(R6・予備) 刑法再現答案

第1 甲のAに対する窃盗罪
1.甲が、A所有の本件ケースを持ち去った行為に窃盗罪(235条)が成立するか。
(1)「窃取」とは、占有者の意思に反して、財物の占有を自己又は第三者に移転することをいう。そして、占有とは財物に対する事実上の支配力をいい、占有の事実と占有の意思から、社会通念により判断する。
(2)ア 甲が本件ケースをズボンのポケットにいれて持ち去った時点で、本件ケースにAの占有は及んでいたといえるか。
 イ 本件ケースは、縦横の長さがそれぞれ約10cmと小さく、容易に持ち運びが可能なものである。また、午後6時をすぎ周囲も暗く、本件ケースのような小さいものを見つけることは容易ではない。さらに、甲が本件ケースを拾い上げた時点で、Aがいた場所と第1現場とは相互に見通すことができず、Aは本件ケースをすぐに取り戻すことができなかったとも考えられる。
 しかし、甲が本件ケースを拾い上げた際にAがいた場所と第1現場とは100mしか離れておらず、約20m戻れば、第1現場を見通すことができた。さらに、第1現場は、人通りが少ない路上であり、開放的ではない。したがって、Aは、本件ケースの現実的な支配を容易に回復できる状態にあったといえる。
 ウ そして、Aは、本件ケースを第1現場に落としてから、15分後にその事実に気づき、本件ケースを、第1現場を経由してX駅から勤務先までの道中を探しており、占有の意思も認められる。
エ したがって、甲が持ち去った時点で、本件ケースにAの占有は及んでいたといえる。
2.そして、甲は、A所有の本件ケース(「他人の財物」)の占有を、Aの意思に反して、自己のズボンのポケットに入れることで移転している(「窃取」)。
3.故意(38条1項)及び不当領得の意思に欠けることはない。
4.以上より、甲に、Aに対する窃盗罪が成立する。

第2 甲のBに対する窃盗罪
1.甲が、B所有の本件自転車を持ち去った行為に窃盗罪が成立するか。
(1)ア 甲が本件自転車を持ち去った時点で、本件自転車にBの占有は及んでいたか、上記の基準により検討する。
イ 本件自転車は、自転車置き場ではなく歩道上に、無施錠で放置されており、本件自転車の占有は放棄されており、事実上の支配は否定されるとも考えられる。
しかし、第2現場は、事実上、本件店舗を含む付近店舗利用客の自転車置き場として使用されていた。また、通常、自転車は、駐輪した場所に戻ってくることを前提に、一時的にその場を離れる態様で使用されることが多い。さらに、甲が本件自転車を持ち去った時点で、Bは本件自転車が第2現場にあったことは認識しており、本件自転車にBの事実上の支配は及んでいたといえる。
さらに、Bは、第2現場から500m離れた書店に約2時間立ち寄る目的で、本件自転車から離れたところ、予定通り、1時間45分して、本件自転車を駐輪した第2現場に戻っており、占有の意思も認められる。
ウ したがって、甲が持ち去った時点で、本件自転車にBの占有は及んでいたといえる。
(2)そして、甲は、B所有の本件自転車(「他人の財物」)を持ち去ることで、その占有を、Bの意思に反して、自己のもとに移転している(「窃取」)。故意も欠かない。
2.(1)では、不法領得の意思は認められるか。窃盗罪の成立には、超過的な主観的要素として、不可罰である使用窃盗との区別から権利者排除意思が、毀棄罪(258条)との区別から利用処分意思が必要と解する。
(2)甲は、本件自転車を乗り捨てるつもりではあったが、居酒屋までの足代わりに、本件自転車を利用する意思があり、自転車の用法にしたがった利用処分意思が認められる。そして、本件自転車は新品に近い状態であり、財産としての価値は高いため、一時的な利用であっても、財産的利益の侵害を伴う利用意思があり、権利者排除意思が認められる。
(3)以上から、甲には不法領得の意思が認められる。
3.以上より、甲に、Bに対する窃盗罪が成立する。

第3 甲のCに対する傷害罪
1.甲は、Cの顔面を数回殴ることで、Cに全治約1週間の顔面打撲の傷害を負わせており、Cの身体の生理的機能を害しているといえるため、「傷害」(204条)にあたる。そして、故意(38条1項)に欠けることはないから、当該行為に傷害罪が成立する。
2.後述のとおり、乙との間で共同正犯が成立するため、乙がCの頭部を殴り、Cに全治約2週間の傷害を負わせた行為についても、甲には、乙と共同正犯の形で、傷害罪が成立する。
3.そして、Cの肋骨骨折の傷害結果について、乙が暴行に加わる前に甲が腹部を蹴ったことによるものか、乙がCが腹部を蹴ったことによるものか不明である。前者であれば、甲の単独正犯として帰責でき、後者であれば乙との共同正犯として、甲に帰責できる。したがって、甲には当該傷害結果を帰責できることとなり、Cの肋骨骨折の傷害結果を生じた原因行為がいずれであっても、甲には、当該傷害について、傷害罪が成立する。

第4 乙のCに対する傷害罪
1(1)共同正犯が認められるためには、①意思連絡と、②意思連絡に基づく実行行為が要件となる。
(2)乙は、「お前も一緒に痛めつけてくれ」との甲からの申し向けに応じて(①)、Cの頭部を数回殴っている(②)。そして、当該行為により、Cに全治約2週間の頭部打撲の傷害を負わせており(「傷害」)、故意に欠けない。したがって、乙には、当該行為について、甲と共同正犯として、傷害罪が成立する。
2.それでは、Cの肋骨骨折について、乙に傷害罪は成立するか。乙が暴行に加わる前の甲の暴行による傷害結果まで、乙に帰責されるのか。
(1)共同正犯の処罰根拠は、共同して法益侵害を惹起させた結果に対して因果性を及ぼしたところにある。したがって、先行者の行為を後行者が積極的に利用して、自己の犯罪行為の達成手段として用いた場合には、因果性が認められ、先行者の行為についても帰責されうると解する。
(2)甲による先行行為である暴行行為は、それ自体として完結しており、乙の後行行為の単なる契機や動機にすぎず、積極的に利用する関係にない。したがって、承継的共同正犯を根拠に、Cの肋骨骨折を乙に帰責できない。
3.それでは、207条によって、Cに帰責できるか。
(1)207条の趣旨は、同時犯における立証の困難を軽減するところにある。そして、意思連絡のない場合でさえ207条の適用があることの均衡から、共犯関係にあるものとの間で傷害を負わせたものが不明である場合にも、上記趣旨が妥当するため、207条の適用を認めるべきである。
(2)甲がCを殴打していたところに、同じ場所で暴行に加担したため、同一の機会にある。そして、甲と乙が(「2人以上で」)、それぞれの暴行が肋骨骨折を生じさせうる危険性を有する「暴行を加えて」、Cを「傷害」し、「その傷害を生じさせた者を知ることができない」場合にあたる。
(3)以上より、207条により、乙には、Cの肋骨骨折の傷害結果について、傷害罪が成立する。
※4枚フル、約75〜80分

(コメント)
自己評価:C(周りの評価次第ではB)

・一見して分量が多そうだったので、刑訴の答案構成をしてから(刑訴設問2が意味不明だったので、設問1を中心に10分程度)、刑法に取り組んだ。
・占有の有無については、特に悩むことなく、どちらも肯定した。自転車の占有は某予備校答練の刑事実務で類題があったため、助かった。不法領得の意思も結構あやふやだったので、「それっぽく」ごまかすしかなかった
(・乗り捨てる意思は、権利者排除意思で考慮するものであって、毀棄目的に関連するものとして、利用処分意思を否定しうる要素と誤解した。自転車が新品同様という事実も、権利者排除意思で書いたが、占有の事実を肯定する要素で用いるべきだった)
(・自転車について事実的支配はないのではないかという問題意識を提起した上で、占有意思が外形的にあらわれており、一般人からよみとれるので、占有の事実がある。そして、甲もそのことを認識認容していたのであるから(占有離脱物ではなく)窃盗の故意もありとするのがしっくりくる。)

・後半は、共謀共同正犯が成立すると思ったが、実行共同正犯との違いに少し混乱が生じたので、「共謀」という言葉を使わなかった。
・罪数まで論じる時間的場所的余裕もなかった。



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