「歩く」という娯楽
こんにちは。
西の読書めがねです。
『歩行する哲学』という本を図書館から借りてきて読んでいます。
様々な偉人が歩くというシンプルなことをどのように捉えていたのかということが哲学的に書かれている本です。
実は以前にも借りて読んでいたのですがもう一度読みたくなりましておかわりしました。
何度か書いているように、私は週末に散歩をよくしています。
最近歩き始めたきっかけは(最近と言っても3年位経過しているのですが)ダイエットでした。とはいえ体重が適正に戻った現在もしつこく歩き続けています。
大学生のころ朝から夕方までずっと歩いていた時期がありました。今思い返すと無駄に贅沢な時間の使い方をしていたと思います。
朝ご飯を食べて、家を出ます。そして、ただ歩く。昼食は、立ち寄ったコンビニで買って歩きながら食べる。そして、歩く。ただ、ただ歩く。そして家に帰ります。そして次の日も歩く。
そんな生活を1ヶ月から2か月くらいすごしていました。
なんでこんな生活をしていたのかは、今となっては分かりません。ただ、自分に必要なことだったのかもしれません。
以前もこんなことを書いていたような気もします。
歩いていると色々なことを考えます。ポジティブなことネガティブなこと必要なこと無駄なこと。
色々なことが浮かんでは、そして消えていきます。
考えもそこに留まっては、いません。
常に前に前に進んでいます。前に前に前に。
こんなことを考えていると歩くことは、自分にとっては娯楽の一種のようです。
ただ、ただ、そのこと自体が面白い。
何の見返りがなくてもやらないわけにはいけない。やらないと違和感がむくむくと湧いてきて、ストレスが溜まってきてしまう。
そんなある意味では中毒性のある行為のように思います。すこし言い過ぎかもしれません。
娯楽ということでいえば、noteに書くということも娯楽です。誰に強制された訳でもなく、誰の役に立つかも分からずにただ、ただ、書きたいから書いています。そういう空間があって幸せなことです。
人生のなかでこういう娯楽を見つけられたことは幸せなことです。
生きていると何のために生きているのか分からなくなることがしばしばあります。(というよりもいつも思っています。特に仕事中に。)
そんなときに娯楽は生きていく1つの目的になります。私の中では、「読書」、「歩くこと(走ること)」、「書くこと」です。
そういうものを大切に温めて育てていければいいなと思ったりしています。歩き(時々走り)、読んで、考え、書く。
そんな人生です。
西の読書めがね
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