目覚めの始まり
2024年1月8日
突然、所属していたテニスサークル仲間のお誘いで隣町サークルの練習会に4名で参加することになった。
昨年10月の町長杯に初参加する予定が、雨で中止となり、古参の新人である私の夢は流れていた経緯がある。
私は2011年に硬式テニスを始め、結婚育児等々でテニスから離れており、2021年に復活するも練習に参加出来るのは良くて2〜3ヶ月に一度程度。
大会などとても無理、自分には無縁と決めつけていたのだが、昨年の夏合宿で(2年に一度合宿がある)「大会に出ることにします」と宣言したのであった。それまではラケットは妹のお下がり、シューズは単なる運動靴であったが合宿参加にあたり(私がいつまで経っても上達しないのはアイテムを揃えないからかも!)と思い立ってシューズやウェアを新調したのが始まりである。
身なりを整えたら大会に出ることを宣言する運びとなったのだ。
そしたらみんなが驚くほどに突然上達し始めるという怪奇現象が起こりはじめたのである。
で、隣町チームは平均年齢70歳くらいの高齢軍団なのだが元国体選手や全国大会経験者など強者揃いで、普段私が属するサークルの楽しくやろうというスタンスとは全く毛色が違うということだけは知っていた。
だから私はびびって大会なんて…と敬遠していた節もある。
話は1月8日に戻り、今日は屋内での練習会。
数人のこじんまりした練習のノリで行ったら20人くらい集まっていた。
しかも、1時間半みっちり練習をしてからの試合。
練習の時点で人生初めての膝痛を経験。
寒さと息が上がるので肺が潰れそうだった。
そんな中、気さくに声をかけてくれた人やめちゃ上手いのに私と組んでしまった人たちなど沢山の人々と関わった結果
みんな優しい人間だったんだ…怖くて厳しいストイックな人たちではなかったんだ(これまで断片的に聞く噂の印象ではめちゃ怖かった)とわかり、私らしく奇妙で笑いを誘うプレーをすることができてものすごく楽しかった。
テニスのプレーがとってもとっても素敵だなと思う人ともじゃんけんで決めたパートナー決めで組むことができて、実は大会とかも出たことがないと伝えたら初歩的なことから端的に伝えてくれて最高に幸せな気分だった。
こんな私でもボレーで点を取ったりする場面もあり、でも私は渾身の一発を打つと「ギャッ!!」とか「うぉー!!」とか声が出てしまう。
因みに私は松岡修造と同じ誕生日。
そんな私をみてとてもクールな彼(か)の君が笑っていた。他の人たちにも笑われていたのだが。
最後のプレーなんてボレーで返した瞬間に何故か回転レシーブっぽく転んでその瞬間にまたボールが来たので転んだ状態から打ち返したりして会場を沸かせていたらしい私。←バレー部だったので何故か無理めなボールにも反応してしまったんだよね。
真面目な空気の中に飛び込んでしまった変なやつだったが40歳なのにめちゃくちゃ若い扱いを受けてなんかとっても楽しくてしあわせだった。
50〜80歳位の男性とそれくらいの年代の少しの女性がいて、みんなすごく上手くて格好良くて、しかも何故かとてもやさしい空気に包まれていた。
私はまだまだ伸び代がある、自分はまだたったの40代だったのだと世界の広さを体感した1日だった。
年末の39度✖️3日間と解熱後の喉の化膿、耳の聞こえのおかしさ、12/30に当番医に行き耳は治らず悪化して元日に救急医療を受けた経験から、テニスをできるレベルの健康があることがどれほど幸せなことかをまざまざと感じることができた。
おまけにあんな素敵な人の存在も知ってしまった。
その人が練習している場所と曜日を聞いた人がいたので一緒に行ってみたいなぁと思う。
テニスも組む相手によって相性の良し悪しがめちゃくちゃ如実に現れる。
その素敵な人と組んだ時は私は自分の力を発揮できていたし、彼(か)の君のアドバイスも的確でスッと実行できるのであった。
こういうことで人ってどんどん新技を身につけて吸収して上達していくんだろうな。
しあわせだなぁ。