「BSテレ東 『男はつらいよ』第十七作『寅次郎夕焼け小焼け』」
第十七作寅次郎夕焼け小焼けは秀作です
ファンの中では、この第十七作を最高作と挙げる人が少なからずいます。なるほど龍野芸者ボタンこと太地喜和子がマドンナの、第十七作はまことに秀作だと思います。
龍野の古式ゆかしき風景に重なる、二すじの恋
龍野に広がる日本の原風景のように美しい自然と街並み、人々の姿。
その中で、二すじの恋物語が劇中で語られていきます。
一つ目の恋
一つは、龍野に生まれ育ち、功成り名を遂げ老人となった日本画家。その老人が故郷の龍野に招かれ、役所の案内を断って訪れたのは若き日に恋した女性の実家だった。女性は老い、家族を持たずに一人暮らしをしていた。そしてしばしその家で二人は語り合う。
老いた画家は、恋をし、その後も恋焦がれ続けた女性に、真意を告げる。私があの時、、、しておけば、と。
老いた女は、暖かく淡々と、人生にはこうしておけばよかったという後悔とこうしなければよかったという後悔がいずれもあるのだと、画家に告げる。
宇野重吉と岡田嘉子の演技を超えた、静謐のカットに観客は胸を湿らせる。
人老いれば、若き日の純愛が胸に迫りみなここで泪するだろうと思う。
二つ目の恋
二つ目の恋は「とらや」で絶好調を向かえる。
龍野で仲良くなった寅と龍野芸者ぼたん。「とらや」に帰り、龍野の思い出にふける寅の前に、突如ぼたんが現れる。再会を喜び、愉しく戯れる二人、恋ごころが静かに再燃していく。
次の日、ぼたんの上京の理由が明かされる。
両親を早くに失ったぼたんが弟たちのために必死で働き、ようやく貯めた200万円(今の価値では10倍はあるか?)を騙し取られ、それを奪い返しにやってきたということだ。合法的な手続きを取り騙した詐欺師を追いかけ、タコ社長と一緒にようやく居所を捕まえたが、法律を楯にされ抗議を繰り返すもまったく手が出ない、どうしようもない無力感で「とらや」に帰る。
「とらや」で吉報をかならずや、と待っていた寅はタコ社長に詰問するが、首を横に振ったタコに腹立ちまぎれに襲い掛かる、いつものドタバタと違うドタバタが、、、、
説得を繰り返され、事情を呑み込む寅は、一人意を決する。そして詐欺師に実力行使に向かうべく男の決意を懇々としかも勇ましく語り、とらや一家に今生の別れを告げる、そして勇んでとらやを出ていく、、、、、
詐欺師の居場所もわからず出て行った寅を、情けなく思い、一方でホッとするおいちゃん、おばちゃんにさくら、ひろし。おいちゃんが、ぼたんに同意を求めようとすると、、、、、
本作最高の名場面、寅さん史上の名場面
がこのあと、太地喜和子によって現出する。
「さくらさん、、、あたし、しあわせや、、、とってもしあわせ、、、
もう、200万円なんか、いらん、、、、あたし、生まれてはじめてや、、、、男の人のあんな気持ち知ったん、、、、
うれしーいっ、、、、、、、、、、、」
太地喜和子の声涙降るこの演技ならぬ演技が、本作いや寅さん史上の名場面をこの世のものとして現れ出した。
この後ラストへと導くきめ細やかなストーリが展開されますが、もうこの太地喜和子の一世一代の名場面を語っては、ほかに語り残すものがありません。