「カミヨリ異界探訪記」第2話
『()のヨリシロ』
○森
森を形成する杉の木が、囂々と紅く燃え盛っている。
炎に包まれた道なき道を、白髪の少年――鏡見依(かがみ より)が駆け足で進んでいく。
黒いパーカーを纏った依の右肩には、赤毛の烏――普通の烏サイズになった金烏が止まっていた。
金烏「ねぇ依」
依「なに」
金烏「あの神類、殺しちゃって良かったの?」
依「……何で?」
金烏の言葉に、意味が分からないと言いたげな顔をする依。
金烏「だって、10年探してやっと見つけた、愛しの“お姉ちゃん”への手がかりだったのに」
依「でも、この異界に代はいないし。生かしたところで得られる情報なんかないだろ」
足を止めることも、金烏を見遣ることもなく、淡々と答える。
金烏「腹の中くらい暴いてみれば良かったんじゃない? もしかしたら、中に“居た”かもしれないよ?」
依「……は?」
あはっ、と愉しげな金烏に、依は殺気を伴った冷たい視線を向けた。
依「代は生きてる。絶対に」
依「俺が生きていることがその証明だ」
仄暗い、光の消えた目が金烏を射抜く。
依「だから必ず見つけ出す。見つけ出して、取り戻す」
依の殺意を物ともせず、金烏は「ありゃ」と軽い反応をした。
金烏「そいつぁ失敬」
金烏「ま、安心しなよ。お前の望みが叶うまで、僕はお前のためのカミサマだから」
右翼をバサバサ羽ばたかせながら、「あっはっは」と笑う金烏。
依「……チッ」
依は舌打ちをして、顔を進行方向に向けた。
金烏「お」
依「ん」
二人は同時に何かに気づく。
金烏「あったね、出口」
金烏の視線の先には、ボロボロの鳥居が佇んでいた。
鳥居の向こうには霧が立ち込めている。
依は鳥居の前で立ち止まり、背後を振り返る。
依「……」
燃える杉の木々。炎と煙で、もはや数メートル先も確認できない。
正面――鳥居へ向き直る依。
依「任務完了」
そう呟いて、依は鳥居を潜った――
× × ×
○I大社東京分祠・跡地
鳥居を一歩越えると――そこは、異界に入る前にいた分祠跡地のビル街だった。
依「……」
振り返っても、そこにはもう鳥居も、I大社東京分祠の建物もない。
龍虎「依くん」
後ろから名前を呼ばれ、依は振り向く。
龍虎「あはは、さっきぶり〜」
ニコニコと微笑み手を振る龍虎。その数メートル向こうでは、不機嫌そうな桐壺が依を睨んでいた。
龍虎「すまんなぁ。いきなり異界が燃え出したから、先に出てきてしまったんよ」
龍虎「無事でよかったわぁ」
和やかに話しかけてくる龍虎に、依は申し訳なさそうな、居心地悪そうな表情を浮かべる。
依「えっと……ごめん」
龍虎から目を逸らし、依は謝罪する。
龍虎「? なんで謝るん?」
きょとん、と首を傾げる龍虎。
依「いやその……色々……」
言葉に詰まる依。
龍虎は優しく微笑む。
龍虎「別にええよ。神類は斃してくれたんやろ?」
コクン、と依は頷く。
龍虎「ならええやん。異界は終息したし、無事任務達成や」
龍虎「むしろ謝らなアカンのはウチらの方。神類と間違えて拘束した上に、全部任せてしもた。堪忍な」
眉尻をさげ、苦笑する龍虎に依は目を見開く。
依「いや……いいよ、謝らないで」
依M「……関わり辛いなぁ」
居心地悪そうに答える依。
あはは、と笑う龍虎。
龍虎「ほんなら、一件落着ってことで――」
桐壺「は? 何も落着してねェだろ」
龍虎の言葉を桐壺が遮る。
カッ、カッ、カッ、とコンクリートに靴音を響かせて、桐壺が近づいてくる。
殺気を孕んだ鋭い視線は、依をひたと見据えていた。
桐壺「鏡見依……」
桐壺が、背中から何かを取り出す動作をし――次の瞬間、その姿が依の視界から消える!
依「っ!」
気づけば、身を低くした桐壺が、依の懐に飛び込もうとしていた。
桐壺の手には、大振りな鉄扇が握られている。
咄嗟に、垂直に抜刀する依。
キィン――ッ!
――バサバサッ!
鉄同士がぶつかり合う音と、金烏が依の肩から飛び立つ羽音が響く。
桐壺「――お前、何者だ?」
至近距離で睨み合う両者。
依「……っ」
依は刀で桐壺の鉄扇を弾く。
弾かれた勢いで、桐壺はバッ! と10メートルほど飛び退る。
傍でことの成り行きを見ていた龍虎は、「やれやれ」と呆れ顔で、そそくさと距離を取る。
○龍虎視点
龍虎М「鏡見依。鎮守府所属の探偵。階級・所属部隊は不明。神類と契約中」
依の情報が書かれたスマホ画面。
龍虎М「万が一、彼の死亡が確認された場合……彼の肉体は瞬時に“一級討伐対象”へ移行する」
龍虎М「ウチの階級で閲覧できる情報はこれだけ」
ニヤリ、と依を見つめる龍虎。
龍虎「ホンマ、何者なんやろなぁ」
○I大社東京分祠・跡地
桐壺「チィッ!」
舌打ちし、依を睨む桐壺。
バサバサッ! と、刀を構えている依の肩に金烏が舞い戻る。
金烏「あはは! 随分と暴力的で直情的な子だねぇ」
金烏「な〜んでそんなに神類が憎いのやら」
愉しげに翼を羽ばたかせる金烏。
無表情の依と、不快そうに顔を歪める桐壺。
桐壺「……ソレ、なんだ」
苦々しげに呟く。
金烏「ソレ? 今僕のことソレって言った?」
失礼すぎない? と喚く金烏を無視する依と桐壺。
桐壺「なんで神類なんかと共にいる?」
険しい顔で、桐壺は鉄扇を構える。
依「……契約してるから?」
刀を構えながら、困り顔で答える依。
桐壺「なんで――」
依に向かって駆け出す。
桐壺「疑問系なんだ、よっ!」
鉄扇を振るう桐壺。難なく受ける依。
依「ふんっ」
鉄扇を横に受け流し、桐壺の腹に蹴りを入れる。
桐壺「っ……ぐ!」
苦痛に顔を歪める桐壺。
体勢を整えるのが遅れる――その隙に依は、鉄扇を握っている桐壺の手を、峰打ちする。
カラン……ッ、と鉄扇が桐壺の手を離れ、地に落ちた。
桐壺「クソがぁ……っ」
蹴られた腹を抑え、憎々しげに依を睨む桐壺。
依「……俺は」
依は眉尻を下げ、困り顔でジッと桐壺と目を合わせる。
依「神類に攫われた双子の姉を取り戻すために、金烏と契約してる」
依は右肩に止まっている金烏に、右手でそっと触れる。
依「金烏が俺に協力してくれる代わりに、俺が天寿を全うしたら、俺の肉体は金烏のものになる」
依「だから俺は、金烏と一緒にいるんだ」
依M「……そう。お姉ちゃんを取り戻せるなら、なんだっていい」
苦笑する依に、桐壺は不愉快そうに顔を顰める。
桐壺「神類に奪われたものを取り戻すためなら……いつか自分が神類に奪われてもいいって言うのかよ」
ギリ……と歯を食いしばる桐壺。
(回想)
○屋敷・夜
座敷内。
5歳ほどの桐壺が、頭から血を流し、顔を右側にむけ、地面にうつ伏せに倒れている。
ポロポロと涙を流している幼い桐壺――の視線の先に。
桐壺によく似た顔の女性が仰向けに倒れ、微笑みながら桐壺を見つめている。
その女性の腹部には、一本の抜き身の刀が刺さっていた。
桐壺「おかあ……さん」
刀が怪しく光り――ドロリと溶けていく。
溶けたモノは、傷口を伝って女性の腹に入り込む。
母「っ!」
苦痛に顔を歪める女性。
桐壺「お母さん!」
泣き叫ぶ桐壺。
母「ぐっ……あ……アァ……」
母「アアアァァァ!」
ゴキンッ! バキッ!
酷い音を立てて、女性の体が変形していく――
その様を、呆然と眺める桐壺。
(回想終了)
○I大社東京分祠・跡地
桐壺「二度も奪われることを許容してんじゃねぇ!!」
依「!」
血を吐くように叫ぶ桐壺に、依はハッと目を見開く。
桐壺「もう二度と奪わせないために……俺は神類を根絶やしにすんだよ!」
いつの間にか拾った鉄扇で、ビシッ! と依を指し示す。
桐壺「俺は神類の存在を許さねぇ。だからいつか、お前のソレもブッ殺すからな」
怒りが籠った目で睨め付け、言葉を吐き捨てる。
そして身を翻し、颯爽と去って行った――。
依「……」
その背中を見送り、依は黙って刀を納める。
金烏「苛烈な子だったね〜」
金烏「この僕を二度もソレ呼ばわりしてくれやがってさ」
プク〜とムクれる金烏を、モフモフと撫でる依。
依「でもまぁ、あれが普通の反応なんだろうね」
金烏「うん?」
依「神類に大事なものを奪われた人として、さ」
眩しいものを見るように、目を細める依。
その横顔を、金烏はじっと見つめる。
依「……俺も、金烏を神類だからって理由で嫌いになれたらよかったのに」
思わず、と言った様子でポソッと呟いた。
そこに、スススーっと。龍虎が背後から忍び寄ってくる。
龍虎「何がどうなったらよかったって?」
依「うわっ」
背後から声をかけられ、驚いた依はビクッとする。
咄嗟に振り向いて、龍虎と目が合う。
龍虎「ごめんごめん」
軽く謝罪する龍虎。
龍虎「で。嫌いになれたらよかったのに、ってどういうことなん?」
依「聞こえてたんじゃん……」
ズイッと詰め寄ってくる龍虎に、依は思わず距離を取る。
龍虎「依くんは、そのカラス……」
依「金烏」
龍虎「そうそう。金烏くんのこと、嫌いになりたいん?」
興味津々に尋ねてくる龍虎に、依は困惑する。
金烏「えぇ〜……お前に嫌われたら流石に悲しいよ?」
依「うん、ちょっと黙って」
ひしっと引っ付いてくる金烏を、引き剥がそうとする依。
龍虎「そもそも、なんで嫌いになりたいん?」
依「いや、別に……」
眉尻を下げ、困り顔をする。
金烏「え? 嫌じゃないよね? 依は僕のこと好きでしょ? ねぇ?」
依「なんで好かれてる自信があるんだよ……」
グイグイ迫ってくる金烏にウンザリする依。
依「……そもそも、嫌いにはなれねーから困ってんのに」
龍虎「? どういうこと?」
キョトンとする龍虎。
依「だって俺は、ヨリシロだから」
龍虎「依代? ソレと嫌いになれないことと、何の関係があるん?」
依はそっと、金烏に触れる。
金烏「ま、僕としては愛して欲しいところだけどね?」
金烏はじっと、依を見つめる。
金烏「だってお前は――」
金烏「僕の“花嫁”のヨリシロだもん」
目を見開く龍虎。