「小説 雨と水玉(仮題)(78)」/美智子さんの近代 ”結婚式前日、父と娘、そして母”
(78)結婚式前日、父と娘、そして母
六月も終わりの金曜日、明日は結婚式という日、
美智子は母にも手伝ってもらい朝から引っ越しの荷物をまとめ、昼過ぎには運送業者にすべてをトラックに運び出してもらい搬出を終えた。美智子も母も一段落しホッとした。
夕飯は最後の晩を家でゆっくり家族水入らずでしようということにしていたので、駅前のダイエーに母と一緒にこの日に予定していた買い物に行き、家に戻って母と妹のたか子も加わって夕食の支度をした。
父はなぜか、朝から手伝いもせず、夕方になってビデオで寅さんを見ていた。
「お父さん、夕飯の支度ができましたよ」
と美智子が言うと、父はよいしょっとと言いながら食卓にきた。
皆が食卓にそろうと、美智子が、
「お父さん、お母さん、これまでお世話になりました。ありがとう。
お父さん、明日結婚式ですので今日が最後の夕飯になりますが、お母さんとたか子と心を込めて作りましたので食べてください。」
「うん、
美智子も元気にやるんやで、大阪にも盆暮れには戻ってくるんやで、ええな」
「はい、お父さんもお酒を飲み過ぎずにお母さんと仲良く元気でいてください。わたしは、大阪にはちゃんと帰ってきますから。
八月のお盆はすぐやし、、、、」
すると、急にたか子が、
「あのな、お姉ちゃん、わたし、八月のお盆のどこかで東京に寄せてもらいたい思てんねん。お姉ちゃんが帰省した時帰りに一緒に東京に行くっていうのはどうやろ?」
「あのな、そんなに続けて休みとられへんかもしれへん。来てくれるのは嬉しいけど、啓一さんとも相談せなあかんし、別の週末とかにしてくれへんかなあ?」
「なるほどなあ」
「それはたか子、美智子の事情も理解せなあかんし、新婚さんをあんまり邪魔したらあかんで(笑)」
「いやそんなことはないねんよ、たかちゃんが来てくれるのは歓迎で、それはええんやけど、日程は相談させて、頼むわ」
「うん、わかった、お姉ちゃん、わたしの恩をよくわかってるみたいやから納得した。」
「わかってるよ、たかちゃん、あんたがよく相談乗ってくれたから、結婚式までたどり着いたと思てる。ありがとう。
そして、お父さん、お母さんがよく理解してくれたことにもホンマに感謝してます。ありがとう」
食事をしながら、四人家族水入らずの愉しい会話が続いた。もうなかなかこういう時間を過ごすこともないと思うと胸に迫ってくるものが美智子にもあったが、そんな素振りを見せると、両親が返ってたまらなくなるのではないかとも思い、出来るだけ自然に振る舞うようにしていた。おそらくそれは父にとっても母にとっても同じことだったのかもしれない。そんな感じを四人が四人とも感じていた。
「美智子もこれからが大変やで。
家庭を築いていくのは、いままでここで育ってきたのとはだいぶ違うからな。覚悟してやっていくんやで」
と父が言う。
「はい、頑張ります。お父さんの娘ですから」
「はははははあー、まだ出た、美智子のお父さんの娘ですからが。
まったくこれには俺も負けるわ(笑)。
せやけどな、いろんなことがあるぞ、それは。
もちろん、お父さんは美智子を信じてるから、大丈夫やと思てる。
ただな、困ったり悩んだりしたときに美智子に思い出してほしいのはな、
お母さんがどうやってきたか、ということやな。
お母さんがやってきたようにやればええということはあると思うから、お母さんの姿を想い出すこと、これだけは覚えておいてくれよ。
ええな」
「はい、わかりました。
なんやそんなこと言われたらちょっと泪出そうになる、、、、
お母さん、こういう時はどうしたらええのん?」
「ふ、ふ、ふ、
お母さんも泣きたいときは泣いてたよ、
それでええんちゃうかな」
しばらくの間、皆が皆、しんみりとなったようだった。長かったかもしれないが短い時間だったかもしれない。
そのあと、お父さんが、
「さあ、花嫁さんは朝早いさかいな、もうお開きとしよか。
な、美智子、今生の別れでもあるまいし、しんみりし過ぎても寝心地悪いやろ、仕合せいっぱいなんやから、ぐっすり寝て、明日の結婚式に備えたらええ」
「はい、そうします。それではお父さん、お母さん、おやすみなさい」
美智子は床の中で、啓一とも話したように、いずれは近くで暮らすようになるんや、と呟いて、これまでの疲れもあったのか、いつの間にか眠りについていた。
注. 3カ月近く中断しました。それに付いてのコメントは、下記を参照下さい。