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第十章(終わり)|「最強少女に懐かれた話」ハタガミ|第36回後期ファンタジア大賞 一次選考落選
今回で最後です。(5千字程度)
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
第十章 最強少女と生きる話
「……ん……」
幸一は目を覚ます。眠気が冷め始めて、瞼が自然と開かれる……その途中。
「んっ!? い、だだだだだ!?」
激痛に襲われて叫ぶ。
「……あら、起きたんですね」
ベッドの側で読書をしていた響子が、声を掛けながらナースコールのボタンを押す。
「あだだ……っつぅ~……! ここは?」
「医務室です。ニューヨーク支部の、ですが」
「ニューヨーク……ノアもいるのか?」
「はい。エヴァさんもすぐに来るでしょう。それと、事件のことは全て伝えてあります」
幸一は響子から水を受け取って、それを一気に飲み干す。
「……ミリアムは?」
「隣です。眠っていますよ、今も」
響子が指を指したカーテンの影には、小さなベッドの膨らみがある。
「……そう、か……」
幸一は安心して、大きく息を吐いた。
「……何か、食べますか?」
「……チョコと、ココア」
「かしこまりました」
いつも通りな幸一に、響子は微笑みながら準備する。ミリアムが隣で寝ていることもあり、ゆったりと静かな時間を過ごしていると、ノアとエヴァが現れる。
「やぁ……元気そうだね」
「アホか。体中いてぇよ。……それより、ノア」
幸一はバインダーを持ったノアに話しかける。
「取り敢えず、君の状態から言うね」
だが幸一の言葉を制して、ノアは告げる。
「命に別状は無いよ。鎖骨付近の筋肉が無くなっていたから、お尻の肉を移植したよ。肝臓の方は少し長くなるけど、問題なく完治すると思う。言うまでもないけど、全身の関節と筋繊維が炎症を起こしていたから、安静にね」
「……そうか」
一息ついてから、ノアはバインダーの紙をめくって、本題に入る。
「ミリアムちゃんについてだけど……ひとまず、一命は取り留めたと思っていい。全身大火傷で酷く衰弱しているし、しばらくは寝たきりだろうけど、このまま快復したのなら、向こう数年は確実に生き延びるよ」
「……数年?」
ノアは重々しく、その事実を告げる。
「うん。……分かっていると思うけど、ミリアムちゃんは既に金属アレルギーを発症している。そして今の医学では、体内の金属を完璧に取り除くのは難しい。いや、取り除けたとしても、壊れた神経繊維は元に戻らない」
「……猶予はどのくらいだ?」
「そうだねぇ……成長期ってことを考慮して、五年持てば長い方かな」
続けてエヴァが、今のミリアムのことを率直に告げる。
「ミリアムには戸籍がないとはいえ、テロリストだ。法律的な観点から言うと、間違いなく死刑は免れないだろうね。少年法も当てはまらない」
余命五年。死刑。絶望的な状況に幸一は言葉を失っていた。
「ただ、テロの被害者とすることもできる。あるいは無関係とも」
それはエヴァの権力が為せることだ。
「問題はその後だ。ミリアムを君の下で過ごさせることも、難しくはない。……だがミリアムさえ良ければ、兵士として雇ってもいいと思っている」
「なっ……!?」
響子はその言葉に、驚愕する。
「金属アレルギーだろうと、身体を動かすことはできるはずだ。エディ・クレイがそうだったようにね。少しの間だが、兵士として働くこともできる……どうする? コーイチ」
エヴァは幸一の判断に委ねるつもりのようで、言葉を待っていた。
「……先生?」
だが幸一はその問いに応えられず、響子は怪訝に思う。
「……ミリアムには、それが一番なのかもな」
響子は幸一の目を見ようとするが、幸一は俯いて目を伏せていた。
「いい機会だ。響子。……お前も、軍に戻らないか?」
「……は?」
今度こそ意味が分からず、響子は怒りが湧き出す。
「今回の事件……いや、今回だけじゃねぇ。今までもそうだ。……戦場で巻き起こる人体実験のほとんどは、俺の研究が関わっている。……響子の実験も、ミリアムの実験も……俺の【限界突破】が無けりゃ、存在しなかったものだ」
かつて人体の可能性を探る研究をしていた。人体の可能性を全て引き出したのならば、世界を変える逸材になれると信じて疑わなかった。
実際、その研究の成果物である【限界突破】は、常識では考えられない力だ。
だが多くの人々がその力を求めた。幸一を含め優れた科学者の研究データが狙われることは無論のこと、幸一を真似て非人道的な研究が世界中で行われた。今回のように。
研究者だった幸一が軍用薬剤師として戦場へ向かうことになったのは、そういった研究を根絶やしにするためだった。
「だが、結局こういうことが起きる。きっと……これからもそうだ」
幸一は諦めたように俯いたままだ。別れを惜しむ性分ではない。寂しさはあっても、顔には出さない。幸一は自分が、自分の罪を背負いきれないと理解したのだ。
そんな諦めが、くたびれた表情に現れていた。
「……全部……俺のせいだ。だから――「ち、がいます……!」――……え?」
幸一が決定的な言葉を告げる前に、声を掛けられる。
「ミリアム……!?」
響子がカーテンを開けると、涙を流すミリアムが首だけをこちらに向けていた。
「セン、セー……!」
全身に包帯を巻き、ミイラのような状態だったが、瞳には確かな光が宿っている。
「お、おい……喋って大丈夫なのか……!?」
幸一は動揺するが、ノアは無言で見守っている。
ミリアムは、ゆっくりと手を幸一へ伸ばす。
「……センセー……私……わた、し……センセーに救われた……! 何度も、救われました! センセーのことは、まだまだ知らないけど……でも、それでも……私は、救われたんです! だから……だから……センセーと、一緒に居させてください……!」
子供の泣き声とは、かくも鮮明に響き渡る。ミリアムの声はところどころ掠れていたが、幸一には魂に刻まれるかのようにはっきりと聞こえていた。
「……どうか、恩返し……させてくださいっ!」
「……っ!?」
幸一に向けて伸ばされた、小さな手。ミリアムの想いに呼応するかのように、その手は小さな炎を灯した。炎は一瞬にして消え去り、ミリアムの手は力無く降ろされる。
「……ミリアム……?」
返事はない。再び眠ったようだ。
響子がミリアムの腕をベッドに戻し、静かに布団をかけ直す。
「……ノア。俺の薬は、ミリアムに打っているよな?」
「うん。確か全身痛覚の完全麻酔薬、だよね? 君の懐にあった分だけど、まだ効能は続いているはずだよ。……それに今のミリアムちゃんは意識を取り戻せる状態にはない。それどころか、火傷で神経が傷ついているから、指一本動すこともできない状態のはず」
その言葉に、幸一は確信するしかない。
(……やっぱ、まだまだ分からないことだらけか……)
人体の可能性を誰よりも探求した幸一だからこそ、その果てしなさを理解していた。
人体には、まだまだ未解明のことが溢れている。
(考えてみりゃ、ミリアムは【人体発火】で両親を殺したんだったな……)
つまり『衛星特攻兵団』に人体実験を施される前から、その力を持っていたということ。
その可能性の片鱗を、幸一は目撃したのだ。
自分にミリアムを救うことは、もう叶わないと確信していた。
だがミリアムの、本当の【人体発火】を解明できたならば、あるいは……?
研究心、好奇心が湧き上がる。それはどうしようもない幸一という人間の、魂の性質だ。
「やっぱり面白いね、彼女。……君もそう思うだろう?」
同じ性質を持つ幼馴染が、不謹慎にも目を輝かせる。
「……」
そこでふと【人体発火】の強制起動が、フラッシュバックする。
幸一はこの好奇心が、一度ミリアムを地獄へ突き落したことを脳裏に焼き付けている。
「……俺はこれ以上、被害を増やす訳にはいかねぇんだ」
幸一は突き放すように告げる。もう現役の頃の勇気を、とうの昔に捨てているのだ。
「……いいえ、大丈夫です」
しかしそれを否定したのは、響子だった。
「ミリアムも言っていたでしょう? 先生に、救われたと。……私もそうです。先生に救われました。今でも、鮮明に覚えています」
「……俺は――
「先生には、力が在るのです。それは薬による物理的なものではありません。もちろん、頭の良さでもありません。先生、言いましたよね? 子供には平等であってほしいと。……先生のその想いが……私達のような、【特別】な子供を救ってきたんです」
響子は幸一の手を取る。
「!」
つい見上げた幸一は、響子が涙を流していることに、ようやく気付いた。
「……私がいます。先生」
「だからどうか、これからも私には救えない人々を……ミリアムを救ってください」
その言葉に偽りはなく、真っ直ぐに幸一の心を叩く。
「……僕らも、手伝うよ」
「うん。いつでも癒すよ」
二人の後押しに、幸一はポツリと呟く。
「……そう、か……」
今になってやっと、気付いたのだ。幸一はもう、一人ではない。それが勇気の代わりになるかは分からない。だが少なくとも、幸一の心を動かすには十分だった。
長い沈黙の後、幸一は独り言のように呟いた。
「エヴァ……俺の研究室は、残っているか?」
その言葉に、エヴァは心から嬉しそうに笑みを浮かべる。
「もちろんだよ……! いつから使う?」
「そうだな……まぁ、傷が癒えたら……かな」
「わかった!」
エヴァはそう言って、病室を出て行く。
「おい、まだ話は……はぁ……あの野郎、まだ何にも決めてねぇだろうが」
愚痴る幸一に、ノアと響子はつい笑いがこみ上げる。
「……なんだよ?」
「いえ、ただ……先生にしては珍しく、色々と顔に出ていましたから」
「出ていたって……何がだよ?」
幸一の問いかけに、二人は微笑みを返すだけだった。
「はぁ……なんか疲れたから、もう寝るよ」
不貞腐れたように、幸一は布団をかぶる。
「そうですか……おやすみなさい」
「おやすみ、幸一」
二人は微笑みながら消灯し、病室を出る。
色々と話すべきことがあったはずだが、三人とも軽い足取りで病室を去った。
その理由は、幸一が一番理解していた。
(……ミリアム……)
幸一は、隣で寝ているはずのミリアムに、暗闇の中で視線を向ける。
すぐに眠気が現れ、瞼が重くなる。静かに眠りにつく最中。
(……助けるよ。今度こそ)
勇気を振り絞り、幸一はその決意を固めた。
「んー……センセー、次いってください」
「待て、俺がまだ読んでる」
ソファでうつ伏せに寝転びながら漫画を読む二人。屋敷が壊れたので、二人は『ソリッド・シールド』本部施設の近くで、ホテル暮らしをしていた。
「……というか、いつまで乗ってんただよ」
部屋は広く、十分にくつろげるスペースがあるが、ミリアムは幸一から離れない。
「そろそろ腰が痛いんだが……」
「……センセー? 私くらいの女の子とくっつけるのは、ごほーびなんだよ?」
「アホか。巨乳美女ならともかく、お前みたいな貧乳のガキに乗っかられても意味ねぇよ」
「むぅ~……」
アホらしいとばかりに、幸一は視線を漫画に移す。
二人が緩み切った時間を過ごしていると、声を掛けられる。
「先生? いつまでだらけているのですか?」
「げっ……」
「ミリアムも、行儀が悪いですよ? 早くどきなさい」
「お願い、もうちょっとだけ……」
ミリアムは甘えるように上目遣いで響子を見る。
「……少しですからね?」
困った様に響子はため息をつきながら、ミリアムの頭を優しく撫でた。
「なんか、ミリアムにだけ甘くね?」
対応に差を感じて、幸一は不満そうに呟く。
「まだ子供なのですから、当たり前……って、その本! 成人誌じゃないですか!?」
響子は急いで幸一の手から漫画を取り上げる。
「うっせぇなぁ……別にいいじゃねぇか、それくらい」
「ダメです! 教育的配慮というものを少しは考えてください! だいたい先生は、ミリアムの保護者という立場でありながらその自覚が足りていません! ……あ、耳を塞がないでください! 聞いていますか!?」
説教を始めた響子にうんざりしながらも、幸一は首に当たる感触に違和感を覚える。
「ん、おい……スリスリするな」
「え、なんで?」
「なんかこそばゆいんだよ……あん?」
幸一が首を捻り、その違和感の正体を視認する。
「……髪、結構伸びたんだな……」
「……はい。おかげさまで」
ミリアムは首当たりまで伸びた自分の髪を、愛おしそうに撫でる。
あれから随分と時間が経った。あの事件も、とうの昔の出来事だ。幸一は【人体発火】を完全に封じる薬の開発に成功した。そしてミリアムは体内の金属を、外科手術で全て取り除いた。成長期の最中ということもあり、奇跡的に傷ついた神経繊維も回復しつつあった。
今はまだ戦闘できる程激しく動けないが、私生活には何の問題も無い。
つまりミリアムは本当に、普通の女の子になった。
「おい、分かったなら降りろよ。くすぐったいんだ」
幸一の言葉に反して、ミリアムはさらに体をこすりつける。
「えぇ~、いいじゃないですかぁ……」
「おい……ちょ、力つよっ!? 降りろクソガキ!」
二人がソファで揉み合っていると、ふと響子の説教が止まったことに気付く。
「……何見てんだよ」
先程までしかめっ面だった響子だが、微笑ましそうに二人を見つめていた。
「……いえ、別に……」
「なんだよ? ……お、おい!? 耳を噛むのはよせ! あだだだだだっ!?」
楽しそうに幸一に纏わりつくミリアム。
(不思議なものですね。かつて最強と謳われた少女に、懐かれた……なんて)
二人の姿を、なんと形容するべきかは分からない。
だからもし、この昔話を誰かに語るとすれば。
きっと飾ることなく、そのまま伝えるだろう。
これは、最強少女に懐かれた話だ。
お疲れ様でした。これにて完結です。
反省は色々とありますが、最後くらいは別のことを書こうと思います。
まずは感謝を。ここまで落選したつまらない作品を読んでくださり、本当にありがとうございました。
それから、この作品はひとまず残します。
しかしいずれは改良を重ねて、全く新しい作品としてまた新人賞に応募するつもりです。もし著作権の問題が発生した場合は消すことになるかもしれませんが、そうでなければ永遠に残ります。
この物語は、典型的な失敗が詰め込まれていると感じます。
なので、これからライトノベルの新人賞に臨むという人は、是非この失敗作と同じ過ちを犯さないよう、参考にしていただければこの作品も、少しは報われたかもしれません。
最後に、この物語のテーマは「子供」と「人体の可能性」です。人体の可能性はバトルで、子供はストーリーで表現しようと思っていたのですが、見事に二つとも伝えきれなかったと思います。
プロになるために、これからも精進するつもりです。
感想をいただければ、非情に助かるので是非お願いします。
では