無人駅の待ち合いにて、少女
やあやあ、遅くまでお仕事お疲れ様ですねえ。あれ、学ラン来てるから高校生か。こんな遅くまで一体何をしていたのか知らないけど、何にせよ暇なんだね。
さて、私に何か用? さっき来た電車から降りてきたのに、家にも帰らずわざわざ待合室に入ってくるなんて。深夜の寂しさを埋めようって算段ならさっさとここを立ち去ってくれない? 退屈で満たされた日々を生きている幸せな人間が、それで蝶々を見つけたような好奇の目が、気持ち悪くてうるさい。私を見つけて消費して、ご友人に話して共感を集めて、もしくは電子に流して承認されて。そんな下等な奴らに私の魂を穢されたくない。
さあ、君は学校でどう過ごしているの? 楽しい? そうだったら本気で軽蔑するけれど、見たところ制鞄がないし、何より目が死んでいる。
……寡黙か。いいよ、きっと私たちは対等な関係なんだよ。捕食者でも被食者でもある。傷の舐め合いだってあいつらは嗤うだろうけど。
終電があと十分で来る。雨は相当降っているけど、遅延になるほどでもないかな。
君も帰るところがあるんだね。そうやって一日一日を悶えながら過ごして、小さくて萎んだ幸せを噛んで、吐き捨てて。
呆れるけど、そうするのが最善手で、最適解で。変に突飛な生き方をしようとしなければ幸せなのを知っているから。悲しいことに。友達も家族も先生も社会も私も嫌いだけど、変なプライドさえ捨てて、コミュニケーションを勉強して、人の輪に入っていけば社会のゲームに勝てるから、今日も普通に帰路に立つ。
私はそれができない。どれだけ人と関わろうとしても、誰かが私を嗤っている。一挙一動をこじつけて、馬鹿にして、人間性を削ぎ落として、批評して、形而上の創作物として扱っていく。
そうされていくうちに、私は雑踏に紛れることができなくなった。紛れたいとも思わない。悪いのはあいつらだから。あいつらが確証バイアスに囚われて、あいつらの持った社会を疑わず、あいつらが似た社会性の人間とつるんで、あいつらが私を化け物に仕立て上げ、私は……私は……。
でも、私が間違っていたんだろうね。そうやって自分の殻に閉じこもって、誰も信頼しなかったことが、この私を形作っている。本当はわかっている。
あと三分で電車が来る。雨は止んできたね。星は全く見えないけれど。君はここら辺に家があるの? 晴れた日はきっと綺麗にみえるんだろうな……。
もう少しで君ともおさらばだね。私はどこか遠い所にでも行って、生きる道を考えていくよ。また色んな人から好奇の目に晒されるのは堪えられないし、一人でゆっくりと落ち着きたい。というのは建前で、希死念慮もあるかもしれない。自分でもよくわからないよ。それも含めて、自分探しの旅って奴なのかな?
君は家族のところに帰って、温かくして眠ってほしいよ。それでまた学校行って、馬鹿にされながらも笑顔を繕って。君はどれだけ辛くても、苦しくても、吐きそうになっても、得体の知れぬ他者を愛し続けて、社会にしがみ付くんだろうね。君のことは尊敬する。……皮肉の意味もあるけれど。
……飲み物を買ってやるって? 別にそういうのはいいから。君のことを完全に信用している訳じゃないし。孤独を、自立を、腹の奥まで堪能したいから、ここで人の温かみには触れたくない。でも、ありがとね。
列車だ。まだ、飛び込まないでおこうかなって思った。普通に乗る。
じゃあ。今日は早く寝てね。
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