「小説 雨と水玉(仮題)(11)」/美智子さんの近代 ”水玉のワンピース”
(11)水玉のワンピース
啓一が美智子に会ってほしい、と電話したのは確かに突然のことだった。そういう性質の者にときどき起きる発作的な情動だったかもしれない。
その頃寮住まいをしていて電話機など部屋になく増してや携帯やスマホなどない時代だった。矢も楯もたまらず公衆電話に走った。
会ってほしいことを伝え、断られなかったのですぐに日程は来週末、場所は大阪梅田、というふうに矢継ぎ早に話したが、特に不信がったり問題となったりする様子は無いようだった。夢中だったので相手の様子や気持ちはわからなかった。
電話の有った翌日天気の良い日曜、美智子はたか子を連れ立って出かけた。
昼食後、二人でブティックを巡った。
「お姉ちゃん、彼氏どんな人なん?」
「ちょっと変わってるけどいい人」
「なんか変な人やないやろねえ、いつ知りおうたん?」
「2、3年前かなあ、もうお勤めしてて、たしか25やと思うねんけど、無口な人であんまりしゃべらへんけど去年の春先には、大学院を卒業してアメリカ旅行へ行った時のことは熱心に話してくれはったんやけど。」
「そしたら四つも年上かあ、やっぱり可愛めのワンピースがええんとちゃう?
でも2、3年前から知ってるのやったら、どう変わってるか教えてよ」
「そうやねえ、どう言うたらええんやろ、なんか突拍子もないことしそうな感じと言うか、よく言えば夢がありそうな感じというか」
「あっ!、お姉ちゃん、そういうところに惹かれたんでしょ。」
「たかちゃん、詮索しすぎ、まだ自分でもわからへんねんから。
でもスポーツマンやからさっぱりはしてる。ただ、身なりとかはあんまりかまへんタイプ。大学に残るのかなって思てたんやけど、就職して広島の研究所に勤めてはるらしい。」
「ええやん、お姉ちゃん、それ。お姉ちゃんにはもったいないわ。
これは、いよいよ服ちゃんと決めていかなあかんわ。
なあなあ、どんなワンピースにしよ?
可愛めのがいいけど、、、、」
「あんまり派手なのは好みでないと思う。落ち着いてるけど可愛めのものっていう線かなあ」
「さっき言うてた、去年の春に話してくれはったいうのは、どんな話なん?」
「なんかね、『雨に唄えば』っていうミュージカルあるでしょ、その映画を観たことがあって、ニューヨークのブロードウェイで舞台ミュージカルを観たんやて。そんなん好きなタイプと違う思ってたんやけど、なんかすっごく好きらしくて、とうとうと話してはったのよ」
「わたし、見たことある、『雨に唄えば』」
「えっ!あんた観たことあんの?」
「ジーンケリーが雨の中で歌って踊りまくるやつ、とっても素敵よ。でもちょっとノー天気タイプかもしれへんね。」
「うん、そうかもしれない、そんな感じするする(笑)」
「アッ!、ちょっと待って、
可愛い水玉模様でいいかもしれん、水玉探してみよや、お姉ちゃん」
「でも水玉って、まだ季節的に少し早くないかなあ?」
「お姉ちゃん、ここにあったよ、水玉。この白地に水玉模様、どうやろ?」
「うん、いいかもしれへんね、試着してみよか。」
「どう?たかちゃん?似合ってるかなあ?」
「うん、七分袖しかないんやろか、ちょっとまだ季節的には早いかもしれんねえ。この土曜日やから、少し寒いかもしれないよ。
似合うのはにおてるし、いいと思うねんけど。
店員さん!この七分袖、今週の土曜日ではちょっと寒いでしょう?」
「ええーっと、普通はまだ少し気温低いかもしれません。でも今週はたしか、暖かくなるって予報で言うてましたよ」
「あ、そうですか。
お姉ちゃん、コレで行こ!、これがいいわ、
『雨に唄えば』の雨に水玉で彼氏に合わせる。そうしよ!」
「大丈夫かなあ、水玉に乗せられてしもたけど」
「なんなあ、お姉ちゃん、乗り気でないの?
それやったら、水玉はやめといたほうがいい。」
「そんなん言われると自信無くなってくるけど、、、、
ああ、どうしよ?
どうしたらええと思う?なあ、たかちゃん?」
「そんなん、わたしが決めることちゃうよ、お姉ちゃんが決めな。
自分の気持ちに正直にすること。
お姉ちゃん、しっかりせな」
「うん、そやね、落ち着いて考えてみる。」
結局、美智子は白地に黒の水玉の七分袖のワンピースを着ていくことにした。そして当日土曜日、少しの揺れる気持ちを感じながら約束の場所に向かっていった。