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おれがアイスバーグを握るようになった訳



 彼との出会いは2023年の2月末だっただろうか。
 容赦のない北風を背に受け、肌寒さに身を震わせながらBOXを買いにショップへ向かっていた事を今でも覚えている。

 新弾BOXの購入。

 それはいつでも心躍り、血が湧き上がる感覚を自分に与えてくれる。
 発売日初日は仕事だったので2日空いたが、やっと休みになったので早起きして開店ダッシュを決め込んでいた。

 自動ドアを抜けると店内の心地良い暖かさが出迎えてくれる。
 悴んだ手を擦りながら安堵すると同時に、ワンピースカードが発売されてから幾度も目にした壁際のショーケースへと視線を移した。

(うわ、シャンクスのコミパラやっぱ高ぇな……エースも相変わらずカッコよ)

 発売当初から注目を集めていたコミックパラレル(正式にはスーパーパラレルというレアリティ)だが、皆はコミパラの呼び方のほうが馴染みが深いだろう。
 縁なき衆生は度し難しと言うが、公表されている封入率を考えると自分の手元に届く事はないと深く息を吐いた。
 せめてパックやボックスが普通に買えるのなら少しは可能性を見出せたのかも知れない。だが現実はそうはいかない。現にこうして様々な店で抽選を受け、ほんの僅かな枠を通しているのだから。

 満足いくまでトップレアを拝むと、箸休めと言わんばかりに次に高額なカード群に視線を移した。
 ロマンスドーン(第一弾)や頂上決戦(第二弾)のコーナーには、ナミやトラファルガーロー、そしてハンコックやウタが高値を連ねている。
 キャラ人気とイラスト、そしてパラレル加工を加味すれば高額なのも納得だ。

 そしてコミパラや特定のキャラの次に値が張るものと言えばーーーーそう、リーダーパラレルである。
 対戦する際はまさに自分の化身とも呼べるカード。
 これをパラレルにするという事は、自分のデッキへの愛着、モチベーションを高めると共に、相手に対して無言の圧をかけるといった盤外戦術的な要素を孕んでいる。
 赤ゾロや赤緑ローは相変わらずの人気だ、値段が下がる気配が無い。白ひげも高額をキープしているが、環境の占有率を考えれば然もありなんといった感じだろう。

 その瞬間、ふと直近の対戦が脳裏を過ぎった。

 たしか上手い人だった。きっちりリーダーゾロをパラレルにし、デッキ内のカードも高レアリティで揃えている。
 相手のカード捌きも去る事ながらカードのレアリティに萎縮してしまい、自分のプレイングに僅かな綻びが生まれたのを思い出した。
 良い経験と同時に実に苦い思い出だーーーーと、ショーケースに映る訝しげな表情の自分に苦笑しつつ、発売日直後の新弾カード達の前に立った。

「……これか」

 そして目の動きをピタリと止める。
 汎用カードからやや上、比較的目立つ場所に置かれたそれらは銀色を背景に、独特のデザインーーーー言うなれば墨絵の様なタッチで描かれている。
 そう、今回のリーダーパラレルは尾田先生による原作絵では無いのだ。

「これはこれでカッコいいけどーーーーねぇ?」

 カタクリ、リンリン、エース、ナミと視線を移し、その後に並ぶリーダー達に眉を顰めた。

「クロ、アーロンに……アイスバーグ? あー、たしか居たわそんなキャラ」


 特殊勝利の目新しさのナミ。

 新弾当初から強いと囁かれていたカタクリ。

 ライフを増やすという個性的な効果持ちのリンリン。

 原作での知名度とキャラ人気から不動の立ち位置を確立していたエース。

 言わずもがな、自分が持っていた感覚は間違っておらず、悲しきほどに、それらはそのまま値段となって反映されていた。
 発売後数日でデッキの研究も進んでいない中で安い価格帯を貼られたリーダー達には哀れみすら覚えるが、じゃあ自分が買うかと言われれば即答でNOと言うだろう。
 カードゲームは勝ってなんぼ、負けを良しとする訳がない。

「……この中ならナミだろうな。元々青のカードは沢山持ってるし、特殊勝利は魅力的過ぎる」

 青クロコダイルから青ドフラミンゴ、たまに青イワンコフと青ばかり使ってきた自分は、色のバリューに加えワンピースカード初の特殊勝利リーダーに惹かれていた。
 強さだけで語るなら赤ゾロや緑錦えもん、それに白ひげは環境に居座るだろう。トラファルガーローも根強い人気と強さを持っているが、故に赤に対して僅かではあるが有利に動ける青のカード達を選択した結果だった。

「お疲れ様です」
「ん? おう、お疲れ」

 ショーケースと睨めっこをしていた自分に声を掛けてきたのは会社の後輩だった。
 同時期にワンピースカードを始めたカード仲間であるが、どうやら彼もボックスの引き換えに来ていたらしい。手にはゲットしたばかりの【強大な敵】が握られていた。

「先輩もボックスですよね?」
「もちろん」
「じゃあ早く買ってフリースペースで開封しましょうよ。もう開けたくて待ちきれません」
「はいはい」

 促されるままボックスを購入すると、平日でガラガラのフリースペースに着席した。

「何作る予定です?」
「とりあえず青ナミ」
「え、あのデッキ切れ狙うやつですか?」
「なんだよ」
「いやなんか……面倒くさそうな効果だなって。強いんですかね?」
「分かんないから作って試すんだろう。相性のいいカードの目星も付けてる」
「じゃあ自分はーーーーええと、新リーダーの中ならアイスバーグですかね」

 後輩の口から溢れたのは、先程まで嘲笑していたリーダーの名前だった。

「ガチ?」
「だってコスト踏み倒しでしょ? 絶対強いですって」
「リーダー殴れないぞ?」
「んー、それはそうですけど」
「試さなくても分かるよ、絶対に新弾の中で最弱だ」
「ロマンあると思うんですけどねー」
「じゃあ組んでみろよ。ええとW7でレア枠なのはーーーーこれか。パウリー当たったらやるからさ」
「マジですか?」
「4枚集まらないなら適当なカードをパウリー扱いで使っていいよ。俺もデッキ持ってきてるから青ドフラ出すわ」
「了解です」

◆◇◆◇◆

「弱いすね」
「だろ?」

 それはあまりに予想通りの結末だった。
 コスト踏み倒しは強く見えるがその分ドンをマイナスしている。当時のカードでドンを加速させるなら、紫キャラならジャックやササキを使うしかない。
 ササキは2000カウンター持ちで難なく入るがドン加速目的で使うには渋く、ジャックも手札を消費するのでリソースの乏しいデッキでは扱いが難しい。
 一応、W7にもドン加速に対応したタイルストン等がいるが、アタックやKO時というラグがどうしてももどかしく感じた。
 加えてリーダーも殴れない。アグロ環境でこんな遅いリーダーが生き残れる筈がないだろう。

「良いと思ったんですけどねー」
「ネタデッキだよそんなの。それよりほんとは何作る?」
「カタクリっすね。ライフ操作系は絶対強いですよ」
「確かにアリだよな。俺もまた構築練ってみるわ」
「了解っす」

 そう言って後輩はアイスバーグデッキをただの紙束へと戻した。

 今思えば数奇なものである。

 当時はあれだけ蔑んだアイスバーグを、俺は今では誰よりも尊く感じているのだから。

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