身体検査
「おはようございます部長。今週はちゃんと節制しました?」
むくんでいる部長の顔を見ればそうでないことは明らかであったが、折橋は社交辞令とも言うべきか挨拶がてら部長に尋ねた。
「昨夜も呑んじゃったよ。しかし奴さん等が自己管理に厳しいってのは聞いてはいたが、こうも毎週毎週、身体検査やるとはねぇ。これじゃあウチの会社も買収されて良かったんだか悪かったんだか」
「しーっ。聞こえますよ部長」
折橋は慌てて部長を制したが、部長はどこ吹く風だ。
「大丈夫だよ。身体検査の日はアイツ等翻訳機を付けてない。こっちの言葉は分からねぇよ。まぁ、こっちもアイツ等が何言ってるのか分からんけどな。だいたい…」
「そ、そういえば本国勤務になった連中は元気でやってますかね?」
このままだと部長の愚痴は止まらないと判断した折橋は別の話題を用意した。
「どうやら相当リッチな暮らしをしてるとの噂だ。なんせエリートコースだからな。距離が距離だから帰国が大変ってのもあるだろうけど、皆もうこっちには帰りたくないって言ってるらしいぞ」
「でしょ。そのエリートコースに乗る為の第一歩がこの身体検査ですよ。本社には感謝しなきゃ」
折橋は上手く諌めたなと胸を撫で下ろしたが、部長にしてみたら下っ端の小僧に丸め込まれたことは毒舌エンジンの格好の燃料になった。
「そもそもだな。俺はアイツ等の顔が馴染めないんだ。まるで恐竜じゃないか。あの牙を見る度に寒気が…」
「部長!それは本当にダメですよ。異星人の容姿蔑視は今や重犯罪ですよ。昨年の大不況以来、ほとんどの国が見放していた我が国に、手を差し伸べてくれたのが異星人じゃないですか。異星人が出資してくれなかったらどれだけの企業が潰れていたか。」
流石の部長もマズいと思ったのか口笛を吹いて誤魔化していた。
「まぁ、いずれにせよ俺もお前も、出世にはまだまだ程遠いな。」
折橋の腹の肉を摘みながら部長は下卑た笑いを浮かべた。
翌朝、折橋と部長のデスクにいつも通り診断結果が置いてあった。先週までと同じ、異星人語の大きな判が1つ押されている。翻訳すると『出荷不可』と書かれた判が。
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