報等提供事業を行う者、労働者供給事業者、労働者供給を受けようとする者等がその責務等に関して適切に対処するための指針
(平成11年労働省告示第141号 最終改正 令和2年厚生労働省告示第 160 号)

第五 求職者等の個人情報の取扱いに関する事項(法第五条の五)
一 個人情報の収集、保管及び使用
(一)職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、特定募集情報等提供事業者、労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者は、法第五条の 五第一項の規定によりその業務の目的を明らかにするに当たっては、求職者等の個人情報(一及び二において単に「個人情報」という。)がどのような目的で収集され、保管され、又は使用されるのか、求職者等が一般的かつ合理的に想定できる程度に具体的に明示すること。

(二)職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、特定募集情報等提供事業者、労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者は、その業務の目的の達成に必要な範囲内で、当該目的を明らかにして個人情報を収集することとし、次に掲げる個人情報を収集してはならないこと。ただし、特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集する場合はこの限りでないこと。
イ  人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項
ロ  思想及び信条
ハ  労働組合への加入状況

(三)職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、特定募集情報等提供事業者、労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者は、個人情報を収集する際には、本人から直接収集し、本人の同意の下で本人以外の者から収集し、又は本人により公開されている個人情報を収集する等の手段であって、適法かつ公正なものによらなければならないこと。

(四) 職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、特定募集情報等提供事業者、労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者は、高等学校若しくは中等教育学校又は中学校若しくは義務教育学校の新規卒業予定者から応募書類 の提出を求めるときは、厚生労働省職業安定局長(以下「職業安定局長」という。) の定める書類により提出を求めること。

(五) 個人情報の保管又は使用は、収集目的の範囲に限られること。ただし、他の保管若しくは使用の目的を示して本人の同意を得た場合又は他の法律に定めのある場合はこの限りでないこと。

(六) 職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、特定募集情報 等提供事業者、労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者は、法第五条の五第一項又は㈡、㈢若しくは㈤の求職者等本人の同意を得る際には、次に掲げるところによらなければならないこと。
イ 同意を求める事項について、求職者等が適切な判断を行うことができるよう、可能な限り具体的かつ詳細に明示すること。
ロ 業務の目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を収集し、保管し、又は使用することに対する同意を、職業紹介、労働者の募集、募集情報等提供又は労働者供給 の条件としないこと。
ハ 求職者等の自由な意思に基づき、本人により明確に表示された同意であること。

さて、職業安定法の改正からも分かるように、政府は「個人情報の取り扱いに気をつけよ」というメッセージを発しています。そして職業安定法は、特に気をつけなければならない事項として、「本籍・出生地等に関する問題」や「思想・信条に関する問題」等を挙げ、原則的に調査を禁止しています。

また、このほかにも、調査の自由を制限するものとして個人情報保護法があります。そしてここで定められた要配慮個人情報は本人の同意のもとで取得する必要があります。要配慮個人情報とは本人の人種、信条、社会的身分、病歴(身体・知的・精神障害、健康診断/遺伝子検査結果、保健指導、診療・調剤情報など)、前科・前歴、犯罪被害情報のほか、本人に不当・偏見が生じないよう、特に配慮が必要な情報のことです。

まとめ
コンプライアンスの徹底が叫ばれる昨今、基本的にプライバシー保護に問題をきたすような調査は控えるべきでしょう。新聞社や学校等特殊な政治的環境下にある場合は別ですが。とりあえず、厚生労働省が示しているガイドライン「公正な採用選考の基本」に従っておけば間違いないでしょう。

最後にSNS調査に関して言及しておきます。近年では就活の際、企業がSNS調査を行っていることがたびたび問題となっていますが、これらの調査がプライバシーの侵害として規制されるということはなさそうです。SNSの取り扱いには十分注意する必要があります。自分は気を付けていても、友達のアカウントから問題行動が発覚するという事例もあるようなので油断はできません。自分の奇行が一度世界にばらまかれたら、一生消えない可能性があるというのはかなり恐ろしいですね。怖い世の中になったものです。


5.契約締結の自由

契約締結の自由とは、「使用者は契約締結を強制されない」というものです。分かりやすく言い換えれば、「企業は、基本的には自分が雇いたい人を自由に雇うことができる。コネ採用だけイケメンだけを採用しても自由」ということになります。

たとえ、男女差別など、違法な採用拒否があったとしても、企業はその労働者を採用しなければならないわけではなく、損害賠償の問題が生じるのみです。長期雇用において採用失敗が企業に与える損失を考慮した結果だといえます。

さて、このことからも労働関係の法律が日本独自の企業文化を基礎に作られてきたことが良く分かります。メンバーシップ型雇用形態という独自の文化を理解することが労働法の疑問を解決する時にかなり役立ちます。

まとめ
企業は基本的に雇いたい人を自由に雇うことができます。しかしだからと言って、偏重した顔採用などは会社のイメージを損なったり、正常な運営に支障をきたすという結果を招くことになったりしかねません。能力面とのバランスが重要でしょう。


6.終わりに

今回は、採用する側である企業の目線から「採用の自由」について、以下の5類型に従って詳しく解説してきました。

<採用の自由-5類型->
①受け入れ人数決定の自由
②募集方法の自由
③選択の自由
④調査の自由
⑤契約締結の自由

今回の記事の中で何度も登場する説明にはなりますが、日本において採用の自由が広く認められている背景には、終身雇用を前提とする日本独自の雇用慣行があります。
日本の多くの企業で採用されている「メンバーシップ型雇用」では、入社時点におけるスキルはそれほど重要ではなく、いかに長く働いてくれるか、これから長い間同じ会社で一緒に働きたいかが重要になります。
したがって、企業はESや面接など様々な方法でその人の性格や価値観について判断し、そのうえで自社に合う人材を採用するのです。

一方で、職業安定法の改正や個人情報保護法によるプライバシーの保護など、時代の変化に伴って採用の自由も制限が加えられていることも押さえておいてほしいポイントになります。

ここまで長く解説しましたが、「なぜ内々定に至るまで繰り返し面接を行うの?」「会社って美男美女だけ採用していいの?」「コネ入社って法的に問題ない?」など、就活生がふと感じる疑問の答えは、企業に広い採用の自由が認められていることから導き出すことができます。
また、企業目線の「採用」について知ることで、就活で自分をどうアピールするか戦略を立てる際に少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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