見出し画像

お父さん?

 その日は友人と遊ぶために駅前で待っていた。
時刻は20時を回り辺りはすっかり暗くなってた。
少し都市化が進み両脇には背の高いビルが並ぶが、街灯はそれ程多くはなくまだ営業してるビルから漏れる灯りの方が強い。
私は友人が来るのを車内で待ち、お気に入りの音楽をカセットテープで聴きながらタバコを吹かしてた。
一本吸い終わり、まだ来ないようなら近場のコンビニでコーヒーでも買おうかな、とか考えてたら後に車が止まった。
あまり注意して見てなかったがライトの感じから同型車かな?くらいの認識で、この車もお迎えか何かだろうとすぐに興味を失うが、私が動くとこの場所に後ろの車が出てくるだろうし、あまり後方にズレると友人も探すの苦労するかな、とコンビニは諦めてその場で待つ事を選択。

 残業入ると21時頃になるかも、とは聞いてたので特に焦る事なく待ってると案外お迎えの車は多いようで、駅の出入り口から人が出る度に誰かの車に乗り込み走り去る。
そんな様子をぼんやり見てるとそろそろ21時頃に。
ああ、残業だったのか、と時計を見ながら思ってると不意に車の助手席側が開いて妙齢のお嬢さんが乗り込んで来る。
は?と頭に?マークを浮かべ固まる私を見ようともせず、シートベルトを装着して膝に小さなバックをちょこんと乗せて視線は前面に。
何も喋らず前を向いてるお嬢さん。
突然の出来事に固まる私。
視線に何か動くものがあり、そちらに視線を向けるとバックミラーが慌てたナイスミドルの驚いた表情と、車から降りるか逡巡するような仕草を写してた。
あ、勘違いで乗ったのかとその時気付いたが分からないものだろうか。
車って自宅と同じで持ち主違うと臭いとか違いそうなものだが。
こうなるといつ気付くか、ナイスミドルは娘のピンチに駆け付けるのか、それが気になり私も何も言わずにお嬢さんの動向を見守ることに。

 多分、1分かそのくらいお互い何も喋らず経過した。
ナイスミドルも動向を見守る気になったようでハンドルに上半身乗り出す格好でこちらを見てる。
「ねえ、お父さん何で出ないの?」
初めてお嬢さんが声を発した。
返事が無いのが不思議だったのか、この時初めて運転席に座る私と目線が合った。
「あ・・・え?え?何で?え?」
後ろのナイスミドルとは歳も顔も違う男にパニックになるお嬢さん。
堪えてた笑いが限界に達して思わず吹き出す私。
乗る時はスムーズにシートベルト装着してたが、慌ててたからだろう、外すのにめちゃくちゃ手間取ってる。
「落ち着いて、お父さん後ろの車に居るから」
「え?え?」
髪を振り乱し後方を確認すると爆笑しながらハンドルバンバン叩くナイスミドル。
「ね?落ち着いてシートベルト外そうか」
パニックで蒼白だった顔に朱が走る。
「あ、あ、」
今度は恥ずかしくなったせいで手が止まる。
「あの、すみませんでした。本当に、なんて言っていいか」
少し冷静になったお嬢さんがノロノロとシートベルトを外す。
「せめてね、迎えに来てくれたお父さんの顔見てありがとう、の習慣つけよう?こんな事にもならないから」
「はい、おっしゃる通りで」
「はい。じゃ、気を付けてね」
「はい、お騒がせしました」
一度深々と頭を下げてからドアを開け、外に出てからもう一度しっかり頭下げてから小走りでナイスミドルの車に。
後方を見るともう一度頭を下げるお嬢さん、手を叩いて大爆笑が続いてるナイスミドル。
乗り込んだお嬢さんは何やらナイスミドルに言って顔を手で覆う。
ようやく笑いが収まったナイスミドルがお嬢さんの頭ワシワシして言葉を返してた。
それからすぐに車は出て、私の車をパスする時に少し減速して私に手を振るナイスミドル、もう一度頭を下げるお嬢さん、顔真っ赤。
私も笑顔で手を振りかえし、この騒動は幕を閉じた。

 そして車が過ぎ去った頃、ようやく友人が私の車に。
乗り込むなり
「あの子、誰?」
怪訝な表情の友人。
「いや、知らん」
簡単に経緯説明すると
「いや、最初から見てたから何となく分かるが」
友人が私の車見つけて乗ろうとしたらお嬢さんが乗ったんで私がナンパでもしたのかと思ってたらしい。
「お前が後ろの車に乗ったら更に面白かったのに」
「いや、無理だって」
そんな事を言いながら私も車を出して、ようやく目的地に走り出す。

 車のドア開けて、あれお父さんじゃない、と笑いながらドア閉めるおばさんとかは何度か遭遇したが、完全にシートベルトまで締めて気付かなかったのはこのお嬢さんくらい。
多分、仲の良い家族なんだろうな、とは思うがお年頃故のすれ違いがこんな騒動だったが、これで解消してたら嬉しいなとそんな事を思った出来事でした。

いいなと思ったら応援しよう!