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【ちよしこリレー小説】青い夏 第五話

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第五話 蒼と幼馴染

「あ・お・い・です。よ・ろ・し・く、と」

先ほど連絡先を交換したばかりの葵に向けて挨拶とスタンプを送り、「うっしゃ。いくか」と呟きながら、蒼は軽い足取りで鼻歌を歌いながら塾へと向かった。

「あおい~よっす」

そう声をかけてきたのは、玉田章一(たまだしょういち)。通称玉やん。幼稚園からの幼馴染だが、高校は別だ。蒼たちが通う坂上高校はそれほどレベルの高くない高校だが、章一が通う県立御橋(みはし)高校は県内有数の進学校だ。
蒼がスポ科に進むことを意識して塾に通うことを相談した際、「俺のいるところにくれば」と言ってくれたので、今は同じ塾に通っている。

長めの前髪に眼鏡をかけた章一は、一見真面目に見える。が、その実結構型破りな人間だ。時に蒼が冷や冷やするようなことを平気な顔をしてしでかす。しかし、全国模試では常に上位に名を連ねている所謂天才型のため、周りの人間には見た目の印象通り、真面目にみられがちだったりする。

「なに?なんかいいことあったの?」

そう章一に問いかけられ、「なんで?」と問い返せば、

「あおいが鼻歌歌ってるときはご機嫌なときじゃん」

そう鼻で笑いながら言われ、途端に恥ずかしくなる。

「は!?はず!なんだよそれ」

思い当たるところがあるだけに、否定も出来ず大きな声でごまかしながら、話しやすいよう章一の前の席に着く。

「んで?なにがあったんだよ?」
「あーーー」

そう言いながら、先ほど連絡先を交換したばかりの携帯を見せる。

「女の子…?佐藤葵…え、なにこれお前、まさかそんな趣味が…!?なりすましなんてよくないぞ!」
「っんでだよ!」

同姓同名がゆえに発生した誤解である。

「ちがうっつーの!転校生。同姓同名なんだよ。おもしろいだろ?」
「はー。そんなことあるのね。おもろ。で、その女子転校生を気に入ったわけだと。どんな子?」
「いや……気に入ったとかじゃないけど、面白いなと思って」
「そういうのはいいから、どんな子なのよ?」

ニヤニヤしながら聞いてくる章一に、くそ〜と内心悔しくなりながら、葵のことを思い出す。

「どんな子って……普通の。髪は〜肩くらい。さらっとしてるかな。んで、多分人見知り。話しかけるときょときょとしてるし。一度気を許すとめちゃくちゃ深い関係になるタイプかな、あれは。んで……」

話し出すと止まらなくなっている蒼をニヤニヤ見やりながら、章一は更に突っ込んでくる。

「その連絡先、蒼から聞いたの?」
「え?おう。そうだけど」
「ふ〜ん」
「なんだよ?」
「蒼、女子に自分から連絡先聞いたの初めてくらいじゃない?」
「あ?そんなこと……」

そう指摘されて慌てて記憶を思い起こすが、確かに、いつも連絡先は聞かれる側で聞いたことはないかもしれない。

うーん?と百面相をしている蒼に章一が「今度紹介しろよな」と声をかけ、乗り出していた身をすっと引く。その瞬間、講師が教室に入ってきた。一先ず今は勉強だ。そう思い前に向き直り切り替えた蒼だったが、章一の指摘により、胸の底に何かしらのむずむずした気持ちが芽生え始めていることは、認めざるを得なかった。

※※※

塾の帰り。「腹減ったからコンビニ寄ろうや」と言う章一からの提案で、蒼たちは塾近くのコンビニに向かうことになった。

そのコンビニは塾生徒の御用達であり、勉強で減った小腹を満たすため、蒼たちも頻繁に通っているコンビニだった。

ぷんぽろーん

気の抜けるような音楽と共にコンビニに入った蒼達は、一目散にスナックコーナーへ向かう。
「チキン♪チキン♪」とお目当てのチキンが温まっていることにご機嫌な章一に「なんだよその歌」と返しているところに、「蒼……君?」と声がかけられた。

その聞き覚えのある声にぱっとふりむけば、制服から私服に着替えた葵が立っていた。白のTシャツにジーンズというラフな格好ながら、可愛く見えるのは私服マジックだろうか。

「なに?だれ蒼。紹介してよ」

そう章一に声をかけられハッとした蒼は、「あー子、よかったらそこの公園行かない?」と声をかけ、アイスコーヒーを買った葵と連れ立ち、コンビニを出ることにした。

夏の夜とはいえ、既に時刻は22時近く。辺りは闇に沈んでいたが、公園はコンビニの煌々とした光に照らされ、思いの外明るい。

アイスコーヒーを両手で持ち、もじもじしたように公園のブランコに腰掛けた葵と、それを囲うように立つ蒼と章一。謎のメンバーである。

「あー子、ごめんな。これ俺の幼馴染で、玉田章一。玉やんって呼んでやって」
「初めまして……玉やんさん」

「玉やんさん」のワードにぷっと吹き出した章一は、「玉やんでいいよ」といいながら、

「初めまして。君が佐藤葵ちゃん?」
「え……なんで名前……」
「蒼から転校生で同姓同名の子が来たって聞いてたし、見覚えがない上にあー子ってあだ名だったからそうかなって」

相変わらず察しのいい男である。章一のこういうところを見ると、蒼は時々、章一には全てのことが見えているのではないかという気持ちになる。

「しかし面白いよね〜同姓同名って」
「あ、そうなんです……私も図書館で聞いた時にびっくりしちゃって」
「図書館?」
「あ、はい。蒼くんと初めて会ったのは実は図書館で」
「あー、あのいつも通ってるとこか。なに、じゃあ学校で会ったのが初じゃなかったんだ」
「はい。私もちょっとすごいなってびっくりしてます」

スラスラ澱みなく質問をする章一の空気感になんとなく気が緩んだのか、葵がニコッと笑う。
その様子に何故かムッとしつつ、蒼も口を挟む。

「あー子はこの辺に住んでるの?」
「あ、そうなの。ここのコンビニが1番近くて。アイスコーヒー好きで時々買いにくるんだ。蒼君達は塾か何か?」
「そうそう。てかさ、呼び方、蒼って呼び捨てでいいよ」
「え……いや、あの、アオイって自分と同じだし……」
「じゃあアオなら?」
「うーん、それならまあ……」
「おっけ!じゃあアオって呼んで」

急に距離を詰めすぎたかなとも思ったが、街灯に照らされる葵の顔を見ても、特に嫌がっているそぶりはない。よし、と心の中に小さくガッツポーズを握る。

「葵ちゃんさあ、俺もあー子って呼んでいい?」

そこでまた章一が口を挟む。

「あ、はい、大丈夫です」
「ありがと!じゃあさ、今度街案内してあげるから連絡先教えてよ」

はああああああ?と蒼は呆然と章一を見る。しかし章一はこちらを見ることなく、携帯を持って葵ににじり寄っていた。こ、こいつ……こいつ!

「いやいや、今日会ったばかりの玉やんとなんて緊張するだろ。俺が案内するよ」

オロオロする葵に助け舟を出すふりをして、蒼はすっと葵と章一の間に自分を捩じ込む。チラッとちらを見た章一が一瞬ニヤッとしたのを見て、「あ、こいつわざとだ」と察する。まんまと引っ掛けられている。恥ずすぎる。

結局、何故か蒼と章一と葵、そして詩織としのぶも誘って週末に街に繰り出すことになった。

じゃあ、と葵と別れた蒼と章一は、「貸しいちな」と耳元で囁く章一にいらっとした蒼が、章一の後ろから膝カックンを仕掛け、ぎゃーぎゃー騒ぎながら帰って行った。

もしその様子を2人の親達が見たら、「小学生の時から成長してない」とため息をついたであろう光景だった。


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