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「「家庭の運営という概念 その82」/息子たちの今:長男は戸建ての設計で残業続き、次男は専門医研修1年半多忙 その2

二人の息子たち

二人の息子たちについて、今今の時点でということで記してみたいと思います。長男が慶應の大学院修士卒で就職して6年目。次男が慶應の医者で卒後4年目になります。

次男

次男は、今初期研修2年を終え、専門医研修(後期研修とも言う)を一年九カ月ほど経過し、残す後期研修は一年と三カ月弱というところに来ています。
この後期研修の過重労働については、既に記事にしました(下記)。

12月に次男の勤め先の栃木まで訪れ食事を共にし、次男がお正月に帰省しましたので近々で少し話をして、その勤めの実態が少しわかりました。

やはり、上記に記事にあるように、その労働時間あるいは拘束時間は並大抵でないようです。休みは月2日です。
平常の勤務のほかに、宿直、待命待機で月2日の休日以外がすべて埋まる、という形です。
お正月などは、年末3日、年始3日を2交代制で宿直するということで、今年は、年末29,30,31と休みで帰省し、お正月元旦の朝から3日まで24時間体制で宿直するということでした。そうして、地域の子どもたちの万が一の時のために備えているということで、それはそれで世の中の為ですので、頑張れ、と言っておきました。
その他もろもろについては、上記記事に記したことを実態としてなぞっているということで、ここではこの程度としてそれ以上詳しくは記さないこととします。

キャリアについてですが、現在小児科の専門医研修期間で、来年三月で其れを終了し、来年の夏ごろに専門医の試験があるということで其れをパスする必要がありますが、来年からは小児科の専門医と言うことになるようです。ただ、これは一応の資格であることは間違いないところでしょう。

専門医研修(後期研修)以後

専門医研修後ですが、これは、次男が言うには、自由だということです。
以前は医局に所属し、そこの医局に人事、キャリア面のことは依存するという医者の形が多かったと言われていますが、昨今は、以前からあった開業医のほかにも、キャリアも病院を自主的に渡り歩く医者がかなりいるとのことです。
実際、次男の先輩には、専門医になったあと、一年くらい様々な専門を勉強し、30歳ちょうどくらいでしょうか、資金や経営の才もあるのでしょうが、複合病院を都内に創業したという強者もいるとのことです。

次男ですが、残す専門医研修は、現在の栃木の病院で3月末まで勤め、その後群馬の病院に移り、1年勤める予定になっています。

その後の進路もそろそろ決める時期かと思い、どうするつもりなんだ?と訊いたところ、慶應の医局に留まり、さらに小児科の中の専門領域に入って行くとのことでした。
その小児科の専門領域は、資料を見せてもらうと12ほどの領域があり、そのうちの一つを選択し、専門を深めていくのが基本だとのことでした。
大学に説明会かなにかで私が聞いたときも、医者は専門医になるまでおよそ十年を要する、と言っていましたので、初期研修と専門医研修を終え5年が経過し、あと5年ほど専門領域を深めて、いっぱしの医者になるというイメージは、だいたい当たっていると言っていいのかもしれません。

酒好きの次男

非常に拘束時間の多い、忙しい勤めをしていますので、ストレスもたまるだろうし、疲れもたまるのだろうと思います。
次男は、中高生までは真面目だったのですが、大学に入ってから、医学部の管弦楽団(オーケストラ)に入り、平日の半分くらいは飲み会で、私に似たのか、まあ、いわば飲み好き、酒好きにすっかり変わりました。
そういう酒好きですから、非番の前などは居酒屋に入り浸る感じで、また、そうでなくとも夕飯は馬鹿食いするせいか、かなり肥満しました。
忙しいのでやむを得ないとは思いますが、この正月に「自己管理、自己制御ができないといかんよ」と言いました。まあ、あまり功徳はありそうにありませんが。
ただ、やはり健康にだけは気を付けてもらいたいというのは妻ともよく話しますが、親心です。
次男の場合も、ときどきLINEなどで連絡をし、気にかけているというサインだけはしてやる、、、、それくらいしか、もう親に出来る子とはあまりありません。



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