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2024年:私の香水元年 (後編)


概要

目的は前編と同じ。2024年7月~10月のことを書くぞ。

4. ディスカバリーセット芸人 (7月)

プチプラ香水(ここではだいたい20~30mlで5000円ぐらいまでの香水と定義しておく)ばかり嗅いでいても「高い香水の香り」は知らないままだ。
知らないことがいつも不幸であるとは限らない。高いものを知ることによって、自分の知る「いい香り」が「(値段の割には)いい香り」となってしまうのは、考え方によっては不幸かもしれない。
だが私は、「高い香水はなぜ高いのか?」「値段が違うと何が違うのか?」に興味が湧いた。湧いてしまった。

とはいえ、消費行動の急激な変化は自分自身に違和感を与えてしまう。
そこで「ディスカバリーセット」の出番という訳だ。

……などとカッコつけているが、いきなりボトルを買うのにビビっただけである。

購入したディスカバリーセットは2つ。

オブヴィアス(OBVIOUS) ディスカバリーセット

https://isetan.mistore.jp/moodmark/product/MM-3760325250258.html

パリのニッチフレグランス専門店「Liquid」のファウンダー David Forssard が2020年に立ち上げたブランド。彼は他にも「Liquid Imaginaires」の立ち上げにも関わっている。Liquidは店名から来てたのか……?
フレグランス専門店がフレグランスブランドのプロデュースをすることは日本でもある。NOSE SHOPがプロデュースしたKO-GUがそれだ。

OBVIOUS は「白いTシャツのような香水」を掲げ、肌なじみのよい香りを目指している。個性に合っていない上にやたら強い香りプンプンまとわせているより、個性に合っていて、かつ洗練された香りをバチッとキメているほうがカッコいい、という思想だ。
ブランドの思想とSDGs的な配慮を端材で作られたコルクのキャップに再生ガラスのシンプルなボトルに落とし込んでいる。あなたの家がよほど尖ったインテリアでなければ、テーブルや棚に無造作に置いてあっても華美すぎず、かつダサくもない「ちょうどいい」デザインだ。

画像:ユヌ ヴァニーユ (UNE VANILLE)

ボトルの価格は100mlで19800円(税込)。私がこのブランドを知った頃は17600円(税込)だったが、8月の終わりに値上げとなってしまった。
値上げ後の価格でもなお「リーズナブル」と呼んで差し支えないだろう。
それほど世の中には高価な香水が溢れている。

ディスカバリーセットから特に気に入った香りを2つ、微妙だった香りを1つ紹介する。

お気に入り①:「ユヌ ローズ (UNE ROSE)」

「俺に触るとケガするぜ?」みたいな妖しい商品説明が書いてあるが、実態は甘く可愛らしいローズだ。トップのシトラスに飴ちゃんのような甘さを感じる。そこに女性のコスメ売り場に差し掛かったときのような清潔なローズが絡み合う。「差し掛かったとき」というのがミソで、何人もの女性が纏まってお色直しをした女子トイレのような、化粧品の芳香成分が充満してむせ返るような感じではない。はずだ。私は実際に女子トイレに入ったことはないので、「そういった状況では、トイレ関係のアレコレとは別ベクトルですごい臭いらしい」という伝聞ベースで語っている。そもそも気に入っている香水の話をしているのにトイレの話をするな。
ベースにスパイスが入っているが、あくまで清涼感を与える程度に留まっている印象だった。
自分の個性には合わないが、好みの人がつけていたらいつもよりテンションが上がってしまうかもしれない。

お気に入り②:「ユヌ ヴェルヴェーヌ(UNE VERVEINE)」

ヴェルヴェーヌとは要はバーベナのことだ。VERVEINEとVANILLEの綴りがパッと見で似ているので、画像と説明が食い違っている香水紹介をたまに目にする。レモンとバーベナのさっぱり・すっきりなオープニングから、ほのかに甘いミドル以降に続く。ベースのベチバーの主張は強すぎず、ムスクと調和している。
個人的白T感ではアン ムスク(UN MUSC)に並ぶ。肌になじむのが早すぎるのか、ちょっと持続性が弱く感じるのが玉に瑕。

not for me: 「アン ポワブル (UN POIVRE)」

とにかくオープニングに強い酸味を感じてしまう。私の鼻には胡椒の刺激より強く香り、ドライダウンを待つことができなかった。一体どの香料が自分にnot for meなのか分からないが、消去法でキャラウェイなのではないかと思っている。
ちなみにポワブルとは胡椒だ。ポワーブルと伸ばす表記揺れもあり、LE LABOの POIVRE 23やSerge LutensのPoivre Noirなど、他のスパイス系香水でもド直球ネーミングで使われるぐらいに頻出単語だ。
「スパイスが合わないのか?それともアン ポワブルが合わないのか?」という問いは後々の役に立ったので、not for meな香りに遭遇することは必ずしも悪いことばかりではなかった。

なお余談だが、OBVIOUSはサロン・ド・パルファン2024にて、新作の高級ラインを先行販売する。


画像: フリーダーズ ソーン (FRIDA'S THORNS)

値段は100mlで31900円(税込)。だんだん庶民的な白Tから一着10万の白Tに近づいているような気がしなくもないが、価格高騰に伴う高級ラインの新設はどうも世の中のトレンドのように見える。このブランドもご多分に漏れず、ということだろう。

個人的に、OBVIOUSは人気商品に30ml、もしくは50mlのサイズがあると日本人の間でもっと流行ると思う。外見にハイブランド特有の取っ付きにくさがないし、中身もしっかりしている。
問題はサイズだ。どうも日本人は100ml大容量のボトルを好まない傾向があるらしい。

日本でジャック・キャバリエのように肩周りにバシャバシャ香水をつけていると、ほぼ間違いなく香害判定されてしまうだろう。香害呼ばわりをおそれ、控えめにつける人が日本には多く、外国人より消費量が少なくなり、結果100mlは多いと感じるのかもしれない。
もしくは、香水マニアやオシャレさんになるほどコレクションが増え、一本あたりの消費量が減るからかもしれない。

実際、今の私程度でも、100mlはやや Too much に感じつつある。

さて、そろそろ次のディスカバリーセットの話に移らないといけない。まだ買ったボトルの話もできていないのだから。

イストワール ドゥ パルファン (Histoires de Parfums) ディスカバリーセット

ボックスのデザインに惹かれた。所謂ジャケ買いである。

Histoires de Parfums (以下イストワール)は「嗅覚で読む本」を掲げ、歴史上の偉人に関連のある年代や、イメージの元となる数字4桁を名前にしたラインナップが主力だ。例えばディスカバリーセットに入っている「1899 | ヘミングウェイへのオマージュ」の1899はヘミングウェイの生年を指す。他にも「エロティックな60年代のイメージ」として作られたのが「1969」、「モナ・リザ」の寸法 77cm×53cm にちなんだ「7753 | モナ・リザ」という香水もある。

他にも、ディスカバリーセットには入っていないが、ルネ・マグリットの「イメージの裏切り」に着想を得た「This is not a blue bottle」シリーズ
(全7作、完結済み) も面白そうだ。


ルネ・マグリット《イメージの裏切り》(1929年)

あとなんか黒いやつとか……

無機質でカッコいいボトルのシリーズがある。
これらは花や植物、パリの名所などから取っているらしい(Fragrantica調べ)
https://www.fragrantica.com/designers/Histoires-de-Parfums.html

創業者兼調香師のGerald Ghislainは、それまで経営していたレストランを全て売り払って調香師養成の名門校 ISIPCA の学費にあてたそうだ。元料理人の経歴を活かし、グルマン系に使われる香料を好んで取り入れる傾向がある。ディスカバリーセットを試した限りでは、お菓子の香りそのものを目指した香りというよりは、まずしっかりとした香りを組み立て、隠し味としてグルマン系の香料を調和させるスタイルだと感じた。
調和はしているが、バニラはやはりそれと分かるような香りがするし、日本の真夏にバニラは重い。全体的に試す時期を間違えた感があった。
という訳で、真夏に試した体験ベースに「これなら秋冬ほしいかも」と思えた香りと、「真冬にもう一度試してみたい」と思った香りを一つずつ紹介する。

「これなら秋冬ほしいかも」:1899 | ヘミングウェイへのオマージュ

食前酒を飲むような小洒落た食文化は持ち合わせていないので、「食前酒のような~」といったくだりには「はあ、そうなんですか……」となるのだが、シュッとした爽やかさは確かにある。「果肉そのもの!」や「涼しい!」と感じるようなところまでフレッシュが突き抜けてはいない。オープニングのシトラスは、時間が経った後のシナモンとバニラが織りなすノスタルジックな甘さに誘うのが役割と考えるのがよいと思う。

「真冬にもう一度試してみたい」: 1740 | マルキ・ド・サド

SMプレイの「S」の元ネタでお馴染みマルキ・ド・サドを元ネタとした、レザー系の香水だ。レザー系の香りは真冬に適しており、数歩外を歩くだけで汗が吹き出るような真夏は汗とレザーの匂いが混じってしまい、えらいことになる。つまるところ、試す時期を完全に間違えた。

5. 諭吉、または渋沢の壁越え (7~8月)

OBVIOUSのディスカバリーセットを注文したころに気になっているブランドがあった。
「マリージャンヌ / MARIEJEANNE」である。


MARIEJEANNEは、フランスはグラースの老舗天然香料専門の会社「ロベルテ社 / Robertet 」の創業家5代目のGeorges Maubertが創業したブランドだ。創業2020年とまだ新しく、おそらくロベルテ社の香料抽出技術のプロモーションも兼ねているのだろう。ロベルテ社との太いパイプを活かし、香料の質で殴るストロングスタイルの割に価格抑えめ(他社比)で提供してくれるのが魅力だ。
上の動画の右側の女性、清水小夜香さんが代表を務める「PARISIENNE BEAUTY GROUP」傘下のParis. 株式会社が日本の輸入代理店だ。彼女自身がフランスへ赴き、日本まで引っ張ってきた初めてのブランドなのだそうだ。

私が初めて買った1万円以上の香水はこれだ。
これで壁越えと行こうじゃないか……(雑なサブタイ回収)

マルセル / Marcel : MARIEJEANNE

MARIEJEANNE には、

  • 「Héritage Collection」オーデコロン(EDC), 100ml, 17600円 (税込)

  • 「Matières Premières Collection」オードパルファン(EDP),100ml, 26400円 (税込)

の2つラインがある。100ml 9350円 (税込) のルームミストのコレクションについてはここでは割愛する。
「Héritage Collection」は創業一族の誰かから名前を取ったシリーズだそうだ。日本で一番売れているらしい「レオン / Léon」はこちらに属する。
「マルセル」も創業一族の誰かから名前を取っており、メンズ向けの香水だそうだ。ペアフレグランスとして作られたかどうかは分からないが、対となるレディース向け香水の「マルセール / Marcelle」があり、非常に混同しやすいネーミングになっている。
「マルセル」の調香師は中東の超高級フレグランスブランド「Amouage」で活躍するKarine Vinchon Spehnerだ。

https://www.fragrantica.com/noses/Karine_Vinchon_Spehner.html

先ほど「香料の質で殴るストロングスタイル」といったが、これは正確ではなかった。正しくは「調香師のスキルと香料の質で殴るストロングスタイル」だ。

「マルセル」のオープニングはACQUA DI PARMAの原点たる香水「Colonia」に似た、かなり伝統的なコロンの香りがする。
(「Colonia」の香りはCelesで量り売りを購入して確かめた。)
そこからラベンダーとイランイランのアロマテラピー一歩手前の心落ち着く香りが広がる。ラベンダーは質の低い香りだとトイレの芳香剤に例えられがちだし、イランイランは使い方を間違えるとオバサンぽくなってしまうが、ここで調香師のスキルと香料の質で殴るストロングスタイルが効く。トイレの芳香剤でもオバサンぽくもない、Ultra High Qualityなアロマになる。コイツまたトイレの話してんな。

そこからパチョリ、ベチバー、シダーのアーシー三銃士の時間である。ちなみにアーシー三銃士はノリで名付けたので、他所で言っても絶対通じない。
安い香水と高い香水の差の一つに、ベースの香料にかける予算の違いがあるらしい。安い香りほどベースにお金をかけられていないので、香りがすぐ飛んでしまうということだろうか。

香りの持続が短いとされるEDCとはいえ、自社の香料を披露する場で手抜きなどしては意味がない。MARIEJEANNEはここにもしっかり高級品を使っているのだろう。カラッとした大地の心地よい香りが、控えめに見積もっても4時間以上は残ってくれる。

このブランドの最大の強みは「香料の質に対する絶対的な信頼」にある。ロベルテ社の看板がそのまま信頼となるからだ。弱点は国内のプロモーションだ。MARIEJEANNEのInstagramアカウントはある。

が、日本人の香水マニアはXを使って情報収集していることが多い。
↑の「ローズ シソ」は日本限定である。ここまで日本LoveなのにXのアカウントがないのはかなり勿体ないと思う。インスタの内容そのままでいいからXのアカウントも欲しい。

プロモーションの他に、より手に取りやすくなるには、やはりOBVIOUSと同じ指摘をせざるを得ない。100ml一本槍はいささか重い。
あと試嗅の機会が少ないと思う。取り扱い店舗は宮城から岡山と、東京一極集中はしていないものの、日本ではサンプルを常設販売していない (インスタの画像を遡ればサンプルは存在するようなので、単に日本で取り扱っていないだけだと思われる。) それで100mlオンリーは敷居が高いと言わざるを得ない。輸入代理店の今後の頑張りに期待したい。

なお、章冒頭の動画サムネ左側の男性、香水インフルエンサーのKENTY氏がレオンをYoutubeやTiktokで激推ししているのもあってか、ちょくちょく公式サイトのレオンはSOLD OUTになっている。伊勢丹メンズ館には安定して在庫があると思うが、遠方で欲しい人は定期的に公式サイトの在庫をチェックしておくといい。


テール ドゥ エルメス / Terre D'Hermes: Hermes

OBVIOUS, Histoires de Parmus, MARIEJEANNE、これらは所謂「ニッチ香水」に属する。企業理念やアーティスティックな表現に共感する「ニッチ」な顧客のための香水だ。エルメス、ルイ・ヴィトン、シャネル、ディオールなど、本業が香水以外にあるファッションブランドが出す香水は「デザイナー香水」と呼ばれる。

ニッチ香水の黎明期を支えたフレグランスブランド「フレデリック・マル /  EDITIONS DE PARFUMS FREDERIC MALLE」は20世紀末の「マーケティング至上主義で、予算が厳しく、流行りの香りを相互に模倣しあい、没個性的な」デザイナー香水への反逆として立ち上げられた。
(出典:https://cahiersdemode.com/all_about_frederic_malle/)

ニッチ香水愛好家の中には、当時のイメージを引きずってか、デザイナー香水を「売れ線の没個性的な香り」と決めつけて、あまり好まない人もいる。

そういった経緯を抜きにしても、エルメスやヴィトンのブティックに入るより、NOSE SHOPに立ち寄るほうが心理的なハードルは低いと思う(そこがNOSE SHOPの良さだと思う。)
今のデザイナー香水はニッチフレグランスの手法を逆輸入しており、当時ほどマーケティング至上主義ではなくなり、元々持っていた豊富な資金力を活かして予算に制限を設けていないように見える。実際、エルメスはそうしている。
(出典:https://cahiersdemode.com/christine_nagel/)


それはそれとして、フランカー(売れている香水をちょっとアレンジしたバージョン)商法は続いている。フランカー商法を良く思わない人もいるのだろう。

歴史のお勉強はそろそろ切り上げ、見出しの香水の購入に至った経緯について話そう。私がデザイナー香水を選びたい理由は2つあった。

  • 「ニッチ香水=個性的」「デザイナー香水=没個性的」のイメージに自分自身囚われつつあり、脱したかった。

  • 濃度別に一本ずつ欲しかった。色々使いこなせるほうがカッコいいと思ったのだ。EDCは「マルセル」を確保済みだが、ニッチ香水は肌感だとEDPが多く、EDTはデザイナー香水の得意なフィールドだと思う。
    ニッチと呼ぶにはあまりにも大きすぎ、かつデザイナー香水でもなく、EDTのラインナップも充実しているゲランという例外もあるが。

デザイナー香水から選びたいのは分かった。では何を選ぶか?ディオールの「ソヴァージュ」か?シャネルの「ブルー ドゥ シャネル」か?ヴィトンは……EDT取り扱ってない。パス。

選ばれたのは、エルメスでした。

テール ドゥ エルメスの決め手は「シトラス・ウッディの金字塔だから」である。勿論事前に試してみて良かったから、は前提としてだ。
「この香水がいかにすごいか」についてはこちらが詳しい。

青果売り場を感じさせるようなフレッシュなグレープフルーツやオレンジの香りと、シダーの鉛筆削りっぽさとペッパーのスパイシーなオープニングから始まり、ゼラニウム(Fragrantica曰くペラルゴニウム)とフリントが中継ぎを見事に勤め上げ、そしてベチバー、シダー、パチョリのまたもや登場アーシー三銃士のハーモニーだ。

武蔵野ワークスの「樹海」に始まった「シトラス・ウッディへの興味」がここに結実した。「樹海」も「テール ドゥ エルメス」どちらもオフィスでもプライベートでも使えて、明確に苦手な季節がないオールラウンダーだ。
「テール ドゥ エルメス」の優れた点として、Iso-E-Super という合成香料を大量に使用しており、持続性がEDTとは思えないほど高い。
Iso-E-Superはシダー調の香り、またはアンバーグリス調の香りなど、人によって様々な香りがするらしく、他の香料の香りと調和し、拡散性、持続性を増強する効果がある。これを大量に使用することで香りが飛びやすいシトラスの香りを延命しつつ、自分自身はベースの香料に溶け込んで、ウッディノートを引き立てている。
調香師はJean-Claude Ellena。この香り一つでファンになった。2016年にエルメスの専属調香師を退いた後、様々なブランドに精力的に顔を出すようになった。彼の他の作品もどこかで試してみたいと思った。

「テール ドゥ エルメス」価格は50mlで14070円(税込)、100mlで17490円(税込)。安くない?(感覚麻痺の兆候)
めちゃめちゃに売れている香水なので、他人と香水が絶対被りたくない人の選択肢にはなりえないだろうが、脱プチプラとしては我ながら非常に手堅い選択肢だったと思う。

6. モノクロな香りへ (9月)

「マルセル」が天然香料への賛歌なら、「テール ドゥ エルメス」は天然香料と合成香料の妙技だ。
両者に共通するのは自然への情景だ。
「マルセル」に限らず MARIEJEANNE は用いられる全ての香料が天然香料の素晴らしさを伝える気概に満ちており、「テール ドゥ エルメス」は大地のイメージを香りにしたものだ。
自然は色彩に満ちており、心に潤いを与えてくれる。

彩り豊かな世界にどっぷり浸かったら、次に相反するモノを求めてしまうのが私の捻くれたところだ。

オルフェオン / Orphéon: Diptyque

物事に興味を持つと人は情報に飢えるようになる。それが香水の場合、「香りの体験への飢え」となって膨大なコレクションに繋がるか、あるいはオタク的な蘊蓄への飢えに繋がるか、その両方かだ。
プチプラ香水を買い、ディスカバリーセットを買い、そして1万超えのボトルに手を出しながらも、買うかどうかは別としてとにかく情報をインプットしていた。Diptyqueもその中の一つだ。
国内外のレビュー動画を見たり、Xのコスメ系のアカウントが作ったDiptyqueの香水マッピングに香水マニアが「エアプ乙」する一連の流れを見たり、読み物として非常に面白いnoteを見たり。

Diptyqueは私にとって「お噂はかねがね……」というブランドになっていた。引き合いに出した情報がことごとく第三者発なので、Diptyque側からすると「お噂」は風評でしかないのだが。

伊勢丹メンズ館やエルメスのブティックに赴いたことで「店員と会話しながら香水を買う」度胸がついた私は、次のステップとして近場の百貨店のDiptyqueに通って香りを試すようになった。

Diptyqueの香水のうち、私がモノクロなイメージを抱いているのは「オルフェオン」「フルールドゥポー / Fleur de Peau」「ローパピエ / L'eau Papier」の3つだ。
「フルールドゥポー」と「オルフェオン」を試し、「うーん……どっちも欲しいけど……強いて言うならオルフェオンかな!」となった訳だ。

問題は価格だ。28270円(税込)は「マルセル」や「テールドゥエルメス」と比べると1万円以上のジャンプだ。しかも75mlと微妙にキリの悪い内容量だ。Diptyqueは「L'eau (EDT)」から香水を始めたブランドゆえか、EDTのラインナップは今でも充実している。そちらでは50mlと100mlのボトルがあるので「オーバル型のボトルでは100mlは都合が悪い」という訳でもない。なぜEDPは75mlなのだろう。

1万円以上ジャンプするには何かしら背中を押す口実が欲しい。私はそれに「セルフ誕プレ」を利用した。

「オルフェオン」が創業60周年記念として作られ、かつて本店の横にあり、創業者3人が足繁く通ったバーの香りをイメージした、というのはこの香水に興味を持った人間なら耳にタコができるほど聞いたことがあるだろう。バーは既にこの世に存在せず、この香水が発売された2021年には創業者の3人も既に亡くなっているため、真相を確かめる術はなく、あくまでイメージだ。

↓ちなみに音楽にするとこういうイメージらしい。

調香師はOlivier Pescheux。「フルールドゥポー」も彼の作だ。
彼は「オルフェオン」を生んだ2年後の2023年に亡くなってしまった。大変惜しい人を亡くした。

「オルフェオン」の香りは形容が難しい。60年代の木目調のバーに香るタバコの煙などをイメージしているらしいが、Diptyqueの香り自体品が良いのもあって、バーの客層もかなり上品な印象がある。少なくとも残業上がりのくたびれた会社員ではなく、定時にキッチリ帰れるホワイト企業勤めだろう。60年代をイメージしていると言っているのに現代日本の客層で例えるのはどうなんだ……?

ともあれ、私がにそのようなバーに通った経験がないため参照エラーを起こし、どうしても「なんだかすごく上品でぇ、清潔感があってぇ……」という感想になってしまう。SNSのボキャブラリーの乏しい「石鹸のような~」といった感想は参照可能な経験の不足に由来することを学んだ。
それだけで終わるのも味気ないので、私が香りからイメージした光景を伝える。

「高級ホテルのロビー。黒、または深い緑の大理石。やや暗く、間接照明が使われている。噴水があり、水路の水音とアンビエントが淡々と流れる。時間は早朝、または深夜に近く、人はほとんどいない。リミナルスペースのような空間」

ロルフェリン / L’orpheline: Serge Lutens

百貨店のDiptyqueに通ったり、NOSE SHOPに寄ってガチャを回すようになった頃、同じく百貨店のラトリエ デ パルファムも覗いていた。目的はセルジュ・ルタンスだ。

例によって例のごとく、こういったnoteで興味を膨らませ、

公式サイトの香水診断で気になる香りをピックアップし、

意気揚々と出向いた訳だ。
ちなみに当時の診断では「シェルギイ / Chergui」と「アンブル スュルタン / Ambre Sultan」が出た。

選択肢は覚えているので再現してみた

「シェルギイ」はポエムを読んで勝手にHOTでムワっとしたイメージを抱いていたが、かなりカラッとしており、いい意味で予想を裏切られた。モロッコの気候エアプが出てしまった。
「アンブル スュルタン」は京都のどこかのお寺のお堂。同じ寺系香水の武蔵野ワークスの「沈香」と価格帯の差を感じた。想起される建物の築年数が違うのだ。この2つでこれほど違うのならば、世のウード系香水にハマるとさぞとんでもないことになるのだろうな、と思った。香りの深さ的な意味でも、お財布的な意味でも。

この2つのムエットを出してもらって嗅いでいると、店員さんに「これもどうですか」と勧められたのが「ロルフェリン」だった。

「ロルフェリン」に限らず、ルタンスは香水の説明において、香料の情報をあまり公にしない。
(人名を「セルジュ・ルタンス」、ブランドを「ルタンス」と呼び分けることとする)
公式にある香料、および各種サイトたちの情報を総合すると、「インセンス、ムスク、カストリウム、カシュメラン、ラベンダー、パチョリ、ブラックペッパー、その他色々」だ。
ルタンスの香りはごく僅かな例外を除いてChristopher Sheldrakeが調香している。漫画に例えるとセルジュ・ルタンスが原作担当、クリストファー・シェルドレイクが作画担当だ。
「アンブル・スュルタン」のアンバーのエピソードのように、香料の選定にセルジュ・ルタンス自身も関与している記述があるためか、あるいは調香師が黒子に徹しすぎているのか、セルジュ・ルタンスが調香していると勘違いする人がけっこう多い。

インセンスと聞くと中東や日本の線香のような香りを想像するが、「ロルフェリン」は西洋的で清らかな香りだ。私はキリスト教徒ではないのでまったく馴染みがないが、海外のコメントには「教会の香り」が頻繁に出てくる。あと「シェービングクリーム」か。そういえば「オルフェオン」のコメントにもシェービングクリームが出てくることがある。「マニッシュで清潔な香り」の言い換え表現と捉えているが、「ロルフェリン」はジャンルとしては「フゼア」が近いのだろう。
「フゼア」はHoubigantの「フジェール ロワイヤル / FOUGÉRE ROYALE」を原典としたジャンルで、ベルガモット、ラベンダー、ゼラニウム、オークモス、クマリン、トンカマメあたりが入っていることがポイントとされている。
(今Houbigantから販売されているのはオリジナルの処方をベースに現代的に調香し直したリメイク版である。)

が、厳密に香料の有無を以てフゼアが定義されている訳ではなく、「理髪店っぽい香り」「シェービングクリームみたいな香り」「おじさん……もとい、男性のスーツスタイルに似合う香り」の言い換え表現として使われてる感がある。

また四方山話に話題が逸れてしまった。授業内容と関係ない話ばかりしてカリキュラムを予定通り終えられない先生か?
「オルフェオン」同様、香りのイメージで締め括ろう。

「生命を感じない空間。モノクロ写真の中の時が止まった世界、または遠い未来、珪素生命体の宇宙船内。珪素生命体はかつてのインウイのCMの女性のように白く美しい。我々炭素生命体のような食事を摂らず、したがって生理的反応や微生物からくる「肉」の匂いとは無縁。白を基調とした空間で、滅びた母星の記憶を運びながら、新天地を求めて彷徨う。」


おわりに (10月~)

ここまで辛抱強く読み進められた誰かへ。大変お疲れ様でした。

最後に今期待していること、これからやりたいことを語って終わりにしよう。

まあ、まずなんと言ってもサロパですよね

https://meeco.mistore.jp/contents/magazine/salondeparfum/index.html


パルファンサトリの「侘助」。個人的には「シルク イリス」「イリス オム」も試してみたい


P.Seven茶香水。台湾茶ってちゃんと飲んだことないのよね。


ミュシャ。北極星がかなり気になる。だってアカウント名が北斗七星だから。


5W1Hの鉱物コレクション。5種類全部限定品ってマ?通常販売なし?

全部買う……訳ではないと思うが、まあ気になっているのはこのあたり。フレデリック・マルの中東シリーズ、ブーディカ、アンリ・ジャックはやはりはるか雲の上の存在だ。

次にオーダーメイド香水作りたい

日本のオーダーメイド香水というと「LIBERTA perfume」がもっとも有名で、他に「オーダーメイド推し香水」として「Scently」がある。

テキストでは一万文字も書けるくせに対面では「ああ^~、いいっすね~」とか「おもしろ~い」などとしか言えないボキャブラリーが死んだリアクションしか取れない男なので、カウンセリングをうまく活かせないのが不安でどうも手が出なかった (そもそもリベルタを知った頃はオーダーメイドに興味を持つほど経験値が無かった) が、金熊香水はオンラインかつシンキングタイム∞で処方を決められるので、対面のボキャブラリーが死んでる人間でもできそうな気がしている。というか後は注文するだけの処方を既にいくつか保存している。
トッピング香料マシマシでもだいたい13000円いくかいかないかで注文できるのも魅力だ。

半年間、情報を漁り、サンプルを試し、ボトルを買うか悩み、買ったボトルを愛でる、駆け抜けるような日々だった。
これからも楽しめそうだ。


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