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「小説 雨と水玉(仮題)(43)」/美智子さんの近代 ”お父さん”

(43)お父さん

「あの、お土産と言ってはなんですけど、皆さんで召し上がっていただければ」と言うと
お母さんが、
「ありがとうございます、さあ、どうぞお座りください」
と促されて座った。正面にお父さん、その左にお母さん、そして右に少し離れて妹らしきお嬢さんが座っていた。美智子は啓一の隣りに座った。
「どうぞよろしくお願いします。
あの、自己紹介させてもらっていいでしょうか?」
「早速で申し訳ないねえ、お願いします」とお父さんが言ったので、
「はい、あの、佐藤啓一と申します。美智子さんとはH大の修士一年のとき、もう五年前くらいまえになりますか、そのときにH大のサークルで一緒になりまして、知り合いました。それから二年くらい一緒に活動させてもらいまして、私は修士を卒業して就職しまして四年目の社会人で、C社っていう会社、東京にあるんですけど、その会社に勤めています。美智子さんとは最近からお付き合いさせていただいています、はい」
「そうですか、大学ではどういう勉強されたんですか?」
「あの、化学という学問です。そのなかで有機化学という分野でして、今それをもとに機能材料の技術開発を会社ではやっています。」
「ほう、仕事は忙しいんですか?」
「はい、忙しいと言えば忙しいんですけど、時間を掛けてやらないことにはいい技術を開発することも難しいと思いますので」
「なるほど」と少し間をおいて
「それで美智子とは最近からお付き合いが始まって?」
美智子にちょっとした緊張が走るのを啓一は感じたが、
「はい、あの二か月前に偶然、曽根駅で会いましてそれからです。
それから毎週会う中でお互い気持ちが近づきまして。
正直申しまして、私の方は大学にいるときから美智子さんのことは素敵な女性だと思っていましたし、その間長くお互い接してきてよく理解し合ってきたと思っています。
今日来ましたのも是非美智子さんと結婚させていただきたいということです。」
そばで美智子が頷いていた。
「うん、なるほど」とお父さんが言ってしばらく沈黙が続いた。
美智子は。お父さん、そこで「わかった」と言わなあかんわと思った。
すると唐突にお父さんが、
「ところで君、趣味はなんなのかな?」
「はい、あんまりこれと言ったものはないんですが、ジョギングと少し歴史関係の読書くらいでしょうか。」
「ほう」
「あっ、そのこれはちょっと入れ込んでますが、寅さん映画が好きです。」
「ほうほう、寅さんが好きか、あれはおもろいなあ、僕も好きや。
どの映画が好きなんや?」
「はい、やはりあのリリーの出てる映画が好きです。三作ありますけど」
「うん、確かに、あの三作はほんまにええなあ、そうかあ、僕も大好きや、うん、それは嬉しい」
「ええ、もういい場面がいっぱいありますでしょう?」
「うん、そうなんや、君、よくわかってるなあ、うん」
「あの、第一作の忘れな草の、網走での出会いの場面なんか、リリーの堪らない魅力が、、、」
「うん、うん、そうそう、浅丘ルリ子はほんまに名女優やと思うな、うん、うん。
なあ、佐藤君、君、飲めるんやろ?」
「ええ、少しは」
「ビール飲もか、ええやろ、君?」
「はい」
「お母さん、ビール持っといで。
ええから、ええから」
お母さんが瓶ビールと皆のコップを持ってきて、お父さんが栓を抜いたので、啓一が手早く私がつぎますと、瓶を持ってお父さんのコップについだ。お互いつぎあって、お父さんが、
「そうかあ、二作目もええやろ、君?あの場面憶えてるか?リリーをキャバレーに送っていったあととら屋で寅さんがほら?」
「はい、リリーに帝国劇場で一度歌わせてやりたいっていう、あの渥美さんの演技はほんまに感動しました。」
「そうやそうや、あれはほんまに名場面やなあ、うん、
あ、飲みなさい、もっと」
「はい、ありがとうございます」

しばらくお父さんと啓一にしかわからない話が続いていて、そのほかの三人はぽかんとしていた。美智子は父がいつになく機嫌よく話をしているので安心した。
しばらくしてお父さんが、
「ところで式はいつごろにするつもりなのかな?」
と言ったので、啓一が、
「これから、美智子さんの仕事をどうするかを決めて、こちらのご両親や私の両親とも相談して決めていきたいと思います。美智子さんが仕事を続けたいということですので私はそれは希望の通りになるように協力したいと思っています。」
「うん、そうか。
美智子!」
「はい」
「わがまま言うてるんと違うやろな」
「お父さんの娘やからわがままは言いません!」
「は、は、は(笑)、これは美智子に一本やられた(笑)
あっ、忘れてて申し訳ないけど、啓一君のご両親のお住まいは?」
「はい、神奈川県に。今は弟と住んでいます。私の住んでる寮から1時間くらいです。」
「お父さん、わたしの紹介もまだ済んでないよ」とたか子がしびれを切らして割って入った。
「あ、そうそう、美智子の妹のたか子です。これがうちの家族なのでよろしく」
「たか子です。お姉ちゃんからよく伺ってます。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
またお母さんが気になっていたらしいことを、
「そしたら式は東京で挙げるつもりなの?」
「いえ、まだ決めておりません。これもご相談して決めたいと思います。」
「啓一さんのご両親としては東京でっていうことでしょうねえ?」
「まだ、式を何処で挙げるかまでは相談してませんので」
「お母さん、それは今でなくていいでしょ」
と美智子が言うと、お父さんが、
「美智子の言う通りや。な、母さん」

それからも和やかに話が進んで、夕飯までごちそうになり啓一は帰宅することになった。帰り際にお父さんが
「啓一君、大阪に毎週来るんやったら、今度はウチに泊って行きや」
お母さんも、
「そうそう、ウチはかまいませんよ、是非そうしてね」
「はい、ありがとうございます。是非また寄せてもらいます」
「うん、美智子も準備やらで東京へ行かんならんな、その節はよろしくお願いしますよ」
「はい、仕事のことや新居のことなどの準備もありますので、美智子さんにもこれから東京へ来てもらうことになると思います。よろしくお願いします。」

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