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【ちよしこリレー小説】青い夏 第十一話

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第十一話 まだ出会ったばかりなんだから


「はあ~……」

と深いため息をつき、塾について早々机にどべっと伏せてしまった蒼に、玉やんこと章一はちらっと視線を投げかけたものの特に話しかけることなく、それまで読んでいた本に再び目を落とす。

「はあ~……」

と再び深いため息をつく蒼に再び目線を戻した章一は、やれやれといった様子で、蒼の後ろから手に持っていた本でぺちっと頭を小突く。

「ハアハアうるさいんだけど」

いつもだったら「ハアハアってなんか違う方向に聞こえるだろ!」位は言い返してくるところ、蒼が「……ごめん」と呟く様子に、割と深刻そうだと見て取った章一は「塾終わり公園な」とだけ返したのだった。

***

塾終わり、いつものコンビニでチキンと飲み物を調達した2人は公演のベンチに座っていた。いつまで経っても話を切り出さない蒼に、蒼が口火をきるまで話さないと決めている章一。はた目から見れば、暗闇の中無言でチキンを頬張るやや不気味な高校生2人である。

「で?」

チキンも食べ終わり、このままここに無言でいるのも無駄だなと思った章一は、仕方なくそう切り出した。

「……あー子に嫌われたかもしれない」

そうぽつりと呟いたと同時に自分の発言にダメージを受けた蒼は、「ぐわっ」と叫びながら膝に頭をがばっと伏せる。

「なんで?」
「……なんとなく、だけど、最近目が合わないんだよな。話しかける隙がない」
「思い当たることは?」
「わっかんね……最後に図書館に一緒に行ったときはいい感じだったと思う。その後は昇華祭の準備もあって忙しかったからあまり連絡もとれてなかったけど。気づいたらって感じで」

そう話しつつぐおおおおおっと頭を搔きむしる蒼に、章一は(その最後の図書館だろうな)と当たりをつけた。

「その最後の図書館デートで何かかわったことは?」
「いや特に……いつも通り勉強教え合って、昇華祭も皆で回ろうって話をして、そんでそのままこのコンビニまで行って、そんで原田とあって」
「ストップ」
「は?」
「原田と会って?」
「お、おう。原田と会って、あー子も紹介して、あ、原田はまた昇華祭来るとか言ってた」
「はあ~」
「なんだよ」

こいつ、周りのことは見えているのに、自分のこととなるとどっか抜けてるんだよな。章一はそう思いつつ、蒼に呆れの視線を投げかける。

「蒼。葵ちゃんと蒼は出会ってまだ1ヶ月ほどだろ。俺らのことだってそんなに知ってるわけじゃないし、お前が何も感じなくたって、葵ちゃんからしたら引っかかることだってあるんだよ」
「え……あ、原田か。いや原田はだって……」
「お前さ、まだ出会ったばかりなんだから、葵ちゃんは知らないだろ。そこはお前が気を付けないと」

「うわぁ」と言いながら頭を抱えた蒼に「じゃ、俺帰るわ」と告げた章一は、立ち上がりチキンのごみをゴミ箱に投げ入れる。

「え!おい!な、なにかアドバイスとかないのかよ!」
「は?甘えんなばーか。そんなのは下手な小細工より誠実さなんだよ」

そう言いながらさっと帰ってしまった章一の背中を見送りながら、「アドバイスしてるじゃねえかよ」とポツリと呟いた蒼は、明日こそは葵に話しかけよう、そう決意し、自分もごみを捨て家までダッシュで帰ったのだった。

しかしその後も葵から感じるバリアに気が引けて声をかけられず、あっという間に昇華祭当日を迎えることになることは、このときの蒼はまだ知らないのであった。

***

昇華祭当日。

坂上高校の昇華祭は文化の部と体育の部に分かれており、初日が文化の部となっている。文化の部は3年生と各部活動によって運営されており、基本的に1年生2年生は部活に入っていなければ参加者の立場で楽しめる。

蒼はサッカー部の出し物や3年生の出店の手伝いで忙しくしていたが、詩織、しのぶ、葵は部活に入っていないということもあってのんびりと文化祭の空気を楽しんでいた。
10時から一般開放されており、すでに保護者や他校生で賑わっている。

「うわ~本当に賑やかなんだね!」
「でしょ?3年の出店も結構豪華だし、各所で各部活動がかなり気合入った出し物してるからね」
「どれから見に行く~?私、演劇部のは午前か午後どっちかで見たい!毎年面白いんだよね」
「私も演劇部は行きたいかな。もうちょっとしたら玉やん来るみたいだから、そこで蒼とも合流する?」

蒼と葵のギクシャクした様子を感じ取っていた詩織としのぶは、下手に第三者が口を出すとややこしくなるかもしれないとやきもきしながらも静観していたが、今日くらいはいいだろうと、さりげなく蒼の名前を出してみる。

途端、先ほどまで楽しそうにしていた葵の表情がぎこちなく固まり、「そ、そうだね」と答える。
その様子に詩織としのぶは目を見合わせたが、よく見ればうっすら化粧をしている葵の様子に、決定的な何かがあったのではないのだろうということで、無理やり引っ張っていくことで無言のうちに合意した。

「あ!玉やん!」

そう声をあげ駆けていく詩織の向かう先にぎこちなく目線をやれば、そこには玉やんと蒼が立っていた。
ここ最近自分の様子がおかしいことに蒼は気づいているに違いない。自然にふるまえないことにモヤモヤを抱えながらも、葵はどうしても蒼の目を真っすぐ見れないでいた。

「あ、あー子ちゃん、試合ぶりだね」

そう玉やんが声をかけてくれたことで、葵は知らず知らずの内に肩に入っていた力を抜く。玉やんは不思議と人をほっとさせるような力を持っているような気がする。

「うん、久しぶりだね、玉やん」

そう答える視線の先に蒼が入らないよう微妙に調節しながら、葵は答える。感じ悪い。自分でもそう思う。でも、真っすぐ目を見ることができない。蒼の瞳の中に自分がどう映るかが、怖い。

「あ、あの、あー子」

玉やんの傍に立っている蒼が、控えめめに葵に声をかけてきたその時だった。

「あ!玉やーーーーん!蒼ーーーーー!」

後ろから、元気な彩佳の声が響き渡る。びくっ。葵の肩が小刻みに揺れるとともに、隣でしのぶが「間の悪いやつ……」と呟いたのが聞こえた。

「あ、お友達来てるみたいだから、私先にちょっと見たいところ回ってるね!また後で合流させて!」

そう言うが早いか、葵はすすすっとその場を後にする。
「えっ!あ……」と蒼の声が聞こえた気がしたが、にっこり笑いながらその場を立ち去る葵の後ろをしのぶが追いかける。

詩織は「どういうこと」といつになく低い声で蒼に問い詰め、その横で玉やんは「まだ解決してねーのかよ……」とため息をつき、その場に合流した彩佳は、「やっほー!これ、私の彼氏!」と、一緒に来ていた彼氏を合流するという、カオスな様相を呈していた。

「蒼、行け」

そう玉やんから声をかけられた蒼は、はっと隣に立つ玉やんを見やり、「わりっ」と言い残し、すごい速さで廊下を駆け抜けていった。

「あれ、蒼どこに行ったの?あ、準(じゅん)君、さっきのが私の推し」
「原田……彼氏に元同級生を推しって紹介するのはありなのか?」

呆れた様子でつっこみを入れる玉やんに「準君には全部話してるから大丈夫!私の気持ちが純粋なことはわかってくれてるから!」とあっけらかんと返してくる彩佳。

その様子から大体のことを察した詩織は、携帯をとりだし、しのぶに「アオイ ムカッタ アトハタノム」とメッセージを送ったのだった。




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