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第四章、第五章|「最強少女に懐かれた話」ハタガミ|第36回後期ファンタジア大賞 一次選考落選

どうも、ハタガミです。
第四章が短かったので、第五章とまとめて紹介します。
(1万3千文字程度)

第四章 最強少女とお出かけする話

 ノアの治療のおかげで、ミリアムの精神は安定し、体調は見事に回復した。

 それから、ミリアムにとってかつてない平穏な日々が訪れた。

「センセー、できました」

「そうか。んじゃ俺は採点するから、適当に本でも読んどけ」

「……あの」

「ん?」

「センセーの……漫画……読んでもよろしいでしょうか?」

「別にいいぜ? ついてきな」

 勉強以外の時間は、ミリアムは時間を持て余していた。

勉強の途中、ふと言ってみたその言葉で、ミリアムは幸一の自室に案内される。

それから、ミリアムは幸一の漫画を読み漁るようになる。

空き部屋に敷き詰められた漫画を読み切るのに、そう時間はかからなかった。

「あの、キョーコ……何か、手伝えることはありませんか?」

「……そうねぇ……じゃあ、清掃を手伝ってもらいましょうか」

「はい……!」

 また響子には家事を教わり、響子が買い物などで屋敷を空けるときには、ミリアムが家事を担当するようにもなった。

 穏やかな生活の中で【人体発火】を使うことは無く、火傷の跡があるものの今ではすっかり普通の女の子の姿となっていた。

 そんな生活が二ヶ月ほど経ち、ミリアムから買い物に行きたいと言い出したのだ。

「……いや、思い返すと懐かれたっつーか、俺にくっついてくるようになっただけだろ」

 幸一は記憶を辿るのを辞めて、響子に愚痴る。

「それを懐かれたというのですよ。……それより、先生……?」

 響子はミリアムが洗面所に入るのを確認してから、穏やかな微笑で幸一を見る。

「最近、ミリアムの先生に対するスキンシップが妙に激しくなっているようですが……まさか、妙なことを教えてはいないでしょうね……?」

 微笑を崩すことなく、響子は手刀を構えた。

「そ、そんな訳ねぇだろ……! それはあれだよ。あいつが勝手に俺の本を勝手に読んでいるだけで――あだぁっ!?」

 幸一が言い訳をしている最中、響子の手刀が振り下ろされる。

「やっぱり先生のせいじゃないですか! 全く……」

「いってぇ……!」

 響子は漫画を拾いながら、いつものように小言を言おうとする。

「いいですか? ミリアムはまだ子供なのですよ? 間違った知識を仕入れて大人になってしまえば、その責任を先生に取れるのですか?」

「いてて……間違ったっていうけどな、俺だけのせいじゃねぇんだぞ?」

「先生以外に誰がいると言うのですか。見苦しい言い訳は――

「お前の集めている男しか出てこない官能小説だって、ミリアムは絶対――ごはぁっ!?」

 響子は幸一に拳骨を振り下ろしてから、洗面所へ駆けだした。

「ミリアム! ちょっと聞きたいことがあります!」

 残された幸一は、計三発の響子の打撃に悶絶しながら、食卓へ向かう。

「いってぇ……にしても、あいつが買い物に行きたいなんて言い出すとはな」

 既に並べられてあった朝食を食べながら、幸一は呟いた。

(俺と同じで、外へ出るのは好きじゃないと思っていたんだがな……)

 女性的な美意識に疎い幸一は気付かないが、その理由はミリアムの髪にあった。

 響子の計らいで幸一が調剤した特製の育毛剤を使い、栄養価の高い食生活を送ることで、たった二ヶ月でミリアムの赤髪はボブヘアにまで伸びていた。

(まぁ……少しはわがままに付き合ってやるか)

 幸一は早々に朝食を終えて、外出の支度をする。

「……ん?」

 いつものようにスーツに着替えていると、真っ黒の家庭用の据え置き型電話が鳴り響く。

「……誰だ?」

「久しぶり、コーイチ! エヴァだよ!」

 その声に社長の貫録は無く、ただの幼馴染として話していることが分かる。

「……用件はなんだ?」

「つれないなぁ……僕はこんなに君が恋しいのに」

「アホか。……ミリアムのことか?」

 幸一は何となくエヴァの用件に思い当たりがあったので、単刀直入に聞く。

「はぁ……君がノアに定期的に会いに行っていると聞いて、僕から電話してやったっていうのに……」

「別にお前に会うためにカリフォルニア支部に通っているんじゃねぇよ。……そう言えばお前、なんでいつもカリフォルニア支部にいなかったんだ?」

 幸一はミリアムの経過報告も兼ねて、カリフォルニア支部でエヴァに会おうとしたこともあったが、この二ヶ月はいつ行ってもエヴァはいなかった。

「そりゃ僕にもやることがあるのさ、色々とね。だが、その用事もひと段落つきそうなんだ。だから、今日だけはカリフォルニア支部に行けるのさ」

「別に俺は行くとは言ってないぞ」

「そりゃないよー」

「電話で済むだろ」

 辛辣な幸一に、エヴァは含み笑いを浮かべて告げた。

「……んー、直接会って見せたいものがあるんだ。それに、今日はうちに来る日でしょ?」

 あの庭での怪我以来、ミリアムと響子の組手は『ソリッド・シールド』のカリフォルニア支部、その地下で行うようになった。

 毎週水曜日。運動を兼ねて、三人は地下に訪れる。

「……なんで知ってんだよ」

「ふふん、僕はいつでも君を見ているよ」

 幸一は大きくため息をついてから、エヴァに告げた。

「……分かった。十四時に向かうから、待っとけ」

「うん」

「じゃあな」

 乱雑に電話を切ったものの、幸一はエヴァの言葉に胸騒ぎを覚えていた。

別に気にすることではないし、会えばじきに分かることだ。

(どうせ下らないことだろ……アホらしい)

 そう結論付けて、幸一は支度を終えた。いつものように響子が運転を担当する。

三人が向かった先は巨大な七階建てのショッピングモールだ。広大な駐車場から、三人はモールに入る。大勢の人々が行き交う大きな縦道の両端に店が並んでおり、それが遠くまで続いている。

 カリフォルニアでも有数のモールで、まるで遊園地のような敷地の広さで安い中古品から高級品まで取り揃えており、初めて来た人が全ての店を回り切ることはまず不可能だ。

 だからこそ、今日も多くの人間が足を運んでいた。

「……」

 煌びやかな装飾品。鼻孔をくすぐる食品。そして色とりどりのおもちゃ。くすぐられた子供の好奇心は、容易く足を引き止めてミリアムは人の波に飲み込まれる。

「ミリアム、止まってはいけませんよ」

「あ、はい……」

 しかし響子がそのずば抜けた感覚で常にミリアムに注意を払っているおかげで、ミリアムが迷子になることは無かった。

「あれ? 響子? おい、ミリアム? どこだ?」

「先生、こっちです」

「あ、おう……」

 代わりに迷子になっている幸一を、響子が呼び止める。

「センセー……手、繋ぎましょうか?」

 ミリアムからの屈辱的な提案に、幸一は顔をしかめる。

「……いや――」

「繋いでください。私もその方が安心です。ミリアムも、私と繋いでいてください」

「はい」

「……わかったよ」

 ミリアムはまるで親子のように二人と手を繋いで歩く。

(二人の手、大きい……)

 今まで他人の手をこんな風に握る機会が無かったミリアムは、握る手の感触をしっかりと感じ取っていた。

(綺麗な手だと思っていたけど……私とは大違いだ……)

 響子の手は、とにかく綺麗で自分ごときが握ってしまうことが申し訳なくなるほどに、気高いものを感じた。

(センセーの手はなんか……)

 それに比べて、幸一の手は柔らかく緩んでいる。

 情けない程に力は入っておらず、妙に温かい。

「……ふふ」

 だが不思議な安心感を覚える。

 もちろんノアの包容力に比べれば微々たるものだが、ミリアムは自然と笑みがこぼれた。

「あん? 何笑ってんだ?」

「……いえ、別に……んふふ」

「……なんだよ」

 幸一は困惑しながらも、その手を離すことは無かった。

「着きました。ここです」

 しばらくモールを進むと、響子はある店の前で立ち止まる。

「……」

 その店を目にして、ミリアムは絶句する。

 ガラスの中にある店内には、知識の乏しいミリアムでも一目で高級店だと分かる。

 ここは響子のお気に入りの個人用の服屋だ。店が雇っているコーディネーターが客にあった最高級の服を選んでくれるので、ファッションセンスのない人でも簡単に様になる服装を揃えることができる。当然だが、かなりの値が張る。

「あの……」

 ミリアムが声を上げるよりも早く、響子が手を引いて三人は入店する。

「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」

 空調が効いた店内の奥から、一人の女性店員が挨拶に来た。

「この子の服を買いに来ました。下着も含めて全身お願いします」

「全身コーディネートですね。かしこまりました。少々お待ちください」

 それだけ言って、その店員はスタッフルームに入った。

「あー、俺外で待っていていい?」

「一緒にいてください。どうせ外にいてもまた迷子になるでしょう」

「……」

 黙り込む幸一に、響子はミリアムに聞こえない小声で耳打ちする。

「先生もミリアムの服を選んでくださいよ」

「あぁん? なんで俺が」

 幸一の愚痴に応えることなく、響子はミリアムを見る。

 そわそわと落ち着かない様子で、周りを見渡していた。

 ほどなくして、スタッフルームから先程の店員とは別の女性が出てくる。

「お待たせいたしました。コーディネーターのケイトと申します。今回はそちらのお嬢様の服を全身コーディネートということでよろしいでしょうか?」

「はい」

「かしこまりました」

 そう言うと、ケイトはミリアムの身体を上から下まで観察する。

「……ふむ、こちらへどうぞ」

 数秒の間見つめてから、ケイトは三人を淑女服のコーナーへ案内する。

「ミリアム、あなたに似合う服を選んでくれるから、好きな服を好きなだけ選びなさい」

「え……はい……」

 遠慮がちなミリアムをよそに、ケイトはハンガーにかけてある大量の服の在庫からいくつか服を取ってきて、ミリアムに提示する。

「お嬢様はブルーベースの白い肌をお持ちですので、寒色系の淡い色がお似合いです。小柄ですがストレートな骨格ですので、フレアスカートなどの生地のしっかりとしたスカートは良く映えると思います」

「ふむふむ」

(……全く分からん)

(なんか、知らない単語ばっかり話してる……)

 専門的なファッション用語でケイトはミリアムの身体を分析しており、ミリアムに似合う服の種類を話すが、理解しているのは響子だけである。

「……というわけで、お嬢様にはこれらの服装が似合うと思います」

 そう言ってケイトは数着の服を響子に渡す。

「なるほど……試着させても?」

「もちろんです。あちらに試着室がありますので、お試しください」

「ほら、行きますよ」

 ケイトが案内する試着室に、意気揚々と響子はミリアムを連れて行く。

 試着室は壁一面が鏡となっており、隅には煌びやかな装飾を施された小さなクローゼットがある個室だ。

「ミリアム、着替えますよ」

「は、はい……」

 明らかに高価そうな服の数々を、響子は試着室でミリアムに着せる。

「んー……いいわね」

 相変わらず口調も所作も丁寧だが、響子はいつになく楽しそうだ。

 有無を言わせない響子に勢いに、ミリアムはただ着せ替え人形となるしかない。

「はぁ……」

 そんな二人を幸一は退屈そうに見つめながらため息をついた。

(車で待っていたらよかったぜ……)

 ファッションにかけらも興味を持たない幸一は、ミリアムの服にも大して興味がある訳でもなく、退屈を感じずにはいられなかった。

(……ん?)

 幸一が試着室の外で待っていると、ふと視線を感じて振り向いた。

 店の外に、壮年の黒人の男がいた。その恰好はまるで浮浪者のように薄汚れており、少なくともこの服屋を利用できる程の金銭的な余裕は一切感じられない。

(……?)

 最初は自分が睨まれていると思った幸一だが、視線の先が違うことに気付いた。

 男の視線の先は、試着室だ。

「……」

 男は幸一の訝しむ視線に気づいたのか、静かに去っていった。

(……なんだ? 響子のストーカーか?)

 響子は毎週買い出しに街へ出る。

 かなりの美貌を持つ響子には、そういう輩の一人や二人いてもおかしくはない。

(……)

 たまたま見た響子に見惚れていただけかもしれないし、そもそも何を見ていたか分からないので、特に気にする必要はない。

 だが幸一は、男の視線に妙なつっかかりを覚えた。

 そんな違和感を断ち切るように、ガチャリと扉の開く音が聞こえる。

「……手で隠さない。堂々としなさい。胸を張って、顎は引く」

「……はいっ」

 試着室を出たミリアムは、見違えた格好で立っていた。

 白のカッターシャツの上から青を基調としたベストを着ており、さらにその上にケープローブを羽織っている。下半身には焦げ茶色のタイツの上にフリルのついた藍色のタイトスカートを履いている。胸元には細いリボンが蝶ネクタイのように付けられていた。

 令嬢という言葉が似合いそうな程、その服装はミリアムに良く似合っていた。

「どうですか? 先生」

 響子が自慢げに幸一に問う。

「……まぁ、いいんじゃねぇの――ゴフッ!?」

 素っ気ない言葉をかける幸一の脇腹に、響子の貫手が突き刺さる。

「おぉ……響子、てめぇ……!」

「女の子がオシャレをしたんですから、もっとちゃんと褒めてください」

「ぐっ……わかったわかった……!」

 幸一は脇腹を抑えながらミリアムをもう一度見る。

「っ……」

 ミリアムは固まっている。視線は遠くにある。

 幸一の反応を覗っているのだろうか?

「……あー」

 幸一は精一杯の誉め言葉をひねり出す。

「……まぁ、その……似合っているぜ? ……可愛いと思う」

 ミリアムはその言葉に、驚いたように目を丸くする。

「……あ……ありがとうございます……!」

 そして頬を赤く染めながら、歳相応の少女の笑顔で、はにかんで見せた。

 幸一はその笑顔に顔を背けて、響子に耳打ちする。

「これでいいんだろ?」

「……まぁ、及第点としておきましょう」

 安心したように幸一は息を吐いた。

「……ふへへ」

「ったく……それより、着ているってことは買うのはそれか?」

「いいえ、まだです」

「……は?」

「……お気に召されましたか? もう数着ご用意しておりますが」

 にやけるミリアムの前に、ケイトが服を持って現れる。

「そうね。それも着てみましょうか」

「……げっ」

 まだまだ時間がかかりそうな気配に、幸一が露骨に嫌そうな顔をする。

「女の子の買い物は時間がかかるものです。先生は財布を出して待っていてください」

 不安げなミリアムの背を押しながら、響子は幸一に耳打ちする。

「……財布持ってるのお前だろ……」

 幸一は盛大にため息をついて、壁に背を預けた。

 いつの時代でも、女性の買い物に同伴する男性には無限とも思える待ち時間を強いられるものらしい。

「はぁ……なんつーか、本当にただの子供になったな、あいつ」

 響子に後押しされているとはいえ、ミリアムはすっかり普通の女の子だ。

(俺の仕事も、半分は終わりか……)

 たった二ヶ月とはいえ、それなりにミリアムは世の中の常識を理解しつつある。

 残るはもう一つの仕事。

(【人体発火】……どうしたもんかね……)

 幸一は待っている間に、ぼんやりとそのことを考えた。

第五章 最強少女と最強兵士

 長い買い物と昼食を終えた三人は、『ソリッド・シールド』のカリフォルニア支部へと向かった。

「やぁ!」

「ふん!」

 ミリアムと響子、二人の拳が交差する。

 二つの拳は互いの顔を掠めた。

「うおぉ……!」

「あれがミス・サナダ! あれほどの実力とは……!」

「もう一人の少女は何者だ?」

「分からん。分からんが凄すぎる……!」

 周りには、筋骨隆々の男たち。

 前に怪我をしたこともあり、組手をするときは『ソリッド・シールド』のカリフォルニア支部、その地下施設を利用することにしている。

 そこは『ソリッド・シールド』の訓練所でもあり、上の階にはノアもいるので安心して組手ができる場所だ。

 屈強な訓練兵たちが様々なトレーニングをする中で、二人は組手をしていた。

 組手用の広場にはマットを敷き詰められており、地面に頭から叩きつけられても大事にはならない。もちろんヘッドギアなどの最新の防具も完備してある。

 始めこそ女性同士が組手をするという異例の事態に、彼らは驚いていた。中には二人を嘲る者もいた。だが組手が始まれば、その明らかにハイレベルな攻防に、今では訓練兵は外野として集まるのが恒例となっていた。

「ふっ! ふっ!」

 ちなみに、幸一は離れた場所で新人用の最軽量サイズのダンベルで筋トレをしていた。

「あぁ……もう、無理……! はぁ……はぁ……! ……ん?」

 息を乱す中で幸一はふと、訓練所に入ってきたその人影に気付いた。

(でけぇな……)

 屈強で大柄な男たちが出入りするこの訓練所でも、一際大きな人影。

「……ん?」

 幸一の視線に気づいたのか、その者は幸一に目を向ける。

 幸一はすぐに視線を逸らしたが、その者は幸一を凝視しながら近づいてきた。

 足音は重々しく、無造作な歩みにすら威圧感を覚える。

「……な、何か御用ですか?」

 そんな圧倒的な体格差に幸一はビビりながらも話しかけた。

「おめぇ……コーイチか?」

 幸一はそのカタコトの日本語に聞き覚えがあった。

「へ……?」

 振り返ってまず目に入ったのは、その破格の体格だ。

 軽く二メートルを超える身長は、引き締められた極太の筋肉に覆われており、広い肩幅から露出した両の腕は彼女の腕力が並みではないことを理解させる。野生的な凶暴性を表すかのような鋭い紅の瞳は、眼光だけで相手を萎縮させる。ミリアムよりも更に濃く、深い真紅の長髪をポニーテールにしたジャージ姿が、辛うじて彼女を人たらしめる判断材料だ。そんな闘争を具現化したかのような大女が、幸一を見下ろしていた。

「お前は、アメリア……か?」

 幸一をはっきりと認識して、アメリアは陽気な笑顔を浮かべた。

「やっぱりコーイチか! 久しぶりだな! 元気か!?」

 バチィッ!!

「ごはぁっ!?」

 背骨が砕けそうなほどに強いハイタッチを背中に叩き込みながら、アメリアは豪快に笑いながら再会を喜んでいた。

「いっっっってぇ~……!」

 響子の手刀など比ではない圧倒的な力に幸一は悶絶する。

「ハハハッ! 痩せているが元気そうじゃねぇか! ……あん?」

 アメリアは幸一の足元にあるダンベルを見つけて首を傾げる。

「……なんだこれ? おめぇ、こんなので筋トレしてたのか?」

 アメリアは首を傾げながら幸一に問う。

「うるせぇな。運動不足なんだから仕方ないだろ」

「え、マジか!? おめぇ、そんなに弱くなっちまったのか!?」

(……相変わらず声でかいな……)

「まぁ引退しちまったから、仕方ねぇか……」

 幸一が呆れながらも懐かしさを覚える一方で、アメリアは少し寂しそうに幸一を見た。

「おい、そんな目で見るんじゃねぇよ。悲しくなるだろ」

「ハハ、悪ぃ悪ぃ! 昔と比べちまってなぁ! おめぇも流石に歳だよな!」

「いやそうじゃねぇよ! ただの運動不足だっつったろ!」

 二人の大声に周りの視線が少し集まり、幸一は少し恥ずかしそうに声量を落とす。

「……ったく……」

「あ、そういやキョーコは一緒じゃねぇのか?」

「あー……響子ならあっちだ」

 幸一は人だかりのできている広場を指さす。

「ん? もしかして組手してんのか!?」

 アメリアは、期待を込めた瞳を広場へ向ける。

「……まぁな」

 そんなアメリアに、幸一はしまったと顔を顰める。

「けど、軽い運動のためだ。鍛えている訳じゃねぇから――おいっ!?」

 アメリアは幸一の言葉を聞かずに、広場へと向かった。

「……あの戦闘狂め……!」

響子とミリアムがしばらく組手をしていると、ブザー音が鳴り響く。

「ふぅ……」

「はぁ……はぁ……」

 三分おきにくるインターバル。汗を流しながら、二人は荒い呼吸を繰り返す。

アメリアは広場へ足を踏み入れ、響子に呼び掛けた。

「よぉ、キョーコ! 久しぶりだな!」

 カタコトの日本語で名前を呼ばれて、響子は振り返る。

「アメリア……!? お、お久しぶりです……」

「んで? おめぇの相手は……?」

 アメリアがミリアムを見た。

「……っ!」

 ミリアムは警戒心を剥き出しにして身構える。

「ん……? おめぇどこかで……」

「……」

「あの、アメリア。組手の途中なので、離れてください」

 インターバルは三十秒だ。響子とミリアムは再び構えをとる。

「そうか。なら……アタシも混ぜてくれ!」

「は、えぇ……?」

「二体一でいいぜ? 久々に骨のある奴と戦いてぇんだ!」

 無造作にゴキゴキと骨を鳴らすアメリア。臨戦態勢は既に整っており、凄まじい威圧感が広場を包み込む。その威圧感に二人はおろか、その場の全員が吞まれていく。

「おぉ! アメリアさん! 帰っていたんですね!」

「アメリアさんの組手を見られるのか!」

「こりゃすげぇことになるぞ!」

 期待を膨らませる外野が、さらに数を増やしていく。

 響子は困ったようにこめかみを抑えたとき。

「おい」

 そこへ、幸一が割り込む。

「ん?」

「お前なぁ、戦える訳ないだろ。響子も現役じゃねぇし、何よりミリアムはまだ子供だ。怪我したらどうすんだ?」

 外野の期待を断ち切るように、幸一は冷静にアメリアを叱咤する。

 インターバル終了を告げるブザー音が鳴り響く中、幸一は外野に向かって頭を下げた。

「皆さんも、期待しているところ悪いですけど、無理なんで」

「……まぁしゃあねぇか。アメリアさんが相手なんだし」

「なんだよ、期待させやがって」

 好き放題言いながらも、外野は自分のトレーニングを再開するために散っていく。

 その様子に、幸一はほっと胸をなでおろす。

「助かりました。先生」

 響子は隅に置いてあったブザーの電源を切ってから、幸一に礼を言う。

「あぁ……ったく、お前はもう少し良識を身に付けてくれよ」

「ミリ……アム……?」

「アメリア?」

 幸一の苦言を無視して、アメリアは怪訝そうにミリアムを凝視した。

「……っ……!」

 ミリアムは大柄なアメリアに凝視されて、つい身構える。

 アメリアは上から下までミリアムを観察する。

「……思い出した」

「あん?」

「コイツ、あのときのガキか。髪伸びていて、気付かなかったぜ」

「知り合いなのか?」

「おうよ。このガキはアタシが仕留めて、捕虜にしたんだ」

「……マジか」

 ミリアムが最強の少女兵だと呼ばれていて、幸一と響子は幾度となくその片鱗を目にしてきた。では、その最強を一体誰が捕虜にしたのか?

 そんな当たり前の疑問が、ここへ来て解決した。

(……まぁ、アメリアなら納得だな……)

 だがアメリアを知る二人は、その事実をすんなりと納得できた。

「……ミリアム、大丈夫ですか?」

 響子は険しい顔のミリアムに呼び掛ける。

「……はい……」

 ミリアムは冷や汗を垂らしながら、かつてないほどに警戒心を剥き出しにしている。

「おいおい、別に取って食おうってわけじゃねぇんだぜ?」

 そんなミリアムを安心させるため、アメリアは笑いかける。

「……」

 しかしミリアムは一言も返答することなく、口を固く閉じていた。

「お前、何したんだ?」

「別に大したことはしてねぇよ。それよりもだ」

 アメリアは気を取り直して、幸一を見る。

「コーイチ、コイツと勝負させろ」

「……いやだから、それは無理だって」

 幸一は呆れたようにアメリアを諫める。

 だがアメリアは声のトーンを落としながら告げた。

「……思い出したのさ。頼まれていたことをな」

 食い下がるアメリアの口調に、幸一は何か意図があることを察する。

 響子は感覚から仕事に関わること、つまり軍事機密が関係していることを感じ取る。

「……誰の命令ですか?」

 響子の問いに、広場の外から答えられる。

「僕だよ」

「……お前ら」

 幸一が振り返ると、広場の縁にはエヴァとノアが歩いてきていた。

「どういうことだ? ノアまで連れてきて……アメリアと戦わせるなんて」

 アメリアが戦うことの危険性をよく知る幸一は、理由を問いただす。

「……ふむ」

 エヴァは周りを見渡してから、告げた。

「後で話すよ」

「……てめぇ」

「……とにかく、戦うんだ。命令だよ」

 幸一の苛立ちを無視して、有無を言わさずエヴァはミリアムに向けてそう言った。

「……はい」

「うし、んじゃやるか!」

 暢気に伸びをするアメリアに、幸一は大きくため息をついてから警告する。

「アメリア……絶対に加減しろよ? 絶対だぞ?」

「分かってるさ」

「少しでも危ないと判断すれば、私が割って入りますからね?」

「あぁ。それでいいぜ」

 響子も入念にアメリアを警告してから、場所を変わる。

 余裕そうなアメリアとは反対に、ミリアムは今も冷や汗が止まらない。

「ミリアム、聞いていた通りだ。何かあったら響子が助ける。ノアもいる。だが……怖くなったらすぐに逃げろ」

「もうご存知だと思いますが、彼女は強いです。……とてつもなく」

 響子はミリアムのヘッドギアなどの各種防具を丁寧に付け直す。

「だから危なくなったら、すぐに逃げなさい。いいですね?」

 二人の言葉に、ミリアムは緊張を加速させる。

「……はい」

「おーい、もういいかー?」

 アメリアは特に準備も装備もせず、無防備に立っていた。

「いけるか? ミリアム」

「……あの、センセー」

 ミリアムは勝負の前に一つ、幸一に問いかけた。

「あの人は……何者なんですか?」

 ずっと気になっていたことだ。アメリアとは何者なのか。

「……あいつは、『ソリッド・シールド』最強の兵士だ」

 幸一が神妙な顔で告げたその事実に、ミリアムは固まる。

「……え?」

「おーい、まだかー?」

 アメリアが間延びした声には覇気は感じられず、むしろ陽気で温かみすら覚える。

「……センセー」

 ミリアムはそんなアメリアを横目で見て、不敵に笑った。

「ん?」

「行ってきます……!」

 ミリアムはそう言って、走り出した。

「え、おい……」

 ミリアムの笑みに呆気に取られる幸一をよそに、ミリアムは全速力で駆け抜ける。

「お、来たな……!」

 アメリアも駆け出したミリアムに、不敵な笑みを返す。

 ミリアムは射程に入った瞬間に飛び上がった。

「やあっっっ!!!!」

 首の根元を的確に狙ったミリアムの拳は、流れるようにアメリアの首へ吸い込まれ――

 ガシッ

「っ!?」

 ミリアムはアメリアに片手で頭を掴まれて、空中で静止する。

「いい踏み込みだ」

「う……!? っ……!」

 万力のように固く閉じられたアメリアの握力に、ミリアムは身動きが取れなくなる。

「よっ」

 そして、アメリアは軽く腕を振るう。たったそれだけで、勝負は決した。

「う……」

 アメリアが手を離すと、ミリアムは落下する。

 どしゃっ、と受け身も取れずに力無く倒れ伏した。

「……うわぁ……」

 幸一はその瞬殺劇に、苦い顔をする。

(わかっちゃいたが、相変わらずバケモンだな……)

 ミリアムの体重は五十キロ強。

 弾丸のような速度で飛び込むミリアムを難なく掴み取り、片手で宙づりにする。

それだけでも超人的な握力を要するが、さらにアメリアはミリアムを揺すった。

人間の頭部を、まるでドレッシングのように軽くシェイクした。

そんな人外の離れ業をやってのけるのは、アメリアくらいだろう。

(衰えてない……どころか、遥かに強くなっているな……)

 ミリアムが『衛星特攻兵団』における最強の少女兵だとするのなら、『ソリッド・シールド』における最強の兵士は間違いなくアメリアだろう。

 アメリア・グローリア。

カナダ出身の白人であり、生まれついての強すぎる男性ホルモンにより、常に【特別】な筋肉が過剰発達することに加え、骨硬化症という【特別】な持病を患っていた。幸一の治療と内臓を圧迫する骨を整形する外科手術を繰り返して、今の巨体となった。

桁外れの骨密度を誇る鋼鉄の骨と、抜群の筋密度を誇る強靭な筋肉。

その身に宿る身体能力は、【一騎当千】。

「……おい、響子。ミリアムを運べ」

 幸一は医務室にミリアムを運ぼうと響子に呼び掛けるが、響子は動かない。

「……何か変です」

「何言ってんだ? 終わっただろ」

 意味が分からない幸一は、首を傾げながら広場に足を踏み入れようとしたとき。

「まだだコーイチ。……離れてな」

 アメリアも何かを感じているようで、倒れ伏すミリアムに警戒を解いていなかった。

「あん?」

 怪訝に思いミリアムを見れば、微かに手が動いていた。

「……マジか」

 ミリアムは震える手をついて、自力で立ち上がる。

「……お、おい……ミリアム」

 もう止めよう、と幸一は呼びかけようとして、気付いた。

(……意識がない)

 ふらついた足取りのミリアムには、まるで幸一の言葉が届いていなかった。

 そんな状態でありながら、ミリアムはアメリアを睨んでいた。

「こっからが本番か……いいぜ? 来な」

 アメリアがそう呟いてから、一歩踏み出した瞬間。

「っ!」

 ミリアムは倒れ込むように姿勢を低くして、足払いをかける。

「お?」

 バチィッと鈍い音が響くが、アメリアは微動だにしない。

 間髪入れずに、ミリアムは飛び上がる。体を旋回させながら、顎へ向かってハイキック。

「うおっ」

 アメリアは無防備に顎を跳ね上げられて、後ずさる。

「んっ!」

 さらに上空から、眼球へ向かって拳を振り下ろす。

咄嗟に目を瞑ったが、アメリアはまともに拳を叩き込まれた。

 脇腹、股間、こめかみ、側頭部と急所を狙うミリアムの猛攻は止まらない。

「……マジかよ」

 とても意識が飛んでいるとは思えない連撃でアメリアを叩き続けるミリアムに、幸一は驚愕していた。身体能力にではない。今までもミリアムの凄まじい組手を見てきた幸一からすれば、これほどの猛攻も不可能ではないことは分かっていた。

「……フヒヒッ」

 ミリアムは、笑っていたのだ。

 明らかに戦いを楽しんでいるその姿に、幸一は言葉を失っていた。

「……ハハッ、いいねぇ」

「うっ!?」

 アメリアは急所への攻撃を受けながら手を伸ばし、ミリアムの首を掴む。

「いい顔だ」

 ミシッ……!

「っ……!?」

 アメリアの握力は、軽く人間の頭蓋骨を握り壊すことができる。

 子供の首など、へし折るのは造作もない。

「さぁ……どうする?」

 ミリアムがその怪力の片鱗を、アメリアから感じ取った瞬間。

「うおっ!?」

 アメリアは咄嗟に手を離す。

 見ればミリアムの首元は、赤熱していた。

「あれが例の……」

「火傷の原因はあれだったんだね」

 エヴァとノアは初めて見る【人体発火】を興味深そうに観察する。

(【人体発火】だと!? 薬で抑えていたはずなのに……!?)

 発火こそしていないものの、ミリアムの身体に凄まじい熱が宿っていることがわかる。

 幸一は不完全とはいえ【人体発火】を起動するミリアムに、酷く動揺する。

「はぁ……はぁ……!」

 次第に首だけでなく、ミリアムの手足が赤く染まっていく。足元のマットが溶け始める。

「……触れれば火傷じゃ済まなそうだな。面白れぇ……!」

 どこまでも余裕そうなアメリアに向かって、ミリアムは飛び込んだ。

「はぁ……はぁ……! ……ふっ!」

 先程とはまるで状況は違う。触れるだけで大火傷だ。

 ミリアムの拳が、アメリアの喉元に迫る――刹那。

 

 バンッッッッッッ

 

 凄まじい衝撃音が、木霊した。ミリアムはバウンドしながら吹っ飛んでいく。

「っ!」

 二人の組手を【未来予知】で見ていた響子が、壁に激突する前にミリアムを抱き止めた。

「ミリアム……!」

 響子は腕が火傷することも厭わずに、ミリアムを見る。ミリアムは完全に意識を失っており、微動だにしない。その惨状を見たエヴァが、すぐに指示を出した。

「ノア!」

「うん!」

 急いでノアが駆け寄り、ミリアムを見る。

「……大丈夫。気絶しているだけだよ」

「……そうですか」

 安心したように、響子はミリアムを寝かせた。

「……やりすぎだ。バカ」

 尋常ならざる衝撃音に、訓練兵たちの注目を集める中、幸一はアメリアに毒づいた。

「……そう見えるか?」

 幸一はアメリアの視線の先、アメリアの掌を見て気付いた。

「お前、それ……!」

 アメリアの掌は焼け焦げており、今も煙が出ていた。

「あのガキ、アタシが張り手をかました瞬間にアタシの手を焼きやがった」

 アメリアは熱を逃がすように、軽く手を振りながらエヴァに告げる。

「……これでいいんだろ? 社長」

「あぁ、よくやった。その手はノアに治療してもらうんだ。……それじゃあコーイチ、キョーコ。僕について来てくれ。……ノア、ミリアムを頼む」

「うん」

 それだけ言って、エヴァは広場を去る。

「え、おい……」

「……行きましょう、先生」

(エヴァのやつ、どうしたんだ……?)

 さっきから強引なことばかり言うエヴァに少し違和感を覚えながらも、幸一はミリアムを置いてエヴァについて行った。


はい。これで第四章と第五章は終わりです。

ちょっとアメリアを掘り下げ過ぎたと思います。ノアもアメリアも、主人公である幸一を引き立てるために登場させましたが、これではアメリアの方がカッコよく感じる人もいるでしょう。あくまで、「こんな超人達にも一目置かれる幸一」というのを強調するべきでした。買い物の下りは、少しくどかったかもしれません。読者はファッションに興味があるわけではないので、服の説明ではなく買い物を通した幸一とミリアムと響子の会話に文量を割けば良かったと感じます。

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