「三十五年越し (本編7) 豊島公園と女神の微笑み」/遠い昔の二十代の頃、恋焦がれ続けた美しい女性、美智子さんへの心からのオマージュ、三十五年越しのラブレター
『三十五年越し』 佐藤遼道
(1)プロローグ
(2)一回きりのデート
(3)口説き落としておけば
(4)偶然が齎したトドメと相聞歌
(5)自立のいとなみと美智子さんへの恋
(6)「『雨に唄えば』と大馬鹿者」 に続いて
(7)「豊島公園と女神の微笑み」
++仮想+++++
令和五年
大阪/豊島公園
「よく、犬の散歩をされてるんですか?」
「ええ、でも犬に振り回されてふうふうで、、、
十月なのに汗かいてしまう、、、、。」
「健康的でいいじゃありませんか。
――あのもしかして田中さん?田中美智子さんですか?」
「えっ?」
「佐藤と申します。
三十年以上前学生の頃、あなたにお世話になりました。」
「あ、そう言えばなんとなく、、、、、、、」
「あの当時は本当にありがとうございました。
――お元気そうでよかったです。いつまでもお若いですね、
面影ではっきりわかりました。」
「いいえ、こんなおばさんでお恥ずかしい。―――佐藤さんも若々しくいらして、、、、、」
「いいえ、こちらこそもう還暦を過ぎまして。
定年しましたので女房と二人で大阪にしばらく長めの旅行をしているところなんです。
―――あなたのご家族はお元気でいらっしゃるの?」
「(ベンチに腰掛けながら)ええ、おかげさまで娘二人も片付きまして、
最近は主人と犬の世話ばかりで。」
「そうですか、いやそれは素晴らしい、何よりのことです。
田中さんがお仕合わせに過ごされているのは本当にうれしい気持ちになります。」
「ありがとうございます。
――佐藤さんはご家族は奥様と?」
「ええ、息子が二人おりましておかげさまで二人とも少し前に独り立ちして元気でやっています。」
「それは、それは何よりのことですね。」
「ありがとうございます。
―――この年になりますとあの時代のことをよく思い出しますが本当に良い時を過ごさせてもらいました。
―――若いころのこととて、田中さんにもずいぶん失礼でご迷惑をおかけしたこともあったかもしれないけれど本当にお世話になりました。
どうもありがとうございました。
ここでお会いできてよかった。」
「(遠くを見つめながら)私にとっても懐かしい良い時代でしたわ。佐藤さんに迷惑なんてそんな。
――わたしこそ失礼なことしたかもしれないわ。」
「それは決してないです。変なこと言っちゃったかな? ごめんなさい(笑)。
田中さんはいつも朗らかでかわいらしかったですから、、、、。
これも失礼かな。(笑)」
「ふ、ふ、ふ、、(笑)」
「―――――でも、充実した生活を送られて素敵に年齢を重ねられているご様子を拝見できて、心楽しくこんな愉快なことはありません。
どうぞこれからもご家族を大切になさって末永くご健康でお過ごしください。
お仕合わせを、お祈りしています。」
「ありがとうございます。
わたしも佐藤さんにお会いできてうれしかったです。
若かったあのころが瞼にフラッシュバックしたような感じがしました。
一生懸命でしたね、――本当に懐かしい。
(佐藤さんのお気持ちはわかっていました。
あの頃一生懸命私たちのためにしてくださいましたね。
あのとき、どうしてお気持ちを言って下さらなかったんですか?)
――きらきらしたいい時間でしたね。」
「ええ、本当にいい時間でした。
(夏の美しい夕日の中で笑顔のあなたを視線で追っていたころを懐かしく思い出しました。あなたは眩しいくらいに美しかったですよ。
そして今に変わらない瑞々しい感性がこちらに伝わってきます。
あなたは面影だけでなく今も変わらず美しい。)
――ノスタルジーですね。
そういうものは力になるんですよね。
年をとっても。
最近そう感じるんですよ。
これからですね、
まだまだ花を咲かせましょうね。」
「ええ、ほんと。
―――いつまでも若々しいお姿を拝見できて、
お仕合わせなご様子も伺えて本当に楽しい時間でしたわ。
奥様をお大事になさってくださいね。」
「ええ、どうもありがとう。」
「いつまでもご健康でお過ごしください。
それでは、、、。」
「ありがとう。
それでは、さようなら」
彼女は微笑みながら丁寧に会釈を繰り返していった。
その姿がかつての面影と重なるようだった。
++仮想了+++++
面影を浮かべて楽し かのひとと
おおさかのことも夢のまた夢
さて、女神はいまなお『坂の上の雲』におわしますれば、たとえ時に罰を下されるとしても、また私自身は足腰が少し弱ってきていたとしても、感謝の祈りを捧げつつこれからもこの坂を登りつづけていくしかない。
結局、恋はなかば成就したのではないか。
* * * 終わり * * * *
令和四年七月、梅雨の戻りの激しい雨が地面をたたく深夜、
美智子さんに仕合せが降り注ぎ続けますよう祈りつつ