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好きなもの#2

聲の形

あらすじ

この映画は、いじめがテーマの映画である。
石田将也は小学校の頃、転校生の耳の聞こえない少女西宮硝子をいじめていた。それが原因でクラスでハブられることになる。一緒にいじめをしていた友達にも。

時は経ち、高校生になった石田は手話サークルでかつていじめていた少女西宮に会う。

これが物語の始まり。


始めて観た時の感想

始めてこの映画を見たのは、中学3年生の頃で友達に連れられて劇場で見た。
その時は、まだ子供だったこともありただただグラフィックの良さに感嘆して内容の奥深さに泣きそうになったことを覚えている。

連れて行ってくれた友達、ありがとう。

現在はネトフリで何回も見れるので通算6回ぐらいは見たと思う。
そこでこれまで見た感想を今日は羅列していこうと思う。


現在の感想

いじめという行為は、やる側やられる側も救われない最悪の行為ということを痛感した。
この映画はたまたま西宮が強い人間だった、そして石田が自分のやった罪に真摯に向き合った結果が映画の最後に結び付くのだと思う。

決して、自分のやった行いに対して罪滅ぼしをすれば報われるという映画ではないことを肝に銘じていなければならない。

罪滅ぼしをするのは当たり前なのだ。

こんな当たり前のことを今回話したいのではない。



今回一番触れたい話題は、西宮の飛び降り自殺未遂についてである。

というより自殺についてだ。

よく自殺をすることは勇気ではなく、逃げだということを耳にすることがあるが、僕は立派な勇気だと思う。

僕自身死にたいと思ったことが何回もあるが、自殺してみようと思っても考えるだけで「死の恐怖」には勝てなかった。

もちろんいじめみたいにキツイことはないが、ある程度のキツさというのは体験しているつもりだ。
これは、別に失恋したからとか、生きる意味が見つけられないみたいな感じではなく、僕自身の家族の問題、つまり生い立ちによって生じたキツさである。

かなり親であることは言うまでもない。

そいうのを経験してからの「死にたい」という感情すらも死の恐怖というものには勝てないのだ。

自殺は決して逃げではない、本人なりに立ち向かって立ち向かい続けた結果がこれだったのである。

最後に

この時期は、自殺のニュースがよく耳に入ると思う。

みなさん、亡くなった人達にどうか労いの言葉をかけてあげて欲しい。


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