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「カミヨリ異界探訪記」あらすじ/第1話

○あらすじ

 7歳の時に「異界」へ連れ去られた双子の姉を取り戻すため、姉を攫った存在を探している17歳の少年・依(より)。
 姉を異界へ連れ去った異形の存在・「神類」に対抗できるのは、同じ「神類」だけ。妙に好意的で協力的な「神類」・金烏(きんう)と「とある契約」を交わしている依は、「異界専門の探偵」として行方不明者探しをする傍ら、姉の手がかりを求めて毎日のように異界を探訪していた。
 そんなある日。異界の中で「異界と神類の調査・管理」を掲げる組織・“鎮守府”の機動部隊と遭遇し、依は金烏のせいで神類と間違われ、拘束されてしまう。
 しかしそこへ、かつて姉を攫った「神類」が現れて――!?





『カミサマとヨリシロ』


(回想)
○参道・石段
 子供――7歳ほどの少年と少女が2人、石段を駆け下りていく。
 2人の髪は真っ白く、白装束を纏っている。
 おさげ髪の少女が、泣きじゃくる少年の手を引いていた。
代「ほら早く! 走って! 依(より)!」
依「まってよ、代(しろ)姉ちゃん!」
 焦った顔の代と、泣いている依。
 泣いているせいで、依は足がもつれて転びそうになる。
依「うわっ」
代「あぁもう! しっかりしてよ! 家に帰るんでしょ⁉︎」
 苛立ったように、代が依を振り返る。
代「――っ!」
 振り返った瞬間、代は目を見開き、息を呑んだ。
 俯いた代は走るのをやめ、ゆっくりと立ち止まる。
代「……あんなモノの生贄になんて、なってたまるか」
 小声で、代が呟く。
依「……お姉ちゃん?」
 不思議そうに、俯いたままの代の背中を見つめる依。
代M「何より……弟を“依代”になんか、させたくない」
 グッと唇を噛み締める。
代M「あたしたちの尊厳を、あんなモノに奪われてたまるか!!」
 顔を上げた代は、一度深呼吸をし、依を振り返る。
代「よく聞いて、依」
 真剣な表情で、代は繋いでいた依の手を、より強く握り込んだ。
代「ここからは、1人で家に帰るの」
依「……え?」
代「あそこを見て」
 代は、石段を降りた先にある、朽ちた鳥居を指差す。
代「あの鳥居を潜れば、元の世界に帰れる。いい? 鳥居を潜るまでは、絶対に後ろを振り向かないで」
代「元の世界に戻ったら、真っ先に“お母さん”を探すんだよ。いいね?」
 にっこりと、依を安堵させるように笑う代。
依「お、お姉ちゃんは……?」
代「あたしは……あとから行くよ」
 代は、不安そうな依の頭を撫でる。
依「やだ……やだよ、お姉ちゃん……一緒に帰ろうよ!」
 泣きながら、イヤイヤと首を振る依。
代「大丈夫。ちゃんと追いつくから……だから、先に帰ってて」
依「やだぁ……一緒がいい……」
 愚図る依に、代は困ったように眉を下げて笑う。
代「お願い、依」
 じっと目を合わせ、代は依に懇願する。
依「……」
 依は黙ったまま、しばらく代を見つめていたが……
依「……わかった」
 やがて、コクンと頷いた。
依「絶対……絶対、ちゃんと帰ってきてね」
依「ずっとずっと、待ってるからね」
代「分かってるって。ほら、約束!」
 お互いの小指を絡め、指切りをする2人。
代「ほら行って、依。振り向かずに」
 代が依の背中を押す。
 依は振り向きたい気持ちを、唇を噛んで堪える。
依「っ!」
 石段を駆け下りていく依。

○参道・鳥居前
依「はっ! はぁ、はぁっ!」
 鳥居まで辿り着いた依。
 深呼吸をし、鳥居へ一歩踏み出す。
 片足が鳥居の向こう側へ踏み込み――依は、背後を振り返った。
依「ぁっ!」
 目を見開く依。

○参道・石段
 石段の上では、代が優しく微笑みながら、依を見守っていた。
 依に向かって手を振る代――そのすぐ後ろに、バケモノの姿が!
 高さ5メートルほどの、菩薩のような姿。しかしその顔にはパーツがなく、のっぺりしている。
 化け物は背中から7本の腕が生えており、その掌にはそれぞれ目がついていた。
代「依――」
 微笑む代が、何かを呟く。

○参道・鳥居
依「代姉ちゃん!」
 悲痛に叫ぶ依。
 見開いた瞳に、笑う代の姿が映る。
 代の背後から伸びるバケモノの腕が、代を掴み――
依「――っ!? お姉ちゃんっ!!!」
 強い力で掴まれ、歪む代の体――
 化け物の腹部が横に割れ、巨大な口が覗き――

○ブラックアウト
(回想終了)

×   ×   ×

○むすび亭・外観
 木造二階建ての居酒屋・むすび亭。
 引き戸の入り口には、
「準備中」
「営業時間・17:00〜24:00」
「神代探偵事務所 2F」
 と書かれた3つのプレートがかかっている。

○むすび亭・内
 昔ながらの居酒屋のような内装をした、「むすび亭」の中。
 壁にはメニューが貼られ、提灯が飾ってある。
 壁掛けのテレビに、ニュース番組が映っていた。
 画面の左上には、「10:45」の表示。
女性アナウンサー「2036年8月8日に発生した異界『禍津神苑(まがつしんえん)』」
女性アナウンサー「京都府の大規模を呑み込んだ、未曾有の異界の発生から、今日で99年が経ちました」
 テレビに映った女性アナウンサーが淡々と話す――。

○異界・廃病院
 廃れた病院の、広い病室。
 ビチャッ! と。
 薄汚れた、病院のベッドの間仕切りカーテンに、血が飛び散る。
依「……」
 毛先が肩につく長さの白い髪を一纏めに結び、黒い半袖パーカーを着た17歳の少年――鏡見 依(かがみより)。
 足元に斃れている、白衣を纏い、多足を持った男の姿をした怪異を見下ろす。
 依は無表情に刀を振るって血を落とし、鞘に納めた。
依「……間に合わなかった」
 背後の床に落ちている物に視線を落とす依。
 床には赤いランドセルと、可愛らしいワンピース、女児用の運動靴が、先ほどまで誰かが着ていたような状態で落ちている。
?「そう落ち込む必要はないさ、ヨリ」
 依の足元――その影から、男の声が響く。
依「……金烏」
 金烏と呼ばれた影は、ぐにゃり、と形を歪める。
金烏「捜索依頼がきた時にはすでに、失踪から3日も経っていたんだからね」
金烏「ただの人間が――ましてや8歳未満の子供が3日以上異界にいて、原型を留めていられるわけがない」
 慰めるように、影がペラペラと喋る。
金烏「依頼された時点で間に合ってないんだから、お前が罪悪感を抱く必要はないよ」
依「うるっさいなぁ……そうじゃないんだよ」
 依は鬱陶しそうに顔を歪め、自分の影をグリグリと踏み躙る。
依「……アンタってホント、人の心ってものが分かってないよな」
 やれやれ、と溜息をつき、依はランドセルの元にしゃがみ込む。
金烏「え〜、そんなことないよ? だって僕らは『カミサマ』なんだから」
 ケラケラと、影の中で金烏が笑う。
金烏「僕たち『神類』は人が創った神話と――信仰心や畏怖という種が『異界』という胎で身を結んだモノ」
金烏「存在自体が人の心の写し鏡みたいなものだから、人の心はよく理解しているよ。少なくとも僕は、ね」
 そんな金烏を無視して、依はランドセルや衣服を拾い、大きなビニール袋に詰めていく。
依「人の心を理解してる、ね……その軽薄さで?」
 胡乱な視線を影に向ける依。
金烏「してるさ! かれこれ10年も一緒にいるのに疑うの? 泣いちゃうよ?」
依「こんな胡散臭いカミサマ、誰が信じるか」
 よっこらせ、と依は回収した遺物を肩に乗せる。
依「“契約”した時、俺に全面協力するって言ったクセに……今回は何一つ協力してくれなかったろ」
 不満そうに、ムスッと不貞腐れる依。
金烏「こんな『神格』すら得ていないクソザコ怪異、依ひとりで十分でしょ」
金烏「そもそも僕が全面協力するって言ったのはお前の『最終目的』に関してであって、こんなどうでもいい人助けのためじゃないし」
 不満そうに、影が蠢く。
金烏「大体さぁ、お前の目的はなんだっけ?」
依「……代を――お姉ちゃんを、取り戻すこと」
 眉を顰め、苦しげに答える依。
金烏「そうだろう? なのにお前と来たら、探偵ごっこで赤の他人を助けてばっかり」
金烏「十年も経って、手掛かりの1つも掴めてない」
 ハァ〜、と大きな溜め息が影から響く。
金烏「この僕が協力してやってるんだから、もっと我儘に生きればいいのに。他人なんかほっといてさ」
 イイコちゃんで困っちゃうね〜、と、影がグニャグニャ歪んで挑発する。
依「人でなしめ」
 舌打ちをし、吐き捨てるようにそう言って、依は歩き出す。
金烏「そりゃぁそうさ。だって僕は、カミサマだもの」
 ケラケラと嗤う影。
依「アンタと違って、俺は人間なんだよ」
金烏「だからイイコに生きるって?」
依「別に?」
 ふん、と鼻を鳴らす依。
依「ただ俺は、俺みたいな思いをする人を減らしたいだけだ」
依「それに――」
 影を一切見ずに歩きながら、ニヒルに笑い、依は言う。
依「俺だって我儘くらい言うよ。アンタ限定で」
依「ってことでカミサマ、あとはヨロシク」
金烏「はーやれやれ。全く、僕のヨリシロは可愛げがないなぁ」
 金烏が答えた途端、依の影から炎が吹き出し、床を、壁を、天井を燃やしていった――

○異界・廃病院・フロント
 壊れた自動ドアの前に立つ依。
 その背後で――廃病院は轟轟と燃え盛っている。
 依は背後を気にせず、ドアの片側に呪符をペトリと貼る。
依「んじゃ、帰るか」
 ギギギ……と不快な音を立て、ゆっくり開く自動ドア。
 全開になった自動ドアの境界線を、依は一歩、外へ踏み出し――

×   ×   ×

○むすび亭
 異界の廃病院を一歩外に出た先は、むすび亭だった。
 むすび亭の玄関口を背に立っている依。
 営業時間前なので、店内に客はいない。
?「あらあら依くん。おかえりなさい」
 声のする方を見る依。
 そこには、左目に包帯を巻いた10歳ほどの少女が、床を箒で掃き掃除していた。
 濃紺色の着物を纏った、黒いおかっぱ髪の少女は、慈母のように優しく依へ微笑みかける。
依「ただいま、千都世(ちとせ)さん」
 挨拶を返し、依は少女――千都世へ歩み寄る。
依「……行方不明者の消失を確認。遺品は全て回収してきました」
依「依頼は滞りなく完了です」
 申し訳なさそうに、依は持ち帰ってきた遺留品を差し出す。
金烏「被害者の末路も『神類』の実態も、全て想定通りだったしね〜」
金烏「呆気なさすぎてつまらなかったよ」
 依の影の中から金烏が喋る。
依「アンタなぁ……」
 乱暴に影を踏みつける依。
 千都世は「あらあら」と言いながら歩み寄り、依から遺品を受け取る。
千都世「ありがとう依くん、金烏ちゃん。お疲れ様」
 隻眼を細め、優しく微笑む千都世。
千都世「異界のほうは?」
依「閉じました。金烏の炎で灼いて」
千都世「はい、分かりました。依頼人と“鎮守府”には、私から報告しておくわね」
依「ありがとうございます」
 軽く頭を下げる依に、千都世は頷く。
千都世「もうすぐお昼だから、手を洗っていらっしゃい」
依「はい」
 微笑を浮かべ返事をする依。

 ――その時。

「ビーッビーッビーッ!」
依「!?」
千都世「!」
 依のスマホとテレビから、アラームが鳴り響いた。
 依は驚きながらスマホを取り出し、画面を確認する。
アナウンサー「緊急速報です。都内で、新たな異界が発生する兆候が確認されました」
アナウンサー「該当地域にいる方々は、直ちに避難してください」
アナウンサー「避難命令が出ている地域は――」
 テレビから、アナウンサーの淡々とした声が流れる。
千都世「あらまぁ、新しい異界ですって。最近はあまり発生していなかったのにねぇ」
依「ですね」
 不安そうな千都世に、依はスマホを見ながら神妙な顔で頷く。
依「異界発生の予測地点は……と」
 依が画面を見ていたその時、ピコン! と着信音が鳴った。
依「ん?」
 スマホを操作する依。
依「……あ、“お母さん”からだ」
 と呟いた。
千都世「あら、なんて?」
 キョトン、と隻眼を瞬かせ首を傾げる千都世。
 スマホ画面を千都世へ見せる依。
依「出動命令ですね」
 そこには、

『発生予定の異界・神類の調査及び、異界の終息を命じます。まずは現地にいる鎮守府の機動部隊と合流してください』
『場所は六本木――I大社東京分祠・跡地』

 というメッセージが書かれていた。

×   ×   ×

○I大社東京分祠・跡地
依「分祠跡地……跡地? の、はずだよな?」
 首を傾げ、困惑した様子の依。
 その目の前には――確かに、「跡地になる前」の『I大社東京分祠』の姿があった。
金烏「そうだね」
 影の中から金烏が言う。
金烏「99年前に京都の大半が異界に呑まれて以降、神社仏閣やそれにまつわる物は全て、この国から撤廃された」
金烏「だから目の前にあるコレは、本来ならとっくに“失われて”いる」
依「つまりコレは――」
 ジッと、白い建物を見上げる依。
依「すでに“異界が発生してる”ってことだな」
 腕を組み、難しい顔をする。
金烏「そうだね。異界の姿が現世側に顕れている……これはもう確定かな」
 愉しげに、影がウネウネと動く。
 依は溜息とともに、
依「――『神格』を持った神類が中にいる、か」
 言葉を吐き出す。
依「面倒なことになりそうだなぁ……ま、一般人の避難が済んでるだけマシか」
 やれやれ、と言いながら伸びをする依。
依「今度はちゃんと手伝えよ、金烏」
 ジロリ、と影を睨め付ける。
金烏「ん〜、気分による〜」
 フニャフニャしながら答える金烏に舌打ちし、依は階段を登り始めた。
依「五体満足で俺の体が欲しいなら、協力しろ」
金烏「はいはい」

○I大社東京分祠・異界内
 長い階段を登り切った依。
 そこには、開きっぱなしの自動ドアがあった。
依「……」
金烏「誘い込まれてるね。それか、お前より先に機動部隊が突入しているか。まぁ罠だろうけど!」
 険しい顔をした依は、無言で自動ドアをくぐる――。

○森
依「!」
 中に入った途端、目を見開く依。
 先程までI大社跡地の建物にいたはず――
 しかし自動ドアを潜った途端、鬱蒼と木々(杉)が生い茂る森の中に放り出されていた。
 枝や葉のせいで空が隠れており、薄暗い。
 すると突然。
依「――っ!?」
 ゾクッ…! と。
 何か、悍ましい気配を伴った“無数の視線”が、自身に突き刺さったのを感じた依。
 冷や汗を流しながら、依は咄嗟に腰に佩いた刀に手をやり、いつでも抜刀できる体勢を取る。
金烏「おっと、見つかったかな」
 呑気な反応を見せる金烏。
 警戒しながら、勢いよく後ろを振り向く依。
依「ドアが……ない」
金烏「あっはっは、やっぱり罠だったねぇ」
金烏「ここはもう敵の腹の中だ。本命の神類を倒すまで出られないよ」
 薄暗く、光が差し込んでいないにも関わらず、墨汁のような色をして、依の影は存在していた。
 グニャリ、と影が形を歪めながら、金烏の笑い声が響く。
 依は刀から手を離し、警戒を解く。
依「別にいい。そもそも倒すのが目的だからな」
 金烏の言葉に返事をすることなく、依は歩き出した。
依「とっとと神類をぶっ飛ばして、異界を終息するだけだ」
金烏「わぁ、頼し〜」
依「アンタも働くんだよ、馬鹿」
 苛立ちを露わにし、依はドスッと影を踏みつける。
金烏「う〜ん」
依「¬¬んだよ。言いたいことがあるなら言え」
 不審そうに、依は影を見下ろす。
金烏「いやさぁ……」
 グルグルと渦を巻く影。
 キョトンとする依。
金烏「神類の気配に集中して、他の雑魚の気配見落としてなぁい?」
依「は? 雑魚?」
 眉を寄せる依――次の瞬間。
 ガサガサッ! と、依の頭上の枝が揺れ――
依「!?」
 軍服を纏った、一人の少年が飛び降りてきた。
依「はっ!? ぅぐっ!」
 依の上に落下した少年は、そのまま依をうつ伏せに倒し、上に乗り上げて後ろ手に拘束する。
依「痛っ……てか誰だよお前」
 痛みで顔を顰める依。自分を拘束している少年を見上げる。
??「動くな、神類め」
 黒髪の少年が、忌々しげに吐き捨てる。
??「俺は鎮守府・機動第3部隊所属、藤宮桐壺(ふじみや きりつぼ)」
桐壺「死ぬ前に覚えておけ、クソ神類」
 依より体格が良い、10代半ば頃の軍服の少年――藤宮桐壺は、絶対零度の視線で依を見下ろす。
桐壺「上手いこと人間に擬態してるみてぇだが……」
桐壺「神類の気色悪りぃ気配がダダ漏れだ」
 不快そうに顔を歪める桐壺。
 依を拘束している手に力を込める。
依「はぁ? 俺は神類じゃねーよ!」
 痛みに顔を歪めながら、桐壺を睨み叫ぶ。
桐壺「ハッ、笑わせるな。どう考えても人間のものじゃない気配を漂わせて置いて」
 嘲笑を浮かべる桐壺。
桐壺「お前は捕獲して本部へ連れて行く。そこで正体を暴いてやるよ」
依「正体も何も、俺は純度100%の人間だわ!」
 ギャンギャン吠える依。
依M「制服着てるし、“お母さん”に合流しろって言われた鎮守府の機動部隊の一人だな……」
依M「神類の金烏が影の中にいるから誤解されたのか。クソかよ」
 不満そうな顔で口を噤み、考え込む依。
依M「金烏……が出てきたら余計面倒なことになるな。ほっといていっか」
 仕方ない、と溜息を吐き、口を開く。
依「俺は総帥の命令で、この異界を終息させにきた探偵だよ」
桐壺「探偵? 総帥に命令された? そんな情報聞いてねぇよ」
依「現場に情報共有されてないのかよ……鎮守府の情報統制ガバガバだな……」
 呆れ顔の依に、桐壺は胡乱な視線を向ける。
依「あ〜もう……俺の端末におかあ……総帥からの連絡履歴あるから、確認してくれよ」
桐壺「あぁ?」
 面倒くさそうな依に、桐壺は胡乱げな目線を向ける。
依「パーカーのポケットに入って……」
??「その必要はあらへんよ」
 依の言葉を何者かが遮る。
依「?」
 依は正面に顔を向けた。
 そこには、桐壺と同じ軍服を着た、青いロングヘアーの少女が依と桐壺の方へ歩いてくる姿が。
 依の目の前で立ち止まった少女はしゃがみ込み、依と目を合わせる。
??「はじめまして、鏡見依くん」
??「ウチは伊集院龍虎(いじゅういん りゅうこ)。そこの藤宮とは同部隊や。よろしゅう」
 ニコ、と微笑む関西弁の少女――伊集院龍虎。
依「え、あぁ、よろしく?」
 フレンドリーに接され、困惑する依。
桐壺「その必要はない、ってどう言う意味だ、伊集院」
 不機嫌そうに口を挟む桐壺。
 龍虎は口元だけ笑みを浮かべ、笑っていない目を桐壺へ向ける。
龍虎「あんさんが独断専行するから、こんな面倒なことになっとんねん。この脳筋が」
龍虎「本部から命令が下っとる。現場で、鏡見依っちゅう探偵と合流しろ、ゆう命令がなぁ」
龍虎「全く……何で任務内容確認しないん?」
 よっこらせ、と立ち上がり、桐壺を睨め付ける龍虎。
龍虎「ちゅうことで、さっさと手ェ離し」
桐壺「……」
 不服そうに、渋々といった体で桐壺は依から手を離す。
 拘束を解かれた依は、困惑しながら立ち上がる。
 そして、バチバチと睨み合う二人を見遣った。
依M「なんだコイツら……」
 オロオロする依に、龍虎は人の良い笑みを向ける。
龍虎「すまんなぁ依くん。我が部隊の脳筋バカが迷惑かけて」
龍虎「悪気……はあったかもしれへんけど、怒るだけ無駄やから水に流してくれると嬉しいわぁ」
依「あ、あぁうん……わかった……」
依M「圧つよ……」
 笑顔なのに妙に圧が強い龍虎に、依は引き気味に頷く。
龍虎「ほんま? よかったわぁ」
龍虎「ほんなら――」
 龍虎が暗黒微笑を浮かべ、目には仄暗い光が灯る。
龍虎「神類ブチのめすために、一緒に頑張ろな?」
依「お、おぉ……」
依M「こっわぁ……」
 心の中で、龍虎から距離を取る依だった。
龍虎「ほら藤宮。自分でちゃんと謝り」
 ジロッと龍虎が桐壺を睨む。
桐壺「チッ……神類の気配漂わせてるソイツが悪ぃ」
 舌打ちして顔を背ける桐壺。
龍虎「神類の気配、ねぇ……協力者の情報くらい確認しなや」
 呆れて溜息をつく龍虎。
依「?」
依M「金烏について情報共有されてる……のか?」
 依は観察するように、じっと二人を見つめる。
桐壺「面倒くせぇ……さっさと行くぞ」
 依へは見向きもせず、桐壺が歩き出す。
龍虎「あ、こら」
龍虎「行くって言ったって、どこ目指すん?」
桐壺「……チッ」
 龍虎に指摘され、立ち止まる桐壺。
桐壺「ソイツの気配のせいで、本命の神類の気配が探れねぇ」
 クソ、と桐壺は乱暴に頭を掻く。
龍虎「せやねぇ……依くんは分からん? 該当神類の居場所」
 困ったように頬に手を添えながら、龍虎が依を見る。
依「あぁ、神類なら――」
 依が何か言いかけたその時。

 ――3人の頭上から、ゆっくりと。
 掌に目がついた巨大な手が一本、接近してきていた。

3人「!!!」
 驚愕する3人。
 咄嗟に、それぞれ迎撃態勢をとる。
桐壺「クッソ、いつの間に!」
龍虎「分からへん。けど殺るしかないやろ!」
依「待て! これは本体じゃない。気配は別の場所にある!」
2人「「!」」
 3人は、言葉を交わしながら三方にそれぞれ飛び退く。
 巨大な手は、5メートルほどの高さで静止し、様子を伺っているようだった。
 刀を構えながら、依はその手を観察し――
依「っ!」
依M「この手……」
 目を見開く。

(回想)
○フラッシュバック
 依に向かって手を振る代――そのすぐ後ろに、バケモノの姿が!
 高さ5メートルほどの、菩薩のような姿。しかしその顔にはパーツがなく、のっぺりしている。
 化け物は背中から7本の腕が生えており、その掌にはそれぞれ目がついていた。
代「依――」
 微笑む代が、何かを呟く。

○森
依M「あの日、俺たちを姉弟を攫って――」
 依の顔が怒りに染まり、凄まじい殺気を放つ。
依M「俺から代を奪った神類!!」
 刀の柄を、ギチィ…と強く握り込む。
龍虎「依くん!」
依「!」
 龍虎に呼ばれ、ハッとする依。視線を向ける。
龍虎「本体は!? どこにおるん!?」
 焦った顔で尋ねる龍虎。
依「本体は、俺から見て艮の方角――だけど」
龍虎「?」
依「コイツは――俺一人で殺すから」
 依は視線を標的へ移し、
依「手ェ出すな」
 と低い声で呟いた。
 そして、ダンッ! と、周囲に生える杉の木を蹴って10メートルほど飛び上がる。
 巨大な手の、手の甲の上に飛んだ依はそのまま落下し、落下の勢いを利用して手の甲に刀を突き刺した。
化け物「――!!!」
 化け物はビクン! と脈打ち、暴れ出す。
 依は手の甲から刀を引き抜き、前腕部分に柄ギリギリまで深く刀を突き刺し、振り落とされないようにしがみ付いた。
依「ぐっ……!」
 化け物の手はヨリを振り落とそうと激しく揺れながら、上昇していく。
龍虎「!」
桐壺「おい!」
 叫ぶ二人を置いて、化け物の手はまるでメジャーが巻き取られるような勢いで引っ込んでいく。

○上空
 地上の杉の森と並行するように、ものすごい勢いで後退していく手。
依「〜〜っ!」
 依は振り落とされないように、体にかかる圧に耐えるように目をギュッと瞑り、突き刺した刀に必死にしがみついている。
 風圧に耐えながら、依はそっと右目を開けた。
依「!」
 依の視線の先――手が引っ込んでいく方向に、巨大な異形の菩薩の姿が!
 顔のパーツがなく、背後から6本の腕を伸ばし、その掌についた6個の目で、依をじっと見つめている。
 依がしがみついている7本目の腕が、化け物まで50メートルほどの距離に縮んだ瞬間。
依「よっ……と!」
 依は刀を抜き、腕から離れ、落下する。地上までの高さは、20メートルほど。
 体を回転させながら勢いを殺し、スタッと軽やかに着地した。
依「はぁ〜……」
 深呼吸をし、依は50メートル先にいる標的へ向き合う。
依M「代の気配は……ない」
依M「でもいい。ここにはいないだけで、お姉ちゃんは生きてる。絶対に」
依M「だけど――」
 ビシッ! と刀の切先を向け、射抜くような鋭い視線で化け物を睨む依。
依「俺から代を奪ったお前は、絶対に許さない」
 化け物の腹部が割れ、巨大な口が開く。
依「――殺す」
 化け物に向かって走り出す依。
 同時に、化け物が依に向かって6本の腕を伸ばす。
 駆けながら、依は一本目の腕を刀で受け流し、2本目の腕を避け、その反動で上に飛ぶ。
 3本目の腕に着地し、腕を伝って駆け抜ける。
依「邪魔」
 正面から向かってきた4本目の腕を、下から上に向かって切りつけ、目をつぶす。
 横から押し出そうと向かってきた5本目の腕を飛んで避け、縦に回転しながら手首を切り落とす。
 5本目と反対から向かってきた6本目を横に回転して躱し、それに着地した後、本体に向かって勢いよく飛んだ。
依「死ね」
 目にも止まらぬ速さで接近し、標的が間合に入った瞬間。
 依は刀を真横に振い、菩薩の首を飛ばした。
 飛んでいく首。跳ねる血飛沫。崩れ落ちる体。
 着地した依は、刀を振るって血を払い、納刀する。
依「ふー……っ」
 息を吐く依。
 その時。
 背後から、切らなかった5本の腕が依へ襲い掛かろうとし――
依「……金烏」
金烏「はぁ……やれやれ」
 依の影から噴き上げた業火に焼かれ、一瞬で灰と化した。
金烏「全く」
 ズルリ…と。
 依の影から、巨大な鳥――真っ赤な羽毛の、三本足のカラスが出現し、ヨリの背後に立つ。
金烏「お前は僕を都合のいい時だけ利用するね」
 カラス――金烏は、依の頬を嘴の側面で撫でる。
依「別にいいだろ。そういう契約なんだから」
依「俺は代を取り戻すためにお前を利用し、その対価として、俺が寿命を迎えたら俺の肉体はお前のモノになる」
 依は金烏を振り返る。
依「違うか?」
金烏「そうだねぇ」
 モフッ…と。
 金烏は翼で依を抱き込む。
金烏「僕はお前のカミサマで、お前は僕の――ヨリシロだからね」
依「あぁ」
 依は金烏の羽毛に顔を埋め、目を閉じる――

○暗転



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