ニートな吸血鬼は恋をする 第十六章

「愛人、遅いわね」
「……うん」

二人は病室で愛人の帰りを待っていた。
たった数分の出来事だが、それでも二人にとっては長く感じていた。
二人はもう沈黙が気まずい関係ではない。
だが、どうにも落ち着かず、真紀は口を開いた。

「……これで、終わりなのかな。本当に」
「……? どういうこと?」
「いや、何となく、思ってさ。さっきの人が言ったことが、本当なのかどうかも怪しいし……それに、新堂司が私達を狙わないことはありえない」
「……」

それは灯も感じていたことだ。
いきなり現れた不審者の言葉を信じる気にはならなかったし、なによりあの司が自分たちを野放しにしておくとは思えない。
真紀は戦わない道を選ぶことには賛成だが、やはり不安は残る。

「……いいのよ。別に」
「灯……?」
「もともと、全て上手く行くなんて思ってないわ。彼が言ったことが本当だろうが嘘だろうが……愛人が戦わずに済むなら、それでいいの」
「……そうだね」
「知っているでしょう? 今まで愛人は傷つきすぎたわ。肉体的にも、精神的にもね。このままじゃ、愛人が壊れちゃうわ……それを愛人は良しとしている」

愛人は恋愛不適合者であり、精神構造が常人とは異なる。
自分の大切な誰かのために自分が死ぬことになろうとも正しいことをし続ける。そしてその正しい行いの果てに、自分を含めた誰かが犠牲になっても仕方ないと割り切ってしまう。
そんな矛盾の正義を掲げる精神異常者だ。
司のような敵が現れた以上、愛人が何もしないということはあり得ない。

「もし気休めでも、愛人が戦わないで居てくれるなら、私は嘘を吐くわ」
「……そっか」

灯の言葉に、真紀も納得したように俯いた。

「愛人、いつ退院できるかな……」
「……あなたは問題なさそうね」

どう見ても愛人よりも重症な真紀だが、結構余裕そうだ。
事実、真紀は愛人よりもはるかに回復が早かった。
相変わらず、すさまじい心素を持つ真紀に灯は苦笑する。

「あなたの心素を愛人に分けてあげられたらいいのにね」
「……私もそうしたい。灯みたいに、愛人に血を飲んでほしい」
「え……知ってたの?」

灯はあのときのことを真紀に話した覚えはない。
聞かれたのだろうか。

「私が司にやられそうなときに、ものすごい量の心素を愛人が持っていて驚いたけど、でも同時に愛人から灯の心素を感じたんだ」
「そういうの、分かるものなのね。あなたは」
「うん。特に灯の心素は分かりやすい」
「え、どういう意味?」
「んーと灯の心素って、なんかつんとしてるから」

二人が話していると、愛人が病室へ戻ってきた。

「遅かったわね」
「トイレまでが長くてな。結構体力使ったよ」

愛人はぎこちなく歩き、ベッドへ戻る。
灯はその様子を見て、ふっと微笑んだ。

「なんだよ」
「いやその……こんなに弱ってるあなた初めて見るから」
「うるせぇな。俺は真紀と違って、心素が無い分治りが遅いんだ」
「まぁそれもそうだけど、精神的にも参ってそうな感じ。今まではずっと猫を被っていて、一線を引いていたでしょう? その分あなたには余裕があったようにも思えるわ」

愛人はその言葉に驚く。
珍しく灯が愛人の心を言い当てたからだ。
(相手の心を理解している……準吸血鬼の灯が? ……それとも、俺が血を吸ったからか? ……まぁいいや)
愛人は戸惑いを感じながらも、苦笑する。

「……そうだな。今回の件は、けっこうくたびれた」
「ゆっくり休みなさい。あの男の言っていたことが本当なら、もうあなたは戦わなくていいんだから」
「……そうだな」

愛人はその言葉に、少し目を細める。

「……というか、今更学校行くのマジでだるいな」
「ちゃんと行かないとダメだよ。将来のことも考えてさ」
「真紀ちゃんの言う通りね。いい機会だし、ニートから卒業しなさいな」
「絶対やだ」

そう言って、布団にくるまる愛人を見て灯は呆れるしかない。
真紀はいつものことのらしく、心配そうに愛人を見ている。

「愛人……それじゃあ、大人になったらどうするの?」
「そうだなぁ……まぁ、誰かのヒモになるか、生活保護かなぁ……」
「何ダメ人間みたいなこと言ってんのよ。あなた頭はそんなに悪くないんだから、大学に行けるでしょうに」
「……」

三人がそんな風に雑談をしていると、扉がノックされる。
出てきたのは医者であり、三人の現状と退院の目処を話された。
そしてその後、検察官と警察官が来て事情聴収が行われた。
ちなみに、愛人は結構怒られた。

「あなたは警察からの連絡を無視しただけでなく、緊急時でありながら無断で犯人の下へ独断で向かった。これは恋愛警官の規則を破ったことになります。よって、君の資格は2年間停止します」
「はい……」

そして愛人には2年間の資格停止という処罰が下された。
剝奪されなかっただけマシだが、これで愛人は恋愛警官の仕事はできなくなったのだ。
灯は不謹慎ながらも、ほっとしていた。
そして長い事情聴取が終わったとき。

「協力ありがとうございました。あなた方がこの事件に関して行えることはこれで終わりです。今後は独断で関わることの無いように、お願いします」

あの高城とかいう男の言った通り、愛人たちはもうこの事件に関わる権利が無いらしく、そのことを注意されてから、警察官は帰っていった。

「あの人の言っていたこと……本当だったんだ」
「あぁ、俺も意外だったよ。まさか都市伝説の存在がいきなり俺達の前に現れるなんてな」

すっかり夜になってしまったが、灯は愛人たちと話していた。

「というか、帰らなくていいのか? お前」
「……」
「……なんだよ」

灯はその言葉に、むっとする。

「名前」
「名前?」
「呼んでくれたでしょ。というか、今更恥ずかしがっているの?」
「……別にそんなんじゃねぇよ、灯」

その言葉に、灯は満足そうにうなずいて、立ち上がった。

「私は一人暮らしだから、ここにいても大丈夫よ。それよりもあなたこそ、早く治せるように頑張りなさい」
「分かってるよ」
「それじゃ、私は帰るわね」
「ばいばい、灯」
「真紀ちゃんも、元気でね」
「うん」

灯はそう言って、帰っていった。
そしてその後、三人はかつてないほどの平穏な時間を過ごし始めた。

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