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【ちよしこリレー小説】青い夏 第三話
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第三話 奇跡
「佐藤さん、ここが貴方のクラス、2年1組よ」
夏休み明け初日。転校生の葵を案内してくれたのは、担任になる山崎瑶子(やまさきようこ)だった。ベテランといった風貌の山崎は、セミロングの髪を後ろに縛り、化粧気のないその顔に、くしゃっと人好きのする笑顔を浮かべた。
「クラスみんな仲良いからあなたもすぐ馴染めると思うわ。安心してね」
新しいクラスを前に緊張しているのを気遣ってかかけられた言葉に、葵は
(いやそれ逆に途中から入りづらいやつ……)
と思ったが、山崎が自分を思い遣ってくれていることは理解していたので、こくりと頷くのみで賢明にも口を閉じておくことを選択した。
ーガラっ
扉を開けると、ザワザワと教室内の活気が熱となって押し寄せてくる。
「はーい!皆静かに。転校生がいるので紹介させてちょうだい」
パンパンと手を叩きあっという間に注目を集めた山崎は、ちょいちょいと葵に手招きする。
葵は緊張で震えそうなのをお腹に力をこめることでなんとかねじ伏せ、教室内に歩みを進めた。
「転校生の佐藤さん。佐藤さん、自己紹介お願い出来る?」
教室内の目という目が山崎に、次いで葵へと移る。興味津々なその様子に、かーっと顔が赤らんでくるのを感じた。
「あ、あの、佐藤葵です。よ、よろしくお願いします!」
(噛んだー!)
最初の挨拶が噛み噛みになったことに、さらに顔が赤くなるのを感じ、誤魔化すように頭をガバリと下げた。
その瞬間、どっとクラスから笑いが起こる。
(笑われた……!)
恥ずかしさのあまり、頭がどくどく鳴り始めたのを感じた葵は、泣きそうになるのを賢明に堪えて顔が上げられずにいた。
「すげー!!!!サトウアオイだって!!!!おい蒼!!!!お前同じ名前じゃん!!!!」
そう嬉しそうに叫ぶ声に、えっ?と顔をそーっと起こしてみれば、クラスの視線は教室の後ろの方に向いていた。
ささっと目尻に浮かびかけた涙を拭い、その視線の先を見れば、えくぼを浮かべた蒼がいた。
ひゅっと息を呑む。
「えー!サトウさん!俺のこと覚えてる!?東の佐東!まじかー下の名前も同じかよー!この間会った時に教えてくれたらよかったのに!まじですげえ!」
自分で自分にゲラゲラ笑い転げる蒼につられ、クラス中が笑いに包まれる。
そうだったりして……なんて思い浮かべていたことが現実として目の前に現れて、葵は言葉に詰まる。本当に?奇跡が?
ありきたりだけれど、人目がなければ頬をつねりたいほど、信じられない。
「おい!蒼!いつサトウさんと会ってたんだよ!やらしーぞ!」
「はあ!?こないだ図書館でたまたま会っただけだっつーの!」
「えっ、佐東くんと佐藤さん前から知り合いだったの?」
「いや、知らない。その時がはじめまして」
「それナンパじゃねーかよ!やらしー!」
「やらしくねーわ!あほ!」
「てかサトウアオイが2人いてややこしいな。あだ名決めよーや」
蒼を中心に口々に喋りたてるクラスメイトをニコニコ見ていた山崎が、「ああ、たしかにややこしいからニックネームをつけるのはいいわね」と葵の方を見てきた。
「あ……はい。お願いします」
いつのまにか顔の赤みも引き、クラスの喧騒にやや圧倒されていた葵は、なんとかそう答えた。
「じゃあ女サトウ男サトウは?」
先ほどから蒼に絡んでいた、見るからにお調子者と言った様子の男子生徒がそう叫ぶ。
いやそれじゃ単純すぎる、でも意外と分かりやすいかも……再びザワザワとし始めたところで、蒼がハイッ!と手を挙げた。
「おれも佐東だから佐藤さんってなんか呼びづらいし、葵ちゃんは自分を呼んでるみたいでなんか変だし、あー子はどう?!」
お前それ名前変わってるじゃねーかよ!という周りからのツッコミをしれっと無視し、キラキラとした瞳を向けてくる蒼からそう問いかけられた葵は、ドキドキ鳴る胸の音を聞かないようにしながら、「そ、それでいいです」と答えた。
この間も感じたが、やはり蒼は「みんな友達」タイプのようで、このクラスでも中心的存在のようだ。
「んじゃ俺のことはアオイって呼んでいいよ!」
そうてらいもなく言葉を続ける蒼に、クラスの全員が
「「お前はそのままかよ!」」
と突っ込んでいるところがまるで某新喜劇のようで、思わず「はははっ」と笑った葵に、つられるように蒼も「ははははは」と笑い、結局クラス全員で笑い転げるという謎の時間を過ごした面々は、妙な一体感のまま、互いに新たなクラスメイトを自然と受け入れたのだった。
「じゃあ、あー子さんはあそこの席ね」
ちゃっかり新しいあだなを使う山崎が指差す方を見れば、蒼とは少し離れた、窓際の席だった。
葵は「よろしくー」と声をかけてくるクラスメイトたちにぎこちなく笑顔を振り撒きながらそそくさと席につき、鞄を机の横にかける。すると、即座に
「あー子ちゃん、よろしくね!」
前の席の、髪をハーフアップにした女子生徒がくるりと振り返り、くりくりの目を輝かせながら声をかけてきた。
「私、羽山詩織(はやましおり)!」
それに被せるように、今度は隣の席の女子生徒から「私は大山しのぶ(おおやましのぶ)」と、短く告げられる。
そちらを向けば、さらりとした短髪の髪に、整った容姿をした女子生徒が口の端に笑みを浮かべていた。
(このクラスならやっていけるかも……)
そんな予感と共に、葵は自然な笑みを浮かべ「よろしくね」と答えたのだった。
そして、そんな葵をチラリと見やり、笑みを浮かべる蒼に、教室の前方から全てを見ていた山崎は「青春だねぇ」と小さく呟き、チョークを持って黒板に向かうのだった。
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