交錯の火(202号室編)/掌編小説
一.
22時を告げるチャイムが鳴る。ハンガリー舞曲だったけ?この時間に聞くクラシックはやはり眠気を誘う。日中に寝付けなかったら、なおさらだ。
「文山さん、引き継ぎは全部メールに書いてるので。うん。お先失礼しまーす。」
帰っていく日勤スタッフにあいさつを交わすが、あくびを噛み殺しながらなので、だらしない印象を与えてしまった。
マグカップに並々注いだコーヒーの水面には腑抜けた独身男性が黒くともはっきりと映っている。
二.
サーバー保守管理。夜勤の仕事をしていると、必然、睡眠は日中に取らねばならない。しかし、今日はこの殺人的な暑さの中、アパートのエアコン全てが壊れた。
あまりの寝苦しさに布団を跳ね上げたのは出勤3時間前の午後2時だ。
ガンガンガン、と部屋のドアを叩かれる。扉の向こうには大家がいた。大家はこの家のエアコンが全て壊れたというのだ。また、「今日では全ては直らない」とも。
そうですか。いつ直りますか。と聞くと「明日朝には直る」と返事が帰ったきたので明日の修理で了解した。
今日の夜は夜勤だし、明日の朝、寝る時エアコンが動けばそれで不都合ない。部屋に入るときはマスターキーで入ってくれと大家に伝えて勤務に備えることになった。
そこから扇風機を最強の風力にして寝ようとしたのだが、いかんせん外がうるさい。隣の学生さんと大家が揉めていたのだ。なんでもその日のうちに修理するのは下階の人間のエアコンのみだったようで、彼はそれに納得できないようだ。
気持ちはわかるのだが、こっちのことも考えてくれと眠る努力をしたが何も出来ず時間ばかりが過ぎ去った。
三.
そう言った経緯で、今日は寝不足気味だ。ま、誰が悪いというものでもないが、とてもだるい。
たった1人の職場はひどく寂しい。孤独を紛らわすため、職場のテレビをつける。眠気をコーヒーで流し込む。
テレビを見ていると、ふと、思い浮かぶ疑問に気づく。
どうして"一度に""全て"のエアコンが壊れたのか。
四.
各部屋のエアコンは各部屋の外にある室外機に直結している。例えば、ある部屋の室外機が壊れたのなら、その部屋のエアコンが壊れる。
つまり、全ての部屋のエアコンが壊れるのは全ての室外機が壊れるか、全てにつながる大元の電気系統が壊れているかのどちらかだ。
もし、大元の電気系統が異常を起こしているなら、部屋によって修理の時間が異なることはない。なぜなら、異常を取り除けば、全ての部屋に電気が供給できるからだ。上階と下階で電気系統が別れていて、下階の電気系統を直したということも考えられる。しかし、俺が家を出る時には下階のエアコンは稼働するにあと少しというところだった。
つまり、それくらいの時間で下階が修理できたなら、もう少し頑張れば上階も修理できるだろう。なぜ、下階しか出来ないのか。
ではもう一方を考えてみよう。つまり、偶然に全ての部屋の室外機が壊れたという仮定だ。
もし、アパート6部屋の室外機、あわせて6台が壊れたとするなら、こんなに早く3台も直るのはおかしい。
なぜなら、6台全ての室外機の中を確認し、原因を把握して、3台の修理を行うというのは流石に時間が足りない。やらなきゃならない工程が多い。私がみている限りでは作業員は1人だけだった。あと1人か2人の人員を追加しない限り、上記のことを出来ないだろう。
いやそもそも、俺は寝ていた。ことのあらましをはっきりとわかっていない。だが、俺のわかる限りで考えると何か不自然だ。
五.
11時20分。
物思いにふけているとあっという間に時間が過ぎていた。フロアの定時見回りにたたなければならない。
立ち上がった。しかし、その時、俺はテレビに釘付けとなってしまった。
「え、俺のアパートじゃん。」
黒煙をモウモウと上げて炎上する建物。オレンジの光に照らされた道路は毎日見慣れたアスファルトであった。
あまりにショッキングな光景に唾を飲み込む。何が起こっているんだ。