グラフティック・アート(掌編小説)
一.
東京の夜は刺激が多すぎる。クラブ、ライブハウス、メンエス。カラオケ、ダーツ、居酒屋、ゲーセン。金のかかるところに行かなくても、路上でスケボーができる。駅前にはストリートミュージシャンがインスタライブやりながら弾き語りしていて、路地裏にはラッパー共が韻で喧嘩している。ギラギラした奴がおしゃれな服で普通に歩いて、なんでもないような顔でどこでも売ってるガリガリ君を食べてる。
すげえ。と思った。
くそ田舎のくそ地域。ほとんどが顔見知りで、何かが起こればすぐに噂になる。学校も1学年に10人しかいない。イオンに行けばいやでも会えるのに、「さようなら」と帰りの会では言葉を交わす。
その「くそ」がどれほどダサくて異常か。いま、渋谷に立ってわかった。空気がまず違う。
二.
パーカーのフードを深くかぶって、スプレーを振りながら歩いて行く。夜の渋谷は俺のアトリエだ。キャンパスは無限大。
グラフティック・アートに出会ってから1年が経つ。ここ最近はバイトのない夜はいつも渋谷にくる。スプレーの薬品臭さと100均の有線イヤホンから垂れ流されるヒップホップが、腕を走らせる。商店街のシャッター、高架下のコンクリ壁、家の塀。インスピレーションが沸けばその場に描く。
三.
良さを理解できない奴はこのアートを「ラクガキ」と言う。バカだよな。何もない壁で何が楽しい。俺らが色を付けるから、日常は少し楽しくなる。そういう古いセンスが日本をダメにしたんじゃないのか、そうだろ。
だが、そんな時に転機は訪れる。俺の努力は実を結んだ。インスタに流れた大ニュース、俺の描いたグラフティックアートを高値で買いたいという人間が現れた。また、ソイツはスポンサーにもなりたいから名乗り出てくれと言っていた。
だが、こんな投稿には嘘つきが山ほど群がっていた。そこを押しのけ俺は必死にアピールした。あれは俺が描いた作品だ、と。
これでは埒があかない。発信者はそう思ったらしく、書いた覚えのある者を皆、渋谷に集めた。当日はハロウィンみたいにごった返していた。日中にくる渋谷は久しぶりで、警察も何人か出動していた。聞くと人が多いし、何せ金を出したい奴を見つけるのに警察の協力を得ているとのこと。
俺はそこで全てを話した。使用しているスプレーから活動時間まで。なぜ、グラフティックアートをするのか。熱いところをとことん聴いてくれた。聞いたのは雇われのオトナで、金を出してくれる本人ではなかったのが残念だったが。最後に住所と名前を伝えて帰った。
四.
見ていろ、俺をバカにしていたイナカ者達よ。俺、これで有名になってやるから。
未来のスポンサーからの連絡はカキトメとかいう郵便で届いた。
中身は裁判所へのチケットだった。ソジョウという名前だ。どうやら俺は訴えられたらしい。
急いでXやインスタやTikTokを開いていく。そこには同様に訴えられた奴が沢山いた。調べていくと、あの時渋谷に行った奴は皆、裁判される。俺は問題視されていた作品を残していたから、特に重い弁償金を請求されていた。
俺は確かに有名になった。「落書きで人生を棒に振ったバカ男」として。テレビ、ネット、新聞、週刊誌に至るまで俺を笑い者にした。写真を撮られることも日常茶飯事で、バイト先にはクレームとイタズラ電話がひっきりなしに掛かってきた。そのクソどもが店に来る頃には、とうとう俺はバイトをクビになった。
涙目を拭い、夜の渋谷に繰り出す。白く塗り直されたコンクリ壁にスプレーを掛けようとしたが、中身がもうない。
グラフティックアート。
こんなのを理解できないオトナがこの世界を支配している。俺は頭が悪い。だから、アイツらに勝てない。