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【ちよしこリレー小説】青い夏 第七話
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第七話 CCレモンと葵
5人組で街に繰り出した次の日の月曜日。
暑い時間を避けて少し早めに登校し教室に到着した葵は、時間つぶしに図書館で借りた小説を読んでいた。
少しずつ登校する生徒は増えているが、大半が部活の朝練に出ているのか、教室はまだ葵以外誰も来ていない。静かな部屋の中、小説の世界の没頭する。
「おはようあー子」
小説を読むのに集中していた葵は、後ろから急に声をかけられ、びくっと肩が揺れる。
びっくりして振り向けば、朝から部活動に精を出していたのであろう、ジャージを着た蒼が立っていた。いつの間に。心臓がバクバクしている。ジャージ姿の蒼は、あの坂道で出会ったときの蒼を思い起こさせた。しっかり動いたのだろう。汗で髪の毛がしっとりとしている。
蒼は決してイケメンといった風貌ではないが、カラッとした性格がそのまま外見に出ており、特にこういった運動着を着ているととてもかっこよく見える。
「び、びっくりしたー!!!」
「ははっごめんごめん。めちゃくちゃ集中してるからさ。驚かせたくなってついつい。ははっ」
そう悪びれた様子もなくえくぼを浮かべ笑う蒼に、つられて葵も笑みを浮かべる。蒼の笑顔は、いつだって清涼剤のように葵の気持ちを明るくさせてくれる。
「あ、アオくん、昨日はありがとうね。街を案内してくれて」
「いやいや、今回は俺らの思い出巡りになっちゃったからさ、今度はまた観光的なところも行こうな」
そういいながら笑う蒼に、それって二人で?という疑問が瞬間的に浮かんだが、口に出る前に慌てて打ち消す。蒼とは出会ってまだちょっとだけなのに、どんどん欲張りになっている自分がいて、ちょっと怖い。
「うん!ていうかアオくん、部活中じゃないの?こんなところにいて大丈夫?」
そう葵が問いかければ、「やべっ」と言いながら慌てて教室を出て行ってしまった。もしかして、私がいたから来てくれたんだろうか?そんなことを想像して、一人赤くなる。
その後は小説を読む気もなくなってしまい、教室の外を眺めながらぼーっとして過ごしていた。
「あ、あー子おはよう」
そこに、しのぶがやってきた。
「あ、しのぶちゃんおはよう。昨日はありがとうね!」
「ううん。てかさ、例のアオハルが気になって私昨日寝れなかったんだけど」
そういたずらっぽく笑うしのぶは酷く魅力的で、女同士だというのに少しどきりとする。それと同時に、まるでコードネームかのようにアオハルという単語を持ち出す茶目っ気に、しのぶのことが好きだなあと思う。
「あ、でもあれか。今は夏だし、アオハルよりアオナツか」
なにやらぶつぶつ呟くしのぶに、「なにそれ」と笑いながらつっこむ。
「でさ、あー子的には今どんな気持ちなの?」
うりうりとにじり寄ってくるしのぶに、きゃーとわざとらしく悲鳴を上げながら逃げるふりをした葵は、どんな気持ち……と脳内で質問を反芻する。今の気持ちを正直に表すなら、
「好き……になりそうな感じかな」
ぽろっと飛び出た言葉に、自分でびっくりする。好きになりそう。うん、そうだ、好きになりそう。それだ。
「そっか~いいな~」
特に茶化すことなく心底羨ましそうにつぶやくしのぶに、「しのぶちゃんは好きな人とかいないの?」と問えば、一瞬苦い顔になったしのぶは、「いない……かな」と歯切れ悪く答える。
そんなしのぶにそれ以上突っ込む気になれず「そっか」と返せば、しのぶはにこりと綺麗な笑顔を浮かべ、「で?いつ図書館行くの?」と突っ込んでくる。
そうこうしているうちにぞろぞろとクラスメイトが教室に入ってきてしまったため、葵としのぶは目くばせをして、「また後で」と念を送りあい、話をそこでやめた。
じきに詩織も教室にはいってきて「あ!二人共はやーい!二人だけの内緒話してないでしょうね!」と勘の鋭いことをいうものだから、しのぶと葵は顔を見合わせて大笑いしたのだった。
※※※
昼食後、詩織としのぶに誘われ、三人で屋上に来ていた。
屋上に入るための入り口部分のおかげで陰になっているのと、風が吹きあげてくるのとで、意外と涼しい。
「あー子はさ、蒼と玉やんならどっちがタイプなの?」
そう詩織に突っ込まれ、葵は口にしていたいちごミルクを吹き出しそうになる。
「ごほっ……え?」
「いやさ、あの二人、結構人気あるのよ昔から。だからあー子はどっちタイプが好きなのかなと思って」
そう聞いてくる詩織の瞳に、他意はなさそうだ。ちらっとしのぶを見やれば、フルフルと首を振っているので、しのぶが何かを話したわけでもなさそうだ。
「えっと……実はね」
そういって葵は、昨日と今朝、しのぶに話したことを詩織にも伝えた。せっかく3人で仲良くなれたのに、隠し事はしたくない。
「えええええええ!なにそれ!蒼がそんなことを!?絶対それあー子のこと好きじゃん!アオハルアオハル!」
さすがCCレモンコンビである。しのぶと同じことを言う詩織に、笑いがこみあげてくる。
「たしかに、蒼って誰とでも仲良くなるけど、そんなに深入りしないもんね。線引きがすごくうまいし」
詩織の言葉にしのぶが続ける。そうなんだ。蒼は境界がないタイプなのかと思っていたけれど、幼馴染の目から見るとまた違うらしい。
「うんそうそう。だからさ、絶対脈あるよ!」
そう詩織から力説され、かーっと赤くなる。「「あ、赤くなってる」」そう声をそろえるCCレモンコンビに「やめて~!」と伝えれば、二人そろって笑いだす。息ぴったりだ。
「あ~でも被らなくてよかった!私さ、玉やんのこと好きなんだよね!」
そう詩織があっけらかんと言い出し、「ええ!そうだったの!」と葵は声がひっくり返ってしまった。昨日5人で遊んでいた時には、まったくそんな雰囲気を感じなかったが、自分が鈍いのだろうか。
「玉やん、べたべたするタイプ絶対嫌いだからさ、どうやって攻めるかちょっと難しくてね」
そう苦笑する詩織に、これまた意外に思う。パワータイプかと思いきや、そんなこともないらしい。
「今度さ、また5人で出かけない?玉やん1人は誘いづらいし、今回誘ってもらって私すごいありがたかったんだよね」
そう続ける詩織に、「いや、あー子は蒼と図書館デートするみたいよ」としのぶが間髪入れず伝えれば、「えー!ずるい!」とむくれる詩織。
「いいな~私も玉やんとデートしたい!」
そう空を仰ぐ詩織に、しのぶが眩しそうな表情を向けていることに気づく。それはちょっと苦み走った表情にも見えて。もしかしてしのぶも……?
その時だった。ぶぶぶっとポケットの携帯が震えるのを感じた。ポケットから取り出して見てみれば、そこには蒼の名前。
「「なになに?水曜日に図書館いかない?って?」」
いつの間にか携帯をのぞき込んでいたCCレモンコンビが、声を揃えて表示された文章を読み上げる。
「ちょっと!読み上げるのやめてよ!」
笑いながらそういえば、「これはデートですね、しのぶさん」「そうですね、詩織さん」と腕を組みながら頷く二人。
「早く返してあげなよ!」
そう詩織に促され、葵は「大丈夫です」と返した。文字を打ち込むだけでどきどきする。震える指で紙飛行機のマークを押せば、メッセージがあちらに送られた。すぐに既読がつき、
「じゃあ図書館で待ち合わせよう」
と返ってくる。頬が熱くなるのを感じる。そこに、「いや~あついねえ」「ほんとほんと、あついわあ」と手をぱたぱたさせながら頷き合う二人。
ぷっ
葵が吹き出せば、それが引き金となり、3人で爆笑をする。
ああ、幸せ、この学校に来てよかった!
転校前にもやもやしていた自分に伝えたい。あなた、転校してすぐに親に感謝することになるよって。
そう思いながら葵は、蒼に了承のメッセージを送ったのだった。
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