ニートな吸血鬼は恋をする 第十四章
どうも、前書きのハタガミです。
実は前回のラストから、路線変更をしています。「ニートな吸血鬼は恋をする」は元々、新人賞で落ちた作品です。新人賞へ向けた作品だったので、本来はこの第十四章で終わりを迎えるはずでした。
しかしまだ書き続けたいと思ったので、少しストーリーを改変して、続けることにしました。
要するに、まだまだ続くということです。それだけです。
拳を振りぬいた真紀は、ゆっくりと振り返り愛人を見る。
後ろでは、吹っ飛んだ司が壁に激突し、煙が舞い上がった。
「お前、どうしたんだそれ……」
今の真紀には、髪に白いメッシュがあり、心素が体の外――オーラのように立ち上る程に膨れ上がっていた。
今までの真紀や司とは比較にもならない、莫大な心素。
そんな状態で、真紀は佇んでいた。
「すごいね。愛人はいつもこんな負荷と戦っていたなんて」
「負荷……? まさか……!」
「うん。使ったよ。愛人の、あの人工心素」
数日前、真紀を組手をやった後に、愛人は真紀に人工心素を没収された。
(もう捨てたと思っていたのに……いや、それよりもだ……!)
愛人は真紀を責めるように言う。
「お前、自分が何をしたか分かっているのか……!?」
「うん」
「もしかしたら、この数分が終われば死ぬかもしれないんだぞ!? そうじゃなくても、何らかの重い傷害が残るかもしれないんだ……!」
「分かってるよ。……分かってる」
「真紀……」
真紀は険しい顔をしながら、再び吹っ飛んでいった司の方を見る。
(まだ終わってない……!)
その予感は的中しており、煙の中からナイフが飛んでくる。
真紀は難なくそれを掴み取る。
そしてナイフを、握り潰した。
「愛人。あなたは灯と幸せになって。私じゃ無理。私には……壊すことしかできない」
司が歩いてくる。
さらに人工心素を接種したのか、今までよりもさらに大量の心素を滾らせている。
しかし真紀には遠く及ばない。
「だから、この力で……絶対に守るから」
そう言って、真紀も歩き出す。
(マジかよ……)
愛人はボロボロの身体に鞭打って、起き上がる。
今の真紀には、まるで負ける気がしなかった。
今までも凄まじい力があることは知っていたが、まさかここまでとは。
(俺が一生かかってもたどり着けない領域だ……)
「ふっ!」「はぁ!」
二人が同時に駆け出した。
まるで瞬間移動のように二人の距離は一瞬でつぶれる。
そして二人の拳がぶつかる。
瞬間。
「うおっ!?」
二人は拮抗することもなく、真紀の拳が司の拳を吹っ飛ばす。
「ふん!」
「っ!」
さらに踏み込んだ真紀が、渾身の拳を振るう。
司はそれを受け止めようとする。
「おぉおおおっっ!」
「がはっ!?」
真紀は司の掌ごと押し込んで、司の顔面を殴り飛ばす。
吹っ飛ばされた司は、盛大に壁に激突する。
「ぐ、おぉおおおおっっ!!」
司は雄叫びを上げながら、ナイフを投げまくる。
その数、速さは今までの比ではない。
それは刃の雨という言葉すら生温い、刃の嵐。
それに向かって真紀は、拳を構えた。
「……【バレット】」
オーラのように立ち上った莫大な心素が、拳に収束していく。
拳撃と共に、それは放たれる。
「っ!?」
司からすれば、それは光。
紅い光がナイフを蹴散らしながら、こちらに向かってくる。
司は成すすべなく、光に呑まれた。
そして、轟音を響かせながら【バレット】は着弾した。
「おぉぉ……」
遠くから見ていた愛人は、渋い声を出す。
前に見た、殺人的な拳の弾丸どころではない。まるでその一撃のもとに建物を壊し尽くすような、そんな破壊的な力を持った、拳の砲弾。
「ふぅ……っ」
「真紀……」
真紀は右手を見る。
その手は、骨が露出しており、血が吹き出ていた。
手首から破裂したような傷口があり、血管や中の肉が出ていた。
「……大丈夫」
しかし真紀は平気そうに振り返る。
足取りはおぼつかないが、真紀は愛人の方へ歩いて、愛人に肩を貸した。
「全く、無茶しすぎだっつの……」
「ごめん……」
救急車の音が聞こえる。
パトカーのサイレンもだ。
(終わった……ようやく……)
愛人はようやく、全ての終わりを感じて、安堵の溜息をついた。
終わってみれば、三人とも生還することができた。
(後遺症が残りそうだが、まぁいい……)
なにせ命を救われたのだ。それに愛人は真紀の世話には慣れている。
そう心から安堵して、愛人は気を抜いてしまった。
「っ!」
「んおっ?」
肩を借りていた愛人が、いきなり真紀に突き飛ばされて、間抜けな声を出す。
地面に倒れ込む音で、愛人はその音に気付けなかった。
「いつつ……何が……っ!?」
「……ん、けほっ」
真紀が吐いた血が、愛人にかかる。
真紀の腹には、風穴が空いていた。
愛人は何が起きたか分からず、辺りを見渡す。
「はは……流石だ。師子王真紀。今回は僕らの負けだよ」
いつの間にか、黒田を背負っていた血まみれの司が、そこにはいた。
黒田の持っていた拳銃を、司が構えていた。
すかさず司は次弾を発砲する。
「っ……」
「ちっ……弾切れか……」
真紀は心素を振り絞って構えをとった。
しかし幸運にも、弾は残っておらず、司は拳銃をしまった。
そして黒田を背負ったまま、歩き出した。
「ではまた会おう。二人とも」
「……」
愛人は、何もできなかった。
「……けほっ、ごほっ!」
さらに吐血した真紀が、倒れ込む。
「真紀……真紀っっ!!」
愛人は真紀を抱き上げる。
血が壊れた蛇口のように流れ続ける。
愛人は傷口を抑えて何とか止血を試みるが、止まらない。
……全く止まらない。
「ごめん、愛人……逃がしちゃった……」
「真紀! しっかりしろよ! あとちょっとで救急車が来る! それまで耐えろ! 絶対大丈夫だ!」
公園で狙撃され、司に殴られ蹴られ、吸血鬼でもないのに人工心素を接種して、さらに再び銃撃された。
もはや真紀の生存が絶望的なのは、明白であった。
「はぁ……! はぁ……!」
愛人は過呼吸気味になりながら、涙を流す。
(なんでだよ……! どうして……! 俺は……!)
何度だって感じてきたことだ。
恋愛不適合者は、人を不幸にする。
それは生物学的な根拠を基にした、動かしようのない事実だ。
だから愛人は人と関わることは避けてきた。
だが真紀だけは、絶対に離れなかった。
そして傷つくことも無かった。
……強いから。
「……ごめんね」
「なんだよ! なんの謝罪だよ!」
もはやどうすればいいか分からずに、愛人は叫ぶ。
(俺のせいだ……! 全部、俺の……!)
愛人は溢れる涙を止められない。
後悔しても遅い。
そんなことは分かり切っているのに。
「あぁ……やっぱり私……弱いなぁ……」
その呟きを最後に、真紀は目を閉じた。
愛人は固まる。
「…………」
「おい! 君! 大丈夫か!? ……これは……!? 二人とも、直ぐに担架に乗るんだ!」
愛人が真紀を見ていると、救急隊が駆けつけて、二人を運び出した。
愛人も指一本動かなかったので、されるがままに担架に乗せられて、二人は病院へと運ばれた。
灯は二人よりも先に運ばれていたようで、灯が二人の居場所を教えたのだ。
ひとまずこの事件は幕を閉じ、愛人が再び目を覚ましたのは二日後だった。
「……ん」
「……」
「……んぅ?」
愛人は目を開けて、周りを見る。
どうやらベッドで寝かされているようだ。
そしてベッドの横には、灯が椅子に腰かけて読書していた。
静かな姿は、とても絵になる。
「……灯」
「あら、起きたのね」
灯は愛人に気付いて、本を閉じた。
愛人は窓の外を見る。
外は昼間で、のどかな快晴だった。
「……どのくらいたった?」
「二日ほど経ったわ。結構眠っていたから、頭痛いんじゃない?」
「あぁ」
「はい、お水」
灯が紙コップを手渡した。
愛人はそれを一気に飲み干した。
「……っ」
「まだ痛む? まぁかなり傷ついていたからね。真紀ちゃんほどじゃないけど」
「真紀……そうだ、あいつは……!」
「大丈夫よ。生きてる。あなたよりも元気よ」
「そ、そうか……」
灯はため息をついて、愛人を見る。
「それで、さ、愛人」
「ん?」
「あのときの、こと、だけど……」
「……あのとき?」
「……吸ったでしょ、私の血」
「……あぁ~……」
その言葉で、愛人は思い出す。
確か、好きだとか、いろいろ言った気がする。
「私達、付き合ってるってことで、いいのかしら……?」
灯は顔を赤くしながら、そう尋ねる。
愛人は少し考えたあと、返事をしようとする。
しかしその前に、シャッとカーテンが開けられる。
「愛人、起きたんだ」
「……真紀ちゃん……」
「?」
灯は恨めしそうに真紀を見るが、真紀は首を傾げるだけだ。
一方愛人は真紀の身体を見ていた。
愛人もそうだが、体中を包帯で包まれており、腕にはチューブが刺さされており、胴体には腹巻のようにギブス取り付けられて固定されていた。
とても痛々しい真紀の姿に、愛人は眉間に皺を寄せる。
「真紀。……取り敢えず、生きていて、よかった」
「うん。元気」
「後遺症はあるのか?」
その言葉に、真紀は少しだけ言いにくそうにする。
「……少し、あるらしい」
「どんなだ?」
「こんな感じ」
「!」
真紀は、右手を上げた。
そこには包帯とギブスが、完全に右手が隠れるように取り付けられていた。
それはいい。問題は、その右手が短かったことだ。
愛人は直ぐに左手を見て比較するが、やはり短い。
「……他の傷は何とかなるけど、あのときの【バレット】で、右手が心素に耐えられなかった……」
あれほどの瀕死でありながら右手以外の全てが、時間がかかるとはいえ完治できるのは流石の回復力と言えるだろう。
だがあの人工心素だけは、どうしようも無かった。
人工心素は吸血鬼のような弱々しい心素しか持たない者であっても、莫大な負荷が体にかかる。
そして人工心素が切れたとき、その反動は一気に猛毒のように体を襲う。
心素の働きが一時的に失われるのだ。
右手の細胞は、その副作用で壊死してしまったのだ。
治癒再生はおろか、放っておけば体が腐敗していく。だから切除するしかなかった。
「……そうか」
ひとまず生きていたのだ。
喜べぶべきことのはずだが、愛人はどうにも喜べなかった。
「……愛人。聞いて」
「あん?」
「このことは、大丈夫だよ。私は大丈夫」
「そうか」
「うん。それで、私はもう大丈夫。この事件も、あとは私が何とかする。だからさ。もう辞めよう?」
「辞める?」
「恋愛警官も辞めてさ。また学校に行こう? 愛人、賢いからさ。すぐに私達のクラスに入れると思う」
真紀は真剣な顔で伝えていた。
だが、愛人には何も響いていなかった。
「……いや、無理だ」
「え?」
「俺はこれから、一から鍛え直す。一人でな」
「……そんな」
「あいつは最後に言っていた。また会おうってな」
「……それは」
「右手を失ったお前に、前と同じ戦力は期待できない。次は本気で俺達を仕留めに来るはずだ」
「愛人は、また戦うの?」
「当たり前だ。俺が戦って、勝つしかない」
愛人はまるで、決めつけるかのように、断言する。
真紀はもう誰も失いたくないという強い後悔を愛人から感じていた。
だからその強い口調に、真紀は何も言えなくなる。
そんな愛人に反論をしたのは、灯だった。
「……あのさ。聞きたいんだけど」
「……ん?」
「あなた、鍛えたところで司に勝てるの?」
「……勝つしかない」
「じゃ、やっぱり勝てないのね。知ってたけど」
「……」
「……勝てない勝負で死にに行って、誰かを守った気になりたいの?」
「……そうじゃない」
灯は勇ましく告げる。
「じゃあ何? あなたが犠牲になれば、私達を守れると思っているの? あんまり調子に乗らないで。あなたは弱いわ。すごく弱い」
「っ……」
「そんなあなたができることなんて、たかが知れているのよ。今更思い上がらないで」
「じゃあどうするんだ。毎日アイツに怯えながら過ごせと?」
「……はぁ、あなたは本当に人の感情が分からないのね」
灯は大きくため息をついてから、真っ直ぐと愛人を見た。
「いい? この問題は、私達の問題よ? 三人で力を合わせるしかないわ」
「力を合わせる?」
「一人じゃできなくても、三人ならできることもある。そうでしょ?」
「……」
「その通りだ」
灯の言葉を肯定する言葉が、扉の外から投げられる。
スライド式の扉が開かれて、その者は入ってきた。
「誰……?」
「私は、『八咫烏』の隊員、高城だ」
「やた、がらす……?」