管長日記「いよいよ」解釈20241207
今日は雰囲気が明るい感じがする。老師の語りの感じがだ。
臘八摂心も6日まできた、といった感じだろう。終りが見えると元気になってくるものだ。それはわかる。
臘八攝心は、日曜の夜から月曜の朝で1夜で1日なのだ。月で2、火で3、水で4、木で5、金で6と、土曜の朝に6日立った、ということだ。
構成:
■1.12月8日(日)について
■2.白隠臘八示衆第六夜示衆、原文
■3.第六夜示衆、千光明惠爲茶之祖と夫茶之爲能、以苦爲體
■4.第六夜示衆、文溟和尚
■5.第六夜示衆、三夜の坐禅
「さて、いよいよ臘八の摂心も終わりを迎えます。八日にお目にかかれることを楽しみにしています。」
やはり、やっと終わるといった感じがある。
■1.12月8日(日)について
「本日十二月七日です。いよいよ臘八も、本日の晩から八日の未明にかけて、ようやく終わりを迎えます。」
この始めの文で、「終わり」を出したことが、実際にもう終わるということなのだろう。老師はもう40回くらい、臘八攝心をやっているはずだ。おそらく、ここまでくると、もう「終わり」なのだろう。
「今年は、八日が成道会であり、そして第二日曜日にあたりますので、日曜説教でもあります。」
wikiにこうある。
成道会(じょうどうえ)とは、釈迦の成道(悟りを開いた事)を記念して行われる法要(行事)のことである。日本独自の伝承では、釈迦は臘月(旧暦12月)の8日に成道したとされているので、成道会を臘八会(ろうはちえ)とも称し、この日に法要が行われる(中国撰述の史書では如月(旧暦2月)の8日に成道したとされる)。南伝仏教では、ウェーサク祭として、5月の満月の日に仏誕会、涅槃会と共に行われている。
(臘八接心)
禅宗の僧堂では、成道を記念して旧暦12月1日から8日にかけて昼夜を通して接心する修行が実施されている。この間は睡眠も結跏趺坐したまま執る。これは「臘八接心」(ろうはちせっしん/ろうはつせっしん)或いは「臘八大接心」(ろうはちおおぜっしん/ろうはつだいせっしん)と呼ばれる。
「最近は日曜説教も録画で配信していましたが、成道会の日でもありますので、ライブ配信でお届けします。午前9時からであります。」
最近、日曜説教といわず、ライブ配信はしていなかったようにおもう。
「また日曜説教のあと、午前十時二十分から佛殿で成道会の法要をおつとめします。
日曜説教が終わった後、坐禅会に出られる方、写経をなさる方、いろいろいらっしゃいますが、そのまま佛殿に移動していただければ、成道会にお参りできます。一時間ほどかかる儀式です。途中退席はできません。また佛殿には暖房がありませんので、寒いことは覚悟してもらわないといけません。」
老師は、案内をしないとならない。
「お釈迦様が苦行を終えて山を出て来られる出山像を掲げて法要を営みます。八日の未明まで橫にならずに摂心をしていた修行僧達も参列して行道します。修行僧達にとっては今晩から明日の未明までが正念場となります。」
老師としては、もう6日といったのは、当事者でないからかもしれない。修行僧としては正念場ということだが、ここでやめてしまう僧もいないだろう。イベントもあるし、悟っている暇もないかもしれない。
■2.白隠臘八示衆第六夜示衆、原文
「さて、臘八示衆の第六夜を読んでみます。こちらも長い文章なので、意訳して紹介します。」
まず原文全文。
東嶺圓慈『五家參祥要路門』
第六夜示衆曰(于時侍者行茶)建仁開山千光祖師入宋時。偶中暑患癉。
有一老翁爲飮茶。癉速治。因齎茶實來貢禁廷。種之於宇治縣。又贈明惠上人。
上人亦種之於栂尾。故以千光明惠爲茶之祖矣。夫茶之爲能。以苦爲體。
故能養心臟。心臟治則四臟自平也。明惠上人曰。茶能除睡眠。修道人可喫者也。
又外論之。則養心臟。苦修爲第一。專著精彩苦修徹骨。則神氣朗然。故慈明曰。
古人刻苦光明必盛大也。禪關策進曰。役心不已得果證。果證決定義也。
是故汝等宜貴苦修也。近頃奧州有文溟和尚者。欲見予百計六年。遂來求掛搭。
予曰。縱賜紫大和尚。法眼未明。於予爲小僧。呵罵猶未足。若身存世儀。
意抱尊大。見予何益之有哉。曰。某誠爲大法乍入叢林一沙彌也。
請和尚不惜慈悲接得焉。喝雷棒雨豈敢惜命哉。因許入室。一夏九旬之間。
刻苦精錬。喫予手中棒擧不可計。果契證我宗向上大事。臨行長約取弟子禮。
然則勇猛一機竟至法成就。可不愼哉
■3.第六夜示衆、千光明惠爲茶之祖と夫茶之爲能、以苦爲體
「第六夜に修行者たちにお説法しようとしたところに、白隠禅師の侍者がお茶を持ってきました。これは、お説法や提唱の折にはお茶を持って来るのが習慣となっています。そこで白隠禅師は、お茶にちなんだ話をなされました。建仁寺の開山、千光祖師こと栄西禅師が宋の国に修行にゆかれた時のことです。
「偶々暑に中って癉を患う」と書かれています。
「癉」というのは、❶{動詞}やむ。やみつかれてやせる。❷{動詞}つかれる。精気が尽きてやせる。❸{名詞}病気の名。黄疸。▽「疸」に当てた用法。{名詞}病気の名。おこりの一種。熱病。と辞書には解説されています。
暑さの為に病気になったところを、ある老翁が、栄西禅師にお茶を飲ませたら、元気になったのです。そこで栄西禅師は茶の実を持ってきて、宇治にうえたのです。それからまた明恵上人に差し上げて、明恵上人はお茶を栂尾(とがのお)に植えられたのでした。」
ここまでが、「第六夜示衆曰(于時侍者行茶)建仁開山千光祖師入宋時。偶中暑患癉。有一老翁爲飮茶。癉速治。因齎茶實來貢禁廷。種之於宇治縣。又贈明惠上人。上人亦種之於栂尾。」
「白隠禅師は、栄西禅師と明恵上人が茶の祖だと書かれています。お茶は苦いのが本体だと書かれています。たしかにお茶は苦いものです。この苦いのが、心臓を養うのだと説かれています。心臓がよくなると他の五臓のうちの四つの臓も自ずからよくなるのです。」
「故以千光明惠爲茶之祖矣。夫茶之爲能。以苦爲體。故能養心臟。心臟治則四臟自平也。」
「明恵上人は、お茶は睡眠を除いてくれると仰せになっています。坐禅修行には眠気はつきものです。この眠気をはらうのにお茶はよいというのです。修行する者は、お茶を飲むべきだと白隠禅師は説かれています。心の臓を養うのは、苦労して修行するのがよいと書かれています。苦労して修行してこそ、精神も朗然としてきます。」
「明惠上人曰。茶能除睡眠。修道人可喫者也。又外論之。則養心臟。苦修爲第一。專著精彩苦修徹骨。則神氣朗然。」
「慈明禅師が古人刻苦なる光明必ず盛大なりの語を引いて、苦労して修行することの大切さを説いてくださっています。苦労しあきらめず、やめずに努力してゆけば、大きな結果が得られるということです。そこで修行者たちは苦労して修行すべきだと示されているのです。」
「故慈明曰。古人刻苦光明必盛大也。禪關策進曰。役心不已得果證。果證決定義也。是故汝等宜貴苦修也。」
■4.第六夜示衆、文溟和尚
「近頃奥州に文溟和尚という者あり。」と文溟(ぶんめい)和尚の話が出てきます。
この和尚、白隠禅師にお目にかかって修行しようとして、六年もかけていろいろと準備をしてようやく、白隠禅師のもとに来て掛搭しようとされました。白隠禅師は、たとえ紫の法衣を着るような大和尚だといっても、仏法の眼が開けていなければ、私のところでは小僧と同じだといって、厳しく罵り鍛えたのでした。
いくら罵っても足らないというのです。これは自我意識をなくすための修行であります。もしも自分がまだ世間の儀礼を残していて、自分は紫衣の和尚だというような尊大な思いをもっていれば、なんにもならぬぞと言われています。
文溟和尚も、私は仏法を求めて来た新参者の沙弥に過ぎません、どうか慈悲を惜しまず私を指導してくださいと頼みました。いくら一喝しようと棒で雨のように打とうと何も惜しまず導いてくださいというのです。そうして白隠禅師のもとで一夏九十日の間、白隠禅師の室内で厳しく棒を喫して修行されたのでした。そうして向上の大事という、奥深い真理を悟られたのでした。お別れするときには、これからも長く師弟の儀を取る事を約束されました。」
「近頃奧州有文溟和尚者。欲見予百計六年。遂來求掛搭。予曰。縱賜紫大和尚。法眼未明。於予爲小僧。呵罵猶未足。若身存世儀。意抱尊大。見予何益之有哉。曰。某誠爲大法乍入叢林一沙彌也。請和尚不惜慈悲接得焉。喝雷棒雨豈敢惜命哉。因許入室。一夏九旬之間。刻苦精錬。喫予手中棒擧不可計。果契證我宗向上大事。臨行長約取弟子禮。」
「勇猛に修行すると、仏法も成就することになると白隠禅師は説かれました。」
「然則勇猛一機竟至法成就。可不愼哉」
愼は慎む。慎むべからずかな、つまり遠慮なくやれ、というと語弊がありそうだ。惜しむなといったところだろうか。
文溟和尚についての逸話は、昨年の同日の管長日記で紹介されている。
■5.第六夜示衆、三夜の坐禅
お茶についての山本玄峰『無門関提唱』の引用(p.396の方、『無門関提唱』には2回分の臘八示衆が掲載去れている。)
「わしは目が見えんので虫めがねばかりで本を二晩も三晩も読んだことがある。
虎渓(岐阜)におる時分に、本堂の裏の周囲に茣蓙を立て回しておいて、虫めがねで本を見るのじゃ。小さな豆ランプを入れて、石油を買ってきて山へ隠しておいて、三晩も四晩もつづけて本を読む。字をちよつとも知らんのじゃから、人は下見、かえり見してするけれども、とても禅堂で本をこうやって見ることはさせん。講座に行つて本をとつて見ることもできん。老師が気をつけて本を素読してくれたつて、こつちは字を知らんからわからん。さあ、字を覚えるのに三日も四日もそういうところへ夜になると入つて覚えた。そのときに茶を買ってきておいて、ちょつとかじる。いいお茶じやったらほんの三葉か四葉、口へ入れて苦いやつをかじりかじりやると、スーツと目が覚める。そうして明けの日、作務があればともに作務もした。何でもともどもに働いてやつておったが、そうこたえない。」