行政不服審査法を考える 総務省行政不服審査会令和4年度答申第38号・AIは特許の「発明者」か?
はじめに
今回は、総務省行政不服審査会令和4年度答申第38号(国際特許出願却下処分に関する件)及び東京地裁令和6年5月16日判決(判例タイムズ1521号234頁)を通じて、特許申請権の主体について検討していく。
上記答申については、上記答申も総務省ウェブサイトや、行政不服審査裁決・答申データベースで公開されており、この事件に関する裁決も行政不服審査裁決・答申データベースで読むことができる。
また、上記判例は裁判所のウェブページで公開されている。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/981/092981_hanrei.pdf
上記判例に関する評釈として、判例タイムズ1521号241頁がある。
第1 事案の概要等
1 事案の概要
特許庁長官は、特許協力条約に基づく国際出願であって、日本国における特許出願とみなされた国際出願(以下「本件国際特許出願」という。)の出願人であるⅩが、指定された期間内に国内書面を提出する手続の補正をしなかったとして、本件国際特許出願を却下する処分(以下「本件処分」という。)をした。Xはこの処分を不服として審査請求及び取消訴訟を提起した。
なお、特許庁長官は、国内書面の発明者氏名欄に「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載されていたため、発明者氏名欄に自然人の氏名を記載するよう補正を命じたところ、Ⅹは補正しなかった。
2 DABUSプロジェクト
DABUS(以下「ダバス」という。)と呼ばれる人工知能が創作した発明について、知的財産権による保護を求める国際プロジェクトが進行しており、本件処分に係る取消訴訟の原告訴訟代理人が「AI発明者DABUSプロジェクト 特設ページ」を公開している。
このプロジェクトページによれば、日本だけではなく世界各国において、特許出願、不服申立て及び訴訟を行っていることがわかる。ほとんどの国の裁判所は、発明者は個人・自然人でなければならないと判断した。東京地裁も、他国の裁判所と同様に、発明者を自然人と解している。
また、特許庁は、令和3年10月27日、発明者の表示に関する見解を示しており、AIを含む機械を発明者として記載することは認めない旨明らかにしていた。
https://www.jpo.go.jp/system/process/shutugan/hatsumei.html
第2 総務省行政不服審査会の判断(概要)
発明とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいい(特許法2条1項)、事実行為である。
そして、特許法29条1項、33条1項、34条1項、49条7号、123条1項6号の規定によれば、特許を受ける権利は、発明の完成と同時に発明者に原始的に帰属し、特許を受けることができるのは、発明者及びその承継人に限られると解するのが相当である。
そうすると、「発明者」は、発明という事実行為を行った者で、発明の完成と同時に特許を受ける権利の帰属主体となるものであるから、自然人に限られると解さざるを得ない。
なお、願書や国内書面の記載事項として、出願人については「氏名又は名称」と自然人と共に法人が出願人となることを前提とした規定となっている(特許法36条1項1号、184条の5第1項1号)一方、発明者については「氏名」のみが規定され(同法36条1項2号、184条の5第1項2号)、自然人のみを前提としていることも、上記の解釈と整合的である。
第3 審査庁特許庁長官の裁決(概要)
1 法184条の5第2項3号、施行規則38条の5第1号に定める国内書面の記載事項については、法184条の5第1項各号の規定を基にしている。同項各号においては、出願人については「氏名又は名称」と規定されているのに対し(同項1号)、発明者については「氏名」とのみ規定されている(同項2号)。法令上「人」とは自然人と法人を示すことから、同項1号に規定される「出願人」の「氏名又は名称」は自然人の氏名と法人の名称を指していると解することができる一方で、同項2号の「氏名」について自然人の氏名に限られないとするのは合理的ではない。
また、そもそも「氏名」という語は、特許法に限らず、法令上、自然人について用いられる語であることから、法184条の5第1項2号の発明者の「氏名」とは、自然人の「氏名」を指すと解するのが合理的であり、施行規則様式第53の【発明者】中の【氏名】の欄には、自然人の「氏名」を記載すべきということになると解される。
2 なお、筆者が確認したところ、諮問時の審査庁の判断と、裁決時の審査庁の判断は同じである。
第4 東京地裁の判断
知的財産基本法2条1項は、「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいうと規定している。
上記の規定によれば、同法に規定する「発明」とは、人間の創造的活動により生み出されるものの例示として定義されていることからすると、知的財産基本法は、特許その他の知的財産の創造等に関する基本となる事項として、発明とは、自然人により生み出されるものと規定していると解するのが相当である。
そして、特許法についてみると、発明者の表示については、同法36条1項2号が、発明者の氏名を記載しなければならない旨規定するのに対し、特許出願人の表示については、同項1号が、特許出願人の氏名又は名称を記載しなければならない旨規定していることからすれば、上記にいう氏名とは、文字どおり、自然人の氏名をいうものであり、上記の規定は、発明者が自然人であることを当然の前提とするものといえる。また、特許法66条は、特許権は設定の登録により発生する旨規定しているところ、同法29条1項は、発明をした者は、その発明について特許を受けることができる旨規定している。そうすると、AIは、法人格を有するものではないから、上記にいう「発明をした者」は、特許を受ける権利の帰属主体にはなり得ないAIではなく、自然人をいうものと解するのが相当である。
他方、特許法に規定する「発明者」にAIが含まれると解した場合には、AI発明をしたAI又はAI発明のソースコードその他のソフトウェアに関する権利者、AI発明を出力等するハードウェアに関する権利者又はこれを排他的に管理する者その他のAI発明に関係している者のうち、いずれの者を発明者とすべきかという点につき、およそ法令上の根拠を欠くことになる。のみならず、特許法29条2項は、特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、進歩性を欠くものとして、その発明については特許を受けることができない旨規定する。しかしながら、自然人の創作能力と、今後更に進化するAIの自律的創作能力が、直ちに同一であると判断するのは困難であるから、自然人が想定されていた「当業者」という概念を、直ちにAIにも適用するのは相当ではない。さらに、AIの自律的創作能力と、自然人の創作能力との相違に鑑みると、AI発明に係る権利の存続期間は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえた産業政策上の観点から、現行特許法による存続期間とは異なるものと制度設計する余地も、十分にあり得るものといえる。
このような観点からすれば、AI発明に係る制度設計は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえ、国民的議論による民主主義的なプロセスに委ねることとし、その他のAI関連制度との調和にも照らし、体系的かつ合理的な仕組みの在り方を立法論として幅広く検討して決めることが、相応しい解決の在り方とみるのが相当である。グローバルな観点からみても、発明概念に係る各国の法制度及び具体的規定の相違はあるものの、各国の特許法にいう「発明者」に直ちにAIが含まれると解するに慎重な国が多いことは、当審提出に係る証拠及び弁論の全趣旨によれば、明らかである。
これらの事情を総合考慮すれば、特許法に規定する「発明者」は、自然人に限られるものと解するのが相当である。
第5 私見
1 法解釈の方法
行政不服審査会、特許庁及び東京地裁で結論は同じである。
行政不服審査会と特許庁は、特許法の解釈から結論を導いているが、特許庁は「氏名」の解釈に特化し、行政不服審査会は「発明」の定義規定から「発明者」の解釈をしている。本件の争点は、AIが「発明者」となりうるのかであるから、発明者の「氏名」は自然人の氏名であることは、AIが「発明者」とはならないことの理由の一つにはなるが、本質的な理由づけとしては弱いと思われる。
そして、行政不服審査会や特許庁は特許法の解釈から結論を導いているが、東京地裁は知的財産基本法の解釈から結論を導いている。このような違いが出た理由を考えるに、①Ⅹが訴訟において主張を追加したこと、②「発明者」の解釈をする上で、処分の根拠法だけではなく、上位に位置づけられる関連する法律も参照することでより正確な解釈が可能となることがあると思われる。
まず、上記①について、Ⅹは、審査請求段階において、特許法の解釈を主張するにとどまり、知的財産基本法に関する主張はしていなかったが、訴訟段階において、知的財産基本法に関する詳細な主張を追加した。このことによって、被告もこの知的財産基本法に関する主張に関する反論を出すことになり、裁判所も当事者双方の主張を契機に、特許法にとどまらず、知的財産基本法も参照して「発明者」の解釈を行うことになったものと推測され、上記②の結果となったと思われる。
「発明者」の解釈は、行政不服審査会や特許庁のように、処分の根拠法である特許法だけでも可能であると思われるが、東京地裁のように、関連する法律である知的財産基本法も併せて検討することで、より深度がある解釈となった。
2 「発明者」にAIが含まれると解することの問題点(裁判所による法創造の限界)と裁判の紛争解決機能
東京地裁判決は、知的財産基本法及び特許法の解釈の他に、「発明者」にAIが含まれると解することの問題点も述べている。
本稿「はじめに」で紹介した判例タイムズ1521号241頁は、この点について、「そのため、本判決は、現行法の文言に係る法解釈に着目したというよりも、むしろ、AIによる社会経済構造の変化という社会実態の変化に照らし、司法と立法との役割分担という視点をも踏まえ、実質的には、裁判所による法創造の限界を判決文において示したものと思われる。」と評価している。
本件では、知的財産基本法及び特許法の解釈によって、「発明者」にAIは含まれないと判断できている。その意味では、上記問題点に言及することは紛争解決の観点からはプラスアルファの位置づけになっているように読める。ただ、本件では、Xが「発明者」にAIを認めない場合の問題点、認めるべき必要性を主張していることから、法解釈にとどまらず、AIが「発明者」と認めた場合のデメリット、Xの主張を受け入れられない理由を示すという意味では意義ある判示である。